日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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地上滑走練習機 モラヌ・ソルニエMS.12R2地上滑走練習機

 フランス航空教官団が1919(大正8)年に教材としてもってきたモラヌ・ソルニエMS12R2地上滑走練習機は,パラソル型単葉,串形複座で複式操縦装置を装備していたが,飛行練習まではできないが,速度を上げるとかろうじて跳躍する程度の揚力をもっていた.
 当時は,フランスだけではなく,英国,米国でも使用され,日本では3機を輸入して試用したあと,本機からヒントを得た二型,三型滑走練習機が製作された.
 輸入機はグノーム空冷式星形7気筒50馬力エンジンを装備していたが,のちにル・ローン空冷式回転星形9気筒80馬力に強化して,機体も張線支持式から支柱支持式の国産の一型滑走練習機に発達した.構造はモラヌ・ソルニエL型を改造した木製主材骨組羽布張り構造.
 さらに陸軍ではモラヌ・ソルニエ滑走機に続いて,航空部補給部所沢支部で設計製作した二式滑走機を採用した.ニ式とはニューポール式の略で,1919(大正8)年以来陸軍が輸入したニューポール81式練習機(後の甲式1型練習機)を基準に,飛ばないように主翼を小さな単葉に改造して,エンジンもパワーダウンした,単座の練習機である.発動機はグノーム回転式7気筒50馬力を装備した.補給部所沢支部で1919(大正8)年に製作され,ほかに中島飛行機でも同型の5機を製作した.二型の二は漢数字の二である.製作機数は1919(大正8)〜1920(9)年に補給部所沢支部で10機,中島が5機で,合計15機.
 このほかにフランス製のアンリオ式一葉半型滑走練習機が使われ,イスパノスイザ150馬力を装備して,特別大きな車輪をもち,胴体は軽金属板応力外皮構造をしていた.なお三型滑走機は陸軍の代表的な滑走練習機として使用されたが,1925(大正14)年に甲型一型に代わって安定性の良い巳式一型練習機(アンリオHD14)が多数出回ってから,地上滑走機による教育課程が廃止された.
 その後三型滑走機は民間に払い下げられ,一部の機体はサーカス興行などで使われ,回転腕木につり下げられてテント内で飛び回り,興行界で短期間使われたことがある.製作機数は補給部所沢支部で1921(大正10)年に5機,1922(11)年に15機,1923(12)年に5機で,合計25機.

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