日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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洋上監視・救難用双発飛行艇コンベア社PBYカタリナ

 米海軍のPBYカタリナ双発飛行艇シリースは,第2次大戦中に活躍した監視兼救難飛行艇である.PBYの試作1号機は1935年にXP3Y-1(825馬力のツイン・ワスプ・エンジンを2基装備)として完成した.この試作機は10月14,15日に,ノーフォークからパナマ運河のココ・ソロまでの5633km(3433マイル)を34時間45分の無着陸で一気に飛行し,帰りはクリストバル埠頭(Cristobal Harbor)〜カリフォルニア州アラメダ間を無着陸で飛行した.水上機のCクラスによる世界記録を書き換えた.
 米海軍の発注により生産を始め,1937年には最初の制式型P3Y-1が12機の編隊でサン・ディエゴから真珠湾までの長距離哨戒飛行を行ない,それまでの旧式な複葉飛行艇にかわって,米国海軍の新しい主カ飛行艇となった.
 PBYカタリナは補助フロートを両翼端に引き上げる飛行艇だが,1939年に引込車輪を装備した水陸両用機として試験運用に成功し,この型が第2次大戦中の米海軍,英空軍,カナダ海軍の双発飛行艇の主力として使用された.米陸軍でもOA-10の名称で少数機を採用し,沿岸監視と救難用に使用した.
 日本には海上自衛隊の創設直後の1954年7月に,長距離監視用としてPBY-6A水陸両用飛行艇2機が,米海軍より供与されている.横須賀で機体を整備した後で,九州の大村基地に配備された.しかしこのうちの1機は,1960年に大阪国際空港に着陸する際に,ブレーキの故障で滑走路から跳び出し大破事故を起こしてしまった.
 コンソリデーテッド社のPBYカタリナ(モデル28)飛行艇は,合計で3000機以上が生産された.コンソリデーテッド航空機社とコンベア(1943年3月にコンソリデーテッド社とVultee-Stinson社が合併した)社が2398機を製造し,海軍工廠(NAF)とカナダの2工場で892機が製作され,ソ連で27機が製作された記録がある.なお最終のPBY-6Aモデル(プラット&ホイットニー製R-1830-92空冷式複列星型14気筒1200馬力)は,1944年4月から1945年4月までにコンソリデーテッド社が生産したもので,海軍工廠の改造と社内の設計変更したタイプである.

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