日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

複葉機百科

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ゆっくりと優雅に飛行するプロペラ機こそ飛行機じゃないかなあ

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 英国空軍のアーネスト・チャールズ・ホイ大尉(Ernest Charles Hoy:1895年生まれ,第一次大戦では13機を撃墜したエース)は,カナダの郵便輸送飛行において,カーチスJN-4複葉機(OX-5エンジン90馬力:水冷90度V型8気筒)を利用してバンクーバーから500マイル(805km)離れたカルガリまでを1919年8月7日に実飛行時間12時間34分で飛行した.途中で燃料を補給した時間を含めると16時間20分かかったが,カナダのような未開拓な荒れた地域でも有効な交通手段となることを証明した.当時の飛行機は3000m以上の高地では航空輸送はむずかしいと考えられていた.
 ホイ大尉はカーチスJN-4複葉機の前席に12ガロン(55L)の燃料タンクを増設して合計40ガロン(182L)に改造した.天候のよい日を選びホイ大尉は,バンクーバー近くの急造した滑走路から朝早く離陸し,ヴァーノンに午前中に着陸して燃料を補給し,グランド・フォークスに向かい,午後早くにクラブルックに着陸した.クラブルックを離陸してレスブリッジに向かっていよいよ山岳地域に入った.岩場だらけのクランフォード通路を飛び,峰の上や木の上35m近くになることもあったが,午後6時22分にクランフォードに着陸した.暗くなる前にカルガリーに着くためには,1時間以内に飛び立たなければならなかった.結局,ホイ大尉は午後8時55分にカルガリーに着陸して予定通り日没前に到着した.運んだ郵便物は,手紙を45通だった.
 ホイ大尉の帰りは8月11日になった.バンフ,ゴールデン,レベルストーク,バンクーバーという経路をとる予定だったが,ゴールデンで燃料補給して離陸するときに事故を起して複葉機が大破したために,バンクバーバーまでは汽車を利用して戻った.
 同じころカナダの議会では,航空輸送に関する安全を確保するための航空法を成立させた.

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 帝政ロシア時代にイゴール・シコルスキーが世界で初めて4基のエンジン(ドイツのアーガス水冷直列4気筒100馬力)を装備した大型複葉機(翼幅が28m,重量は4トン)を設計したが,この複葉機をボリショイ(グランド)と名付けて試作を始めて9か月で完成し,ペテルブルグで初飛行した.着陸車輪を16個の装備していたが(冬期にはスキーに換える),8人の乗客を乗せて8月2日には1時間54分間の飛行を行なった.試験飛行を53回行ない,54回目にエンジンが1基故障したため操縦不能となり墜落した.
 試作3号機を改良した4発複葉機「イリヤ・ムロメッツ」(10世紀のロシアの英雄:重量は4.5トン)は125馬力と140馬力のエンジンを装備し,16人の乗客を乗せることができるようになったが,初飛行は1914年2月11日に10分間行なわれた.

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 最速の複葉機は,イタリアのフィアットCR42で430km/h(267mph)と思われる.最後の複葉戦闘機としてヨーロッパ戦線では1943年ごろまで実戦で使用されていたから,もしかしたらドイツのMe262戦闘機とすれ違うことがあったかもしれない.
 通常型のCR42(エンジンはFiat製A74RC38空冷星形14気筒840馬力)戦闘機は1938年から製造されていて最高速度430km/h(267mph)だったが,第二次大戦中に1782機製造された数量を考えるとイタリア空軍の重要な戦闘爆撃機であったろう.大日本帝国陸軍の97式戦闘機と同時期に製作された機体である.
 さらに1機だけ試作されたFiat CR42B(?)はエンジンをより空気抵抗の少ないドイツ製ダイムラー・ベンツDB601A(水冷倒立V12気筒1010馬力(753kW))に交換してみたら,1941年に520km/h(323mph)の速度を出したそうだ.残念ながら星形エンジンのカウリング(通常型)の写真しか残っていないようだ.第二次大戦中のイタリア空軍にはかけがいのない記録なのかもしれない.

