日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

複葉機百科

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ゆっくりと優雅に飛行するプロペラ機こそ飛行機じゃないかなあ

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Henri Fabre アンリ・ファーブル

 最初に水面から飛行機が飛び上がることに成功したのは,フランスの発明家であるアンリ・ファーブル(Henri Fabre:1882-1984)が試作した「ラ・カナード(あひる)」という名の水上機で,マルセイユに近い港の埠頭で1910年3月28日に離水して高度60m〜100mで1650フィート(503m)飛行して着水した.この水上機は50馬力のノーム回転星形7気筒エンジンを装備して重さが454kgになっていた.

Glen H.Curtiss グレン・カーチス

 米国ではグレンH.カーチス(Glen H.Curtiss)が試作した水上機の初飛行は,カリフォルニア州サン・ディエゴ湾で1911年1月26日に行なわれた.カーチス・プッシャー式複葉機の車輪をフロートに交換して取付け,離水して水面に着水した.カーチスは水上機だけではなく飛行艇も開発して実用化している.ライト兄弟の飛行機に関する特許論争がなければ,米国はもう少し航空機産業が速く発展していたのだろう.

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定期航空便の発祥地はセント・ピーターズバーグ

米国の東海岸セント・ピーターズバーグ国際空港の入口銘板に「定期航空便の発祥地」という表示がある.これは米国フロリダ州タンパ港とセント・ピーターズバーグ間の35kmを22分で結ぶ航空路として1914年に,1日2便で週6日間の定期運航を4か月間に渡って続けたことを記念したものである.
 定期航空路はタンパ港とセント・ピーターズバーグ間を飛行艇により運航するもので,ベノイスト14(Benoist XIV)飛行艇を使用した.この飛行艇はモーターボートに翼とプロペラ推進器を取り付けた構造をしているのでエア・ボートと呼ばれたが,セントルイスにあったベノイスト社の工場で木材[トウヒ(マツ科の常緑針葉樹)]と羽布と針金で構成され,トーマス・ベノイスト(Thomas W. Benoist)が1913年に開発した.
 定期旅客便の最初の3か月間は順調で,50日間の定期飛行日程のうち7日間が悪天候と機体整備のために運航を中止にしたが,172便を定期運航し旅客1205人(時には2人乗車)を運ぶ実績を残した.ベノイスト14飛行艇には操縦士1人,横に乗客1人を乗せて飛行したが,搭乗運賃は体重200lb(90.7kg)まで1人が5ドルだが,体重や手荷物が200lbを越えた場合には100lb(45.4kg)ごとに5ドルの追加料金を徴収していた.なお飛行艇は複葉でエンジンを胴体の中に装備して,胴体の上にある推進式プロペラをチェーンで駆動する方式をとっていた.飛行艇は離水すると高度5フィート(1.5m)から20フィート(6.1m)で水面上を飛行するので,乗客にはエンジン・オイルと水飛沫を避けるためのゴグルと寒さを凌ぐためのマフラーが必需品とされていた.
 1914年当時のタンパ湾岸地域では,蒸気船でタンパ湾岸を航行すると21時間程度は掛かっており,汽車を利用しても12時間,まだ未完成な自動車を利用すると,セルモータもまだなく,手回しクランクでエンジンを始動しなければならず,さらに載り心地の悪いソリッド・タイヤで未舗装の道を走らなければならない環境だったから,飛行機による移動経路のショート・カットも効果があったのだろう.また場所がら定期運航のほかに100件ほどのチャータ便(新聞輸送,切り花の空輸,食料品の輸送など)と遊覧飛行を2機のモデル14飛行艇によって行なわれた.
 セント・ピーターズバーグ市はベノイスト社が1日2便で週6日間の定期運航を3か月続けたら,現金2400ドル(市は1月は1日当たり40ドル,2月,3月は1日につき25ドルを補償)の補助金を支出する契約をしていた.定期航空便の運航は1914年1月1日(飛行士はトニー・ジャナス)から開始され,市との補助金契約が終了した3月31日以降も5週間にわたり運行が続けられたが,乗客の減少により5月5日の定期便が最後となってしまった.安全第一で営業したため,定期運航中に乗客に怪我や死亡につながる事故はなかった.

