日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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 日本航空輸送研究会(坂東舜一,後藤勇吉らのメンバで構成)は,東京〜横浜間に航空路(遊覧飛行も含めた)を開設しようと企画して1922(大正11)年6月にセール・フレーザー商会が米国から輸入した単発推進式のカーチスMFシーガル飛行艇(カーチスC6水冷式直列6気筒160馬力)を購入した.ところが津田沼で試験飛行していると7月10日に着水に失敗して大破してしまった.飛行艇の残骸は伊藤式28/31飛行艇の参考資料として,新しく試作したのが伊藤式28型飛行艇だが,完成することはなかった.また一方で井上長一が同じ時期に大阪府堺市大浜に日本航空輸送研究所を創設して,定期航空路を堺〜高松,堺〜徳島間に開設して,海軍の払い下げ水上機を使って運航していたが,旅客用飛行艇の使用を計画し,伊藤飛行機にその飛行艇の製作を依頼した.
 伊藤飛行機では稲垣技師が中心となって,さきの伊藤式28型飛行艇を改めて31型の名称で試作を始め,1922(大正11)年夏に完成した.この飛行艇(イスパノスイザ水冷式V型8気筒220馬力)を津田沼で試験飛行をした後,陸送で堺大浜の日本航空輸送研究所に納品した.日本航空輸送研究所では定期航空輸送機として1924年ごろまで使用し,後に水上滑走遊覧艇に改造した.この飛行艇には最終的に伊藤式31型3号飛行艇の名がつけられた.

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