日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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青空のもとで,宙返りする複葉機のアクロバット飛行を,でも見たい!!

 2005年4月21日午前11時20分ごろ,兵庫県豊岡市の但馬空港で,曲技飛行用の米国製単発プロペラ複葉機「ピッツS2C型」(全長5.7m×全幅6.1m)が滑走路東側の草地に墜落,前部を大破した.ピッツS2Cを操縦していたのは岩崎貴弘さん(53)で,病院に運ばれたが,全身を強く打っていたために約1時間後に死亡した.
 岩崎さんは,プロの曲技飛行チーム「エアロック・エアロバティックチーム」(茨城県)に所属しており,「ロック岩崎」の名で,日本各地で開かれる航空ショーで曲技飛行を披露している,国内アクロバット飛行の第一人者だった.
 5月3日から埼玉県内で開かれる「第2回さいたま・エアポート・フェスティバル」に展示するため,19日より但馬空港で練習を続けており29日までの利用届けが出ていた.
Iwasaki Takahiro:岩崎貴弘
生年月日:1951(昭和26)年11月28日
出身地 :群馬県勢多郡赤城村棚下   
	
1970年に千葉県立船橋高校を卒業し,戦闘機パイロット目指し,航空学生第26期生として航空自衛隊に入隊.
1977年には初級ジェット練習機の教官として北九州芦屋基地へ転属.
1981年5月より F104戦闘機パイロットとして復帰.
1984年にはF15イーグルへの機種改変により,百里基地(茨城県小川町) に転属.
1992年には第204,305飛行隊の2個飛行隊を統括する飛行群運用班長に就任.
1995年に戦闘機パイロットとしての限界を感じ退官(退官時の階級2等空佐)した.
1995年 米国における航空ショー界のスター「ショーン・タッカー」に 師事すべく渡米し,航空ショーパイロットとしての練習を始める.
1996年 米国におけるプロ・エアショー・ライセンス取得試験を受け新人としては驚異的な第2ランクの資格に合格.エアロック・エアロバティックチーム発足.チーム1号機のピッツ・スペシャル複葉機を購入.和歌山県南紀白浜空港での日本航空協会主催「スカイレジャージャパン'96」で日本デビュー.
1997年 米国アリゾナ州フェニックスで開催されたコックス・エア・ショーで,初の日本人エア・ショー・パイロットとして参加.日本全国15か所でエアショーを開催し,航空ファンを魅了する.
1998年 全国15か所で航空ショーを展開,琵琶湖の「全国鳥人間コンテスト」でデモフライトを行ない,TV放映.
1999年 愛機ピッツ・スペシャルの性能向上のためプロペラを換装し,航空ショーの内容を充実させて,15か所で複葉機によるアクロバット飛行展示を行なう.
2000年 2回目の米国(アリゾナ州メサ:COX AIR SHOW)におけるエア・ショーに参加.日本チームとしては史上初,2回目の米国におけるエア・ショー出演.晴れ男のジンクスを保持しつつ,全国18か所の航空ショーで,曲技飛行を展示.
2001年 後継パイロット候補生の養成を始め,ピッツ・スペシャルによる編隊飛行エア・ショーの基盤作りを始める.講談社から「最強の戦闘機パイロット」を出版.
2002年 編隊飛行の2番機パイロットの養成を本格的に開始.2機編隊飛行による本格的フォーメーションチームとして,岩国フレンドシップ・デー(5月5日)にて公開.
2002年 日本全国15か所,総観客動員数は200万人を越える.
◆ロック岩崎関連のDVD・書籍
・「ROCK’N’ROLL in the sky」:スカイアクロバットの世界 SPECIAL DVD
  JANコード:4934569613301 品番:BCBE-1330 価格:¥5,040 (税込)
  エアロバティックパイロット・ロック岩崎のフライトから舞台裏を紹介するドキュメンタリ.
  2機編成になったエアロックの最新映像や,マルチアングルコーナーなどを追加収録している.
  収録時間:100min.音声:日本語:ドルビーステレオ (スタンダードサイズ)
  阪本訓広(監)・岩崎貴弘(ロック岩崎)(演)
  バンダイビジュアル (バンダイビジュアル) 2002/09発売

