日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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ガンジス川の蒸気機関で動くタグボートがインド初の蒸気船

 19世紀にはインドが英国の植民地として東アジアと英国とを帆船が結ぶ中継地ともなっていた.とうぜん英国から航海してきた船をメインテナンスするための造船所がボンベイに設けられていた.さらにインドの海運をサポートするおよそ3万人の船員がベンガル湾に働いていた.インド海運に使用される機材は5トンから6トンの木造ハシケ(長さは7.5m〜27m)で0.5m〜1.5mの喫水を確保していた.
 インドで初の蒸気機関を装備した曳船「ダイアナ」(Diana)号は,1823年7月にコルカタ(カルカッタ)の埠頭で運用がはじまった.この蒸気船は非常に有効なことがわかり,すぐに蒸気駆動の外輪船,フォーブス(Forbes),テリカ(Telica),コメット(Comet),フィア・フライ(Firefly)が製作されコルカタ港で曳舟として活用された.
 蒸気船「ダイアナ」号は,広東川を運行する河蒸気船として銅製のボイラーと16馬力の蒸気機関を2基装備した木造船として発注され,コルカタのキダーポール・ドックで建造された.最初に予定したオーク材のフレーム枠をよりしっかりしたチーク材に変更したために,6万500ルピーの建造費用にさらに1万ルピーを追加しなければならなかった.しかし1924年に植民地を拡張しようとする英国とビルマの間にビルマ戦争が始まったために運良くインド政府が8万ルピーで蒸気船を購入した.
 軍艦となった「ダイアナ」号は南西モンスーンでは使えなかったが,ビルマ軍からは「ファイヤー・デビル」(fire devil:火を吹く悪魔)として恐れられ,戦争の主役となった.ダイアナ号は蒸気船プラトー号,エンタープライズ号とともに参戦し,ヤンゴン(ラングーン)からイラワジ川に沿ってビルマの首都アヴァの近くまで英国の帆走軍艦を曳舟として送り込む役目を果たした.こうして第一次ビルマ戦争は英国の東インド会社がアッサムを確保して,アラカンとテナーセリムをビルマより獲得して,1826年にヤンダブ条約が結ばれた.
 最初にガンジス川を利用してアラハバード(インド北部のUttar Paradesh州の都市)とコルカタ間に蒸気船による航路が開設されたのは1828年になった.蒸気船が就航したのは9月8日のコルカタを出航して川を遡り24日間の航行が行われた.帰りはベナレス(インド北部のウッタル・プラデシュ州南部の都市)に寄り修理と補給に2日間を費やしても14日間の航行で戻ってきた.

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