◇70周年記念に飛行可能なレプリカを製作

 定期運航70周年記念に1983年10月9日にベノイト飛行艇モデル14の43号機の飛行可能なレプリカが完成し初飛行した.1983年のクリスマス直前にターポン湖からセント・ピーターズバーグまでの飛行が行なわれた.しかしレプリカの合計飛行時間が6時間40分に達したため,もう飛行はできない.そのためシボレー製のエンジンをより軽い木製の展示用レプリカに置き換えて展示されているが,プロペラは本物を展示している.
◇ベノイスト14単発複葉飛行艇の仕様
自重:1250lb(567kg),翼長:44ft(13m)×翼幅:26ft(7.9m),装備エンジン:ロバーツ水冷直列6気筒75馬力
燃料消費量:13gph(49L/h),オイル消費量:1gph(3.8L/h),最高速度:64mph(103km/h),失速速度:31mph(50km/h)
航続距離:175マイル(282km),販売価格:4250ドル,初飛行は1913年

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金属製の多用途輸送機

 外観はクラシックな複葉機(金属製)だが,日本で見かけるヘリコプターと比べる方向性がどうしてこんなに異なっているのか気づかせてくれる現代の輸送機として,東ヨーロッパや中国では現役の実用機である.ソ連時代に農業・森林担当大臣がどこでも使える多用途でかつSTOL(250m足らずの不整地滑走路で離着陸が可能)性能のすぐれた輸送機の開発をアントノフ設計局に発注し,試作機が初飛行したのは1947年8月31日である.
生産はポーランドと中国
 すでにロシア本国の開発元アントノフ社キエフ工場では1960年に基本型の製造を5000機で打ち切り,ほそぼそと発展改良型(An-2m)を生産しているだけである.しかし中国では1957年よりAn-2の製造権を得て,1970年までにY-5ハービン輸送機として5000機を生産しており,フォンチュウ2はそれ以上の数量を生産している.ヨーロッパではポーランドのPZLムエルク工場で1960年に製造権を取得し,1961年10月23日より製造を初めており,すでに1万2000機を越えるており,現在も生産は継続されている.
 このようにアントノフAn-2は,汎用輸送機のカラシニコフ銃に似た地位を得ている.操縦がやさしく,保守にもたいして手間が掛からないから東ヨーロッパや東アジアの開発途上国にも受け入れやすいものとなっている.日本のお役所が開発するような高価な高揚力装置を装備することなく,翼面積の広い複葉機とすることによってSTOL性能を実現している.
 エンジンはもちろん空冷星形9気筒のピストン・エンジンで出力は1000馬力(シュベソフASh-62IR)を装備している.
ポーランドのムエルクにあるPZL工場では輸送機型のAn-2T,農業用のAn-2Rを標準として生産している.PZLムエルク工場ではAn-2Rの機体にも細かな改良を続けており,1961年まではTBOが900時間だったのが,1970年には1500時間に,1973年からは2000時間まで延長している.もちろんサービス寿命も1万5900時間となっている.現在では製造されたAn-2の9割はロシアに輸出されているが,1961年以来生産を続けているAn-2のうち5500機が農業向けとなっている.

○アントノフAn-2の主な仕様

上部翼長:18.18m,下部翼長:14.24m,翼面積:71.6m2
全高:6.1m×全長12.71m(尾輪下げ時12.4m),プロペラ直径:3.6m
貨物室扉サイズ:高さ1.55m×幅1.39m
自重:3450kg,最大離陸重量:5500kg
最高速度:253km/h(高度1500m),経済巡航速度:185km/h
失速速度:90km/h,上昇限度:4400m
○用途に応じて客室の内装は変更可能
An-2  :単発の多用途複葉機(基本形)                    
An-2P :12人乗りの旅客機形 
An-2PK:5人乗りの重役室タイプ, An-2P-Photo:航空写真撮影	
An-2R :1300kgの液体や粉末を積載可能な農業形
An-2S :ストレッチャ6基を積載可能な救急医療タイプ 
An-2T :輸送機形(1500kgの貨物積載または乗客12人) 
An-2TD: スカイダイビングや落下傘降下用, An-2TP:貨客兼用
An-2M :フロート付きの水上機 