・「最強の戦闘機パイロット」価格: ¥1,995 (税込)
  単行本:333頁 サイズ(cm):19 x 13
  出版社:講談社 ISBN:4062106728 (2001/11)

 日本のトップガンの実力を証明!秘技「横転コルク抜き」「ナイフエッジ」はいかにして誕生したか。ロック岩崎の究極の操縦法.
 私は戦闘機に乗り始めたときから,ひたすら強くなりたいと思っていた.陸上選手が,人より速く走ったり,高く跳んだりするのを目指すのが当たり前のように,誰よりも強い戦闘機乗りになりたかった.……本文から

・ロックンロール・エアショー LE. 価格:¥2,079 (税込)
 全国の航空祭でアクロバットショーを披露するロック岩崎のエアロバティック専用機「ピッツ」を再現したエアロバティックシミュレーションゲーム.自由気ままに大空を飛び回る「フリーフライト」,ロック岩崎の声で13種のマニューバ(曲技)の個別練習をする「レッスン」,実際のエアショープランに基づいた演技をナレーションとBGMで再現し,演技の組み合わせを自分でプログラムすることも可能な「エアショー」の3つのモードを用意。実機にとりつけられたカメラの視点や操縦感覚を高めるバーチャルコクピット,さらに5色のスモークを用意しリアルに再現されている.

・ロックンロール・エアショー 価格: ¥3,906 (税込)
 プロ・エア・ショー・パイロットであるロック岩崎氏の監修で,アクロバット飛行専用機(複葉レシプロ飛行機ピッツS2B/S2C)をシミュレートしたフライト・シミュレータ.独自の3次元処理技術と航空力学のノウハウを生かし運動性能・旋回性抜群の機敏で爽快な動きの再現を実現し,既存のフライト・シミュレータとは違う空の芸術を楽しめる.

・DVD:Flying High Fly Far Flying Route66 3,300円(税別):[税込み価格 3,465円]:50分
 ロック岩崎の空への誘い:マイクロライトプレーンの世界
 飛行機の概念、「とっつきにくい」という感覚を忘れさせ、手軽に空の散歩が楽しめる、それがMLP(マイクロライトプレーン)の魅力。マイクロライトプレーンとは総重量225kg以下(二人乗り)、一人または二人乗りの航空機.準航空機扱いで,飛行には航空局による飛行許可書が必要.
 プロ・エアショーパイロット第一人者のロック岩崎(岩崎貴弘)氏が推奨するマイクロライトプレーン.
この作品は「MLPとは」から始まり,岩崎氏によるMLP操縦方法の解説、さまざまな角度からの臨場感ある空撮など、MLPの魅力が満載の一本.

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 成田空港が最大の漁港ともいわれる時代だから,「西アフリカ沖産酢だこ」を近所のマルエツで購入して夕飯のおかずにして食べても不思議ではない日常のことになっているのだけれども.....
 環境に負荷を掛けない生活とは,まるで方向性が違っていまっているようで....
 西アフリカ沖って,モロッコ,モーリタニア,カナリア諸島のことらしい.なんと北大西洋のダカール沖あたりの地域になる.瀬戸内海のタコ漁が減少した分を,中国,ベトナム,タイでは足らずに,西アフリカにまで手を伸ばしているわけだ.メキシコは,値段の関係でもう増えないから,この先はたぶんないのだろう.まあ地球以外の惑星があれば別だが.日常の食卓の素材が地球を半周してもってきたものとなっている.西アフリカ沖産が日本に入ってきたのは,1965年ごろからだから,日本という国は,カメラや自動車を売って,食べ物は外国から輸入してくる貿易構造となっている.これが,環境にやさしい地球博を開催している日本国の現状といえよう.工業技術に力を入れるのはいいとしても,農業や漁業が衰退し地球規模の食料供給体制によって生活している.
 米国人が食べない牛肉を日本が禁輸しているから,同じ金額に近い自動車タイヤを報復に輸入差し止めようという話題があるほどに,工業製品輸出大国であるのだろう.お役所のランク評価にしても,経産省のほうが,農水省より高いようだし......

