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最速の複葉機は,イタリアのフィアットCR42で430km/h(267mph)と思われる.最後の複葉戦闘機としてヨーロッパ戦線では1943年ごろまで実戦で使用されていたから,もしかしたらドイツのMe262戦闘機とすれ違うことがあったかもしれない.
通常型のCR42(エンジンはFiat製A74RC38空冷星形14気筒840馬力)戦闘機は1938年から製造されていて最高速度430km/h(267mph)だったが,第二次大戦中に1782機製造された数量を考えるとイタリア空軍の重要な戦闘爆撃機であったろう.大日本帝国陸軍の97式戦闘機と同時期に製作された機体である. さらに1機だけ試作されたFiat CR42B(?)はエンジンをより空気抵抗の少ないドイツ製ダイムラー・ベンツDB601A(水冷倒立V12気筒1010馬力(753kW))に交換してみたら,1941年に520km/h(323mph)の速度を出したそうだ.残念ながら星形エンジンのカウリング(通常型)の写真しか残っていないようだ.第二次大戦中のイタリア空軍にはかけがいのない記録なのかもしれない. |
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北大西洋横断飛行より3年遅れたが,ポルトガルの海軍士官ガーゴ・クーチホ(Gago Coutinho)航法士とサカディラ・カブラル(Sacadura Cabral)操縦士がポルトガルのリスボンからブラジルのリオ・デ・ジャネイロまでサンタ・クルス号と名付けた複葉水上機(Fairey IIID:ロールス・ロイス製イーグルVII350馬力)で南大西洋の横断飛行に1922年6月に成功した.
20世紀の初めの冒険飛行というとまだGPSも無線施設も存在しない環境で,陸地の見えない海上ではジャイロスコープ付き六分儀(ポルトガルのクーチホ提督が開発した航空機用)を用いた天文航法で自機の位置を確認した. ルシタニア号に乗り3月30日にリスボンを出発したが,カナリア諸島までは燃料ポンプの故障で燃料を過剰に消費する以外には問題なく飛行して航程が進んだ.つぎに850マイル(1370km)飛行してバート岬のセント・ビンセントになんとかたどり着いて,水上機を修理した.セント・ターガス島のプライア港を4月17日に出発し,アメリカ大陸に沿ってブラジル海岸線の小さな岩礁に燃料切れのために不時着した.海が荒れたために機体を損傷したが,ポルトガル政府は食料と代替機を送ってきた.この水上機は「パトリア・ブラジリア」(一部ブラジル人)と名付けたが,5月11日に離水してすぐに岩礁にたたきつけられて,乗員2人は9時間漂流して英国の貨物船に救助された.ようやく6月5日に3機目の「サンタ・クルズ17」と呼ぶ複葉水上機で飛び立ち,無事に南大西洋を飛行機で横断してリオ・デ・ジャネイロに6月17日に到着した. |
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