日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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複葉機はアブロ・アビアン改造機

 H.J.L.バート・ヒンクラー(Herbert John Louis 'Bert' Hinkler:1892〜1933:オーストラリアの名誉空軍少佐)飛行士は,英国のクロイドンからオーストラリアのダーウィンまで1928年2月7日〜22日(15.5日)の日程でアブロ・アビアン単発複葉機(Cirrus Mk.IIエンジンを装備)に搭乗して単独で飛行して,イタリア,マルタ,リビヤ,インド,ビルマ,シンガポールを経由して1万7700km(1万1450マイル)を無事に飛び到達した.実飛行時間は129時間だから平均飛行速度は,82.5mph(128km/h).ヒンクラー飛行士は,経由地のインドで単独飛行のメモを現地の新聞に投稿したが,それによって「孤独な鷹(Lone Eagle)」として,このあとで大西洋単独横断飛行に成功するリンドバーク並みの話題となった.
 この長距離飛行を記念してヒンクラー飛行士が使用した複葉機(アブロ・アビアン)は,現在もオーストラリアのブリスベーンにあるクィーンズランド博物館に保管展示されている.

単葉小型機はDH80プス・モス

 ヒンクラー飛行士はさらに1931年に英国製のデハビランド社製DH80プス・モス単発単葉小型機(GipsyIII/129馬力)でカナダから英国まで南大西洋を単独で10月から12月に掛けて横断飛行に成功した.このプス・モス単葉機は1931年にアミー・ジョンソン(Amy Johnson)飛行士が東京までの長距離飛行を行ない8日22時間35分で到着している.さらに1932年には,ジム・モリソン(英国グラスゴー出身の飛行士:Jim Mollison)が東から西に(英国から米国)大西洋を単独で横断飛行にプス・モス単葉機を使って成功している.
 しかしヒンクラー飛行士は,プス・モス単葉機で英国からオーストラリアまでの単独飛行中に1933年1月7日にイタリア・アペニン山脈のプラトマグノ山に墜落して死亡した.

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