原産地表示ラベルって,おもしろい.

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大西洋横断といえば船ではどのくらの日数がかかるのだろうか?

高速船によるブルーリボン賞 
 かつてはブルーリボンという名で所要日数の短縮を競っていた時期があった.
 起源をたどれば,中国から喜望峰をまわって英国まで茶葉を運ぶ東インド会社の「ティ・クリッパ」になるのだろう.といっても明治のはじめごろであれば,「カティ・サーク」や「サーモピレー」などの帆船だから,地球を半周して100日くらいの航海となる.それが,オーストラリア大陸からのウール搬送にかわり,大西洋横断航路の客船に主役が移って行く.
 飛行機が登場して間もないころであれば,大西洋を船で横断すると,4日と22時間53分(1907年にキューナド社のルシタニア),第二次大戦後になると,3日と10時間(1952年に米国海運のユナイッテッド・ステーツ)となっている.
 一番新しい記録では,2日と20時間(1998年にデンマークのカー・フェリー「キャット・リンク5」)に短縮されている.
 大西洋の無着陸横断飛行
 さて飛行機による大西洋無着陸横断飛行は,英国空軍のジョン・オルコットとアーサー・ブラウンがビッカース・ビミー複葉爆撃機を使って,1919年の6月14,15日にカナダのニューファンドランド島からアイルランドのクリフデンまでの3040kmを16時間27分で実行した.この成果によって2人は,英国のデーリー・メール紙が掛けた賞金1万ポンドを獲得し,英国王室からもナイトの称号を受けている.
 ビッカース・ビミーという爆撃機は,第一次大戦中に開発されたが完成したときには,戦争が終わってしまったので,経済感覚に優れた英国軍人がビッカ−ス社に広報のチャンスと提案して始まったプロジェクトである.
 ロールス・ロイス製イーグルVIIIV12気筒エンジン(360馬力)を2機装備した長距離爆撃機(ビッカース・ビミー)で無着陸飛行を実現するために,燃料タンクを増設して4000Lとし,航続距離を4000kmに伸ばしたものである.このため自重は3.2トンだが,最大離陸重量は6トンに達していた.
 操縦性が悪いのか,長時間飛行の疲れによるのか判断できないが,着陸時に機体がひっくり返ってしまったが,操縦士と航法士には怪我がなかった.
50周年記念にレプリカを製作
 1967年に大西洋横断50周年を記念して,ビッカース・ビミーのレプリカを製作が行なわれた.
最初は実際に再現飛行を計画していたため,中古のロールス・ロイス製エンジンをオランダ運河の艀から3基を探し出した.こうして再現飛行機は1969年5月30日に完成し,6月3日に初飛行し,6月6日にはパリ・エア・ショウに参加するために英仏海峡を飛び越えて行った.6月9日には英国戻り記念塗装を仕上げて,マンチェスターのリングウェイ空港に飛び50周年記念会場に展示された.ところが7月14日にロールス・ロイスの試験場で整備中に火事に遭遇してしまった.致命的な損傷を受けたが,歴史的にも重要な機体だから,博物館で静的な飛行機として展示可能な程度には復元されて,英国科学博物館に保管されている.
Vickers Vimy 翼長21m×全長13.3m  最高速度:89knots(165km/h)
Cat-Link V  全長91.3m×自重450トン 最高速度:48knots (89km/h)
?H3>ディーゼルエンジン・4基(3万4000馬力)

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長距離飛行と地球の大きさ

○1931年6月23日から7月1日
高翼単発機のロッキード・ベガ「ウィニー・メイ」号でワイリーポスト,ハロルド・ゲティによりニューヨーク(ルーズベルト飛行場)発からハーバーグレース(ニューファンドランド)〜リバプール〜ハノーバー〜ベルリン〜モスクワ〜イルクーツク〜ハバロフスクからシベリア,アラスカを経由してニューヨーク着の世界一周飛行1万5474miles(およそ2万4903km)を8日間15時間52分(飛行時間は107時間2分)で記録した.
使用した飛行機はロッキード社製ベガ5-B(5人乗り小型機)で,エンジンはP&W社ワスプ425馬力(220馬力)
全長8.3m×高さ2.7m,翼長12.5m,巡航速度は425馬力の場合には220km/h(220馬力の場合は160km/h)
オクラホマ市の石油業者F.C.ハルの娘の名前を付けた”ウイニー・メイ”号.
モノコック構造で軽量,胴体も流線型で空気抵抗も少なく,高翼単発の高速機.
○1933年7月15日〜7月22日 
ワイリー・ポストは自動操縦装置付きのロッキード社製ベガ単葉機を単独で操縦してニューヨーク(フロイド・ベネット空港)を出発し,ベルリン,モスクワ,イルクーツク,アラスカを経由してニューヨークまでの15596miles=約2万5000kmを7日間18時間49分(186時間49分:実際の飛行時間は115時間36分30秒:着陸13回)で初の単独,世界一周飛行を記録した.
○1928年6月2日
イタリアのSavoia-MarchettiS64でA.フェラリン大尉, G.カパニン少佐が4764miles(7667km)を58時間30分で無着陸の周回距離飛行を記録した.
○1929年9月29日	
フランスのブレゲー19TRでD.コスト大尉,P.コドスはパリと中国のチチハル間7905km直線飛行した.
○1930年6月2日	
イタリアのSIAI-Marchetti SM-64でU.マダレーナ大佐,F.チェッコニが5088miles(8188km)を67時間で無着陸,周回距離飛行を記録した.
○1931年2月26日〜28日	
フランスの木製高翼単葉機ブレリオ110(水冷式600馬力,総重量7.2トン)でルシアン.ボアストロ,コマンダン.ロッシによって8822kmの無着陸,周回距離飛行を記録した.
○1931年3月30日〜4月2日	
フランスの木製中翼単葉機ベルナール80GR(水冷式650馬力,総重量9トン)でA.ペイラール,ジャン.メルモーズが8960kmの無着陸,周回距離飛行を記録した.
○1931年6月7日〜10日	
フランスの金属製低翼単葉機ドボアチンD33(水冷式650馬力,9.8トン)でジョセフ.ル.ブリ,マルセル.ドレが1万372kmの無着陸,周回距離飛行を70時間30分で記録した.
○1932年3月23日〜26日	
フランスの金属製低翼単葉機ブレリオ110「ジョセフ・ル・ブリ」号でR.ボアストロ,M.ロッシが1万602kmの無着陸,周回距離飛行を76時間33分50秒で記録した.
○1932年5月20日	
ロッキード・ベガでアメリア・イヤハート(米)が女性飛行士として初の大西洋単独飛行(ニューファンドランドからアイルランドまでを15時間39分)に成功した.
○1933年8月7日	
フランスのブレリオ・ザパタ110でR.ボスートロ,M.ロッシが9104kmの無着陸飛行を記録した.
○1937年7月15日	
ソ連のツポレフANT-25によりモスクワ〜ロス・アンゼルス間の長距離飛行(1万148km)をグロモフ,マヨチェフ,ダニーリンの搭乗で成功した. 