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 北大西洋横断飛行より3年遅れたが,ポルトガルの海軍士官ガーゴ・クーチホ(Gago Coutinho)航法士とサカディラ・カブラル(Sacadura Cabral)操縦士がポルトガルのリスボンからブラジルのリオ・デ・ジャネイロまでサンタ・クルス号と名付けた複葉水上機(Fairey IIID:ロールス・ロイス製イーグルVII350馬力)で南大西洋の横断飛行に1922年6月に成功した.
 20世紀の初めの冒険飛行というとまだGPSも無線施設も存在しない環境で,陸地の見えない海上ではジャイロスコープ付き六分儀(ポルトガルのクーチホ提督が開発した航空機用)を用いた天文航法で自機の位置を確認した.
 ルシタニア号に乗り3月30日にリスボンを出発したが,カナリア諸島までは燃料ポンプの故障で燃料を過剰に消費する以外には問題なく飛行して航程が進んだ.つぎに850マイル(1370km)飛行してバート岬のセント・ビンセントになんとかたどり着いて,水上機を修理した.セント・ターガス島のプライア港を4月17日に出発し,アメリカ大陸に沿ってブラジル海岸線の小さな岩礁に燃料切れのために不時着した.海が荒れたために機体を損傷したが,ポルトガル政府は食料と代替機を送ってきた.この水上機は「パトリア・ブラジリア」(一部ブラジル人)と名付けたが,5月11日に離水してすぐに岩礁にたたきつけられて,乗員2人は9時間漂流して英国の貨物船に救助された.ようやく6月5日に3機目の「サンタ・クルズ17」と呼ぶ複葉水上機で飛び立ち,無事に南大西洋を飛行機で横断してリオ・デ・ジャネイロに6月17日に到着した.

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        Expo70のイタリア館
イタリア陸軍航空隊のアルトーロ・フェラーリン中尉をリーダーとするアンサルドSVA9複葉機(SPA6水冷式直列6気筒220馬力エンジン)11機が2月14日にローマを出発し南回り経路を飛行して,5月30日にフェラーリン中尉・カッパニーニ組機とグイドー・マシェロ中尉マレット組機の2機4人が大阪の城東練兵場に着陸,翌31日に東京の代々木練兵場(現在の代々木公園)に到着した.当時の日本人観衆が6万人集まって出迎えた.ローマから東京までの1万1000マイル(総飛行距離は1万6700km)をバグダット,カラチ,広東,北京,大阪など42か所を経由して飛行を続けて,106日間(実飛行時間94時間40分)で目的地に到着した.同時に出発したうちの9機は,途中で事故や故障により脱落してしまった.そのうちの2機はメソポタミア(現在のイラク)でアラブ人に撃ち落とされたという.イタリアの航空産業は,第一次大戦の終了で余剰となった偵察機を長距離飛行用に改造し,飛行機による国際親善飛行を行なうことによって民間航空の可能性を証明した.
 日本に到着した2機のアンサルドSVA9複葉機のうち1機は日本政府に寄贈され,京都で開かれた空中文明博覧会に出品されたあと,靖国神社の境内に展示,保管されていた.日本飛行学校の教材として払い下げられたが,戦災で焼失した.1970年に大阪で開かれた万国博覧会の際にローマから東京の歴史的飛行50周年を記念してイタリア館にSVA9の原寸サイズのレプリカが出展された.万博終了後,SVA9のレプリカは日本政府に寄贈された.その後レプリカは,航空自衛隊の浜松基地にある広報館に展示されている.

アルトーロ・フェラーリン飛行士(Arturo Ferrarin)の主な飛行記録

1920年:アンサルドSVA9複葉機でローマ〜東京間の長距離飛行
1926年:米国で開催されたシュナイダー・トロフィー・レースにマッキM39水上機の3号機で参加
1927年:イタリアのベニスで開催されたシュナイダー・トロフィ・レースにマッキM52の7号機で参加
1928年6月2日:Savoia-MarchettiS64でG.カパニン少佐と2人で4764miles(7667km)を58時間30分で無着陸の周回距離飛行を記録した.
1928年7月3日〜5日:サボイア・マルケッティS.64単葉機で副操縦士マジャー・デル・プリートと2人でイタリアのローマ(モンテセイオ)から大西洋を越えてブラジル(ナタール港)まで無着陸の長距離飛行を実施した(7450kmを44時間9分,平均速度168km/hを記録).

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