1919年5月8日〜27日

アメリカ合衆国海軍のカーチスNC-4飛行艇が,ニューヨークのロングアイランドからポルトガルのリスボンまで2150mile(=3460km)を着水しながら,19日間(実際の合計飛行時間は26時間)で大西洋の初横断飛行に成功した.ニューファンドランドからアゾレス諸島までに21隻の駆逐艦を80km間隔で海面に配置する航空路の支援体制をとった.アゾレス諸島からリスボン間も同じように駆逐艦を配置した.
カーチス社製NC-4飛行艇(3基を牽引式+1基は推進式)
カーチス(Curtiss Aeroplane and Motor Company)社製のNC-4(4発エンジン装備機)飛行艇は,2機の飛行艇NC-1(3発エンジン装備機),NC-3(3発エンジン装備機)とともに大西洋の横断飛行を開始した.ニューヨークのロングアイランドを出発し,ニューファンドランドに到着,5月16日アゾレス島に15時間後に到着した.悪天候のためNC-1とNC-3はここまで飛行を断念したが,NC-4は補給後,離水しポルトガルのリスボンに5月27日到着した.さらに英国のプリマスまで飛行を続けて31日に到着した.なお米国へは船で戻った.
NC-4の乗員は,機長兼航法士がアルバートC.リード,操縦士がウォルター・ヒントン,エルマーF.ストーン,フライト・エンジニアがジェームスL.ブリース,ユージンS.ローズ,無線士ハーバートC.ロッドの6人である.

★米国海軍カーチスNC-4飛行艇の性能

 全長:20.8m,翼長:38.4m,全高:7.4m,重量:7257kg,離陸重量:1万2422kg
最高速度:146km/h,飛行高度:1372m,航続距離:2366km,航続時間:14.8時間(巡航速度)
装備エンジン:リバティV型12気筒400馬力×4基
現在もNC-4飛行艇はフロリダ州のペンサコラにある海軍航空博物館(the Naval Aviation Museum)に保管されている.

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航空ショーの常連

日本でも,ロック岩崎さんがアクロバット飛行を見せてくれる
設計者のカーチスH.ピッツさんは米国フロリダ州ジャクソンビルで1942年よりアクロバット飛行用にPitts Specialの設計を始めて,最初のPitts Specialは90馬力のフランクリン・エンジンを装備して1944年9月に初飛行している.
それから25年間はPitts Specialはホームビルト・キットとして販売され組立てられた.その間に曲技飛行をするために設計が手直しされ曲技飛行用複葉機として洗練されていった.1962年には180馬力の水平対抗エンジンが標準になった.そして1966年には通常の飛行と反転飛行でも飛行特性が代わらないように2枚の主翼形状を対称に改められた.
1970年よりアクロバット飛行用ピッツとして工場で製造する体制がワイオニング州アフトンに出来上がった.最初のピッツ・スペシャルS-2Aが,アフトンで組立てられたのは1971年からである.1970年代には,米国連邦航空局規則FAR part 23の曲技飛行用途の仕様に準拠した型式証明をピッツ・スペシャルの各バージョンが対応した.
1977年よりカーチス・ピッツは製造権をピッツ・エアロバチックス社に売ってしまったためにS-2Bはハーブ・アンダーソン{ピッツ・エアロバチックス社(現在のアビアット社)の主任設計技術者}が実際に設計を担当した.
80年代前半には曲技飛行機として地位をかため,ピッツS-2Aは75%の鋼管を中心に木とカンバスが75%で構成されているから軽くて頑丈な飛行機となっている.エンジンはアブコ・ライカミング4気筒200馬力を装備し,エンジンの周りは全金属構成になっている.ピッツS-2Sは一人乗りでより高出力な260馬力エンジンを装備し,12inch胴体を伸ばしたものである.それ以降ピッツ・スペシャルS2-Bが連邦航空局の型式証明を受けて一番大量に生産される機種になった.
1991年3月よりアビアット社が型式証明と販売権を獲得し,1995年12月には,ピッツ・スペシャルの設計,定期点検試験飛行などの作業がアフトンで行なわれるようになっている.

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