航研機の記録は平凡

○1938年5月15日
東京帝国大学の航研機が木更津を離陸し,太田〜平塚〜銚子間を周回飛行し,1万1651kmを62時間22分49秒で無着陸で飛行した.1万kmの平均飛行速度は186.1km/hを記録した.
○1939年8月1日
イタリアのサボイア・マルケッティSM82PD「カングーロ」3発爆撃機の長距離改造型により1万2936kmの無着陸,周回距離飛行を記録した.A.トンディ中佐,R.ダガッソ大尉ら4人で航続距離世界記録と1万km平均飛行速度226.192km/hを記録した.
○1946年9月29日〜10月1日
 ロッキード社製中翼の双発機P2V-1海洋哨戒機「トランキュレント・タートル」( 写真 )に,燃料タンクをあらゆる空間に増設し,4人の乗員と生後9か月の灰色のカンガルー(オーストラリアからワシントンDCの動物園への贈り物)を乗せて,燃料を多量に積み込んだため離陸の際に補助ロケットを利用した.
 オーストラリアのパースから米国オハイオ州コロンバスまでの1万1237 miles(1万8084km)を無着陸,無給油の長距離飛行を55時間17分で記録した. 
○1939年8月26日から10月20日
 双発の三菱G3M2モデル21を輸送機に改造したニッポン号による世界一周3万2850miles(52867km)を飛行時間194時間で56日間掛けた(ただしヨーロッパの戦争地域は避けた).
○1941年9月24日〜10月30日
 米軍のコンソリデイテッドB24爆撃機によるワシントンDCからワシントンDCまで(2万7238miles(4万3835km))を117時間(所要日数37日)で飛行し,軍用機による世界一周飛行.
○1941年12月2日から1942年1月6日
 サンフランシスコからニューヨークまでをボーイング314A飛行艇(ヤンキー・クリッパー)
3万1500miles(50694.34[km)を209時間30分(ただし日米開戦により,一部をカット)
○1944年7月2日から4日
 長距離実験機A26による無着陸の周回飛行距離記録で,周回コース(ハルピン〜白城子)を18周して新京飛行場に着陸した.総飛行距離1万6435kmの周回航続距離を57時間12分で記録した(非公認).
○1945年11月25日〜29日
 米国陸軍航空隊のダグラスA-26インベーダ爆撃機が乗員5人でサバンナからサバンナまで(2万4859miles(4万7km))を96時間50分で世界一周飛行し,米国の爆撃機は地球のどこにでも到達できることを証明した.
○1947年4月12日〜16日
 ウィリアムP.オダムとT.カーロルの2人でダグラスA-26インベーダ爆撃機(Reynold's Bombshell )で世界一周飛行(ニューヨークからニューヨーク2万miles:32187km)を78時間55分56秒で記録した.
○1947年8月7日〜11日
 冒険飛行士ウィリアムP.オダムが単独でダグラスA-26インベーダ爆撃機(Reynold's Bombshell )に乗り世界一周飛行(シカゴからシカゴ:1万9645miles=3万1616km)を73時間5分11秒(3日1時間5分11秒)で記録した.
○1948年7月22日〜8月6日
 3機のB29爆撃機が世界一周飛行(アリゾナ州チューソンからチューソンまで2万miles(3万2187km))に挑戦し,所要時間103時間50分で飛行した(うち1機はアラビア海で事故で中止したが残りの2機(ガス.ゴブラー,ラッキーレディ)が実現).
○1949年2月26日から3月2日
 B-50A爆撃機(ラッキーレディII)で15人の乗員が搭乗してテキサス州フォートワースからフォートワースまで(2万3452miles=3万7742km)を3日と22時間1分(94時間1分)で,無着陸,空中給油による初めての世界一周飛行に成功した.
○1957年1月16日から18日
 3機のボーイングB52戦略爆撃機(ラッキーレディIII,ラ・ビクトリア,ロンサム・ジョージ)でカリフォルニア州マーチ空軍基地から飛び立ち世界一周飛行(2万4325miles=3万9147km),所要時間45時間19分,無着陸,3回の空中給油による世界一周飛行を記録した.
○1962年6月11日 
 1機のボーイングB52H戦略爆撃機が沖縄の嘉手納基地からスペインのトレジャン基地までを無給油長距離飛行1万2532miles(2万168km)を22時間9分で記録した.
○1974年9月1日 
 米国空軍のロッキードSR-71による大西洋横断速度記録を1時間54分56秒で記録.離陸場所と着陸場所は公表されていない. 
○1965年11月14日から17日
 ジェット旅客機ボーイング707-320C(ポール.キャット)で米国ハワイ州ホノルルからホノルルまで2万6230miles(4万2213km)の両極越え世界一周飛行を57時間27分(所要時間62日27分35秒)で記録した.なお,北極から南極間飛行には34時間46分だった.
○1976年5月1日から3日
 パンナムのジェット旅客機ボーイング747SP(リバティ・ベル)でニューヨークからニューヨークまで2万3137miles(3万