米国地理学会が1999年11月11日に公表したエベレスト山頂の高さは2万9025フィート(8850m)だった.これ以前は中国当局が1975年に測定した8848.13mで2m(6フィート)ほど高くなった.この時には7人の測定登山者が頂上に設置したGPS受信装置を利用して1999年5月5日にいくつかのGPS衛星から受信したデータを収集して計測したものだ.
こんどは中国国家測量局が2005年10月にチョモランマ(英語名エベレスト)の公式標高として8844.43mと発表した.これは中国政府が2005年3〜6月に地球測位システム(GPS)を利用した測量結果によるもので,国家測量局によると,山頂にある厚さ3.5mの氷雪層は標高から除外したもので,測量精度は±0.21mとされている.なお標高が低下した理由だが,測量技術の向上,地殻変動の影響などがあげられている.
エベレストの標高は1852年に英国の調査隊がインドの三角測量によって計測したもので,そのときに地球上で一番高い場所(ピーク15)とされ,標高2万9002フィート(8840m)が1世紀以上に渡って公式な高さとして記録されてきた.この地上最高峰にエべレスト山頂と名付けたのは1865年で,エべレストを1823年に発見した英国のインド測量隊の隊長の名前 (Everest, Sir George)を記念してつけられた.現地に住む人々の間では,チベットではチョモランマ,ネパールではサガルマータと呼んでいるが,エべレストのほうが広く認知されているようだ.この山の高さ測定はかなり精度が高かったようで,1955年には隆起により26フィート (7.9m)修正して2万9029フィート(8848m)が公式の高さとなっていた.米国地理学会はGPS受信装置を頂上に設置するために,4年以上の期間を懸けて頂上の計測を試みてようやく実現した.
現在では山歩き感覚の観光客がネパールを訪れてヒマラヤの山岳を眺める遊覧飛行がネパール観光の一環に組み込まれている.現地で気象条件に恵まれれば,ヘリコプタやウルトラ・ライト機でさえもヒマラヤ越えが可能な状況となっているが,最初に飛行機がエベレスト上空に到達したころの記録を調べて見た.
英国の飛行士アラン・コブハン(Alan Cobham)が1932年に複葉機で頂上を通過しようとしたが,パイロット用の酸素を準備していなかったために,どこか別の場所に行ってしまったようだ.その後は,米国の有名な旅行作家リチャード・ハリバートン(Richard Halliburton)がメイロ・ステーブンス(Meyro Stevens)とともに上空からの観察飛行を試みたが,使用した飛行機では1万5500フィート(4724m)までの上昇が限度だったために失敗した.
初登頂の20年前に複葉機がエベレスト上空を飛んだ
テンジンと英国の冒険家ヒラリーがエベレストの登頂に成功したのは1953年6月29日だが,英国製で複座の複葉機ウエストランド・ヒューストンPV3(ブリストル社製空冷星型ジュピターXFAエンジンにスーパー・チャージャを装備した実験機)が1933年4月3日にエベレスト山頂上空を飛行して写真を撮っている.PV3の2機に4人(Lord Clydesdale とStewart Blacker組,David McIntyre と Bonnett組)が搭乗してインドのプルナから離陸してエベレストの頂上まで上昇してきたが,1回目はカメラマンが酸素欠乏により意識を失ってしまったために,初回は3時間の飛行時間だったが上空からの撮影はできなかった.そのため2度目の上空飛行は4月19日に再度挑戦してようやく写真に記録したのだ.もちろん英国空軍による技術的な協力とLady Houstonによる財政面の支援をプロジェクト(Mount Everest Flight Expedition)は受けていた.そして英国のタイムズがニュースとして1933年4月20日の紙面に写真と記事で報じた.
さすがに英国では2008年の75周年までに20万ドルを目標としたウエストランド・ヒューストンPV3を再現製作して,もう一度複葉機(さすがにエンジンはP&W製を代用することになりそうだが)によるヒマラヤ上空の飛行を実施しようと寄付金を募っている.
http://www.wingsovereverest.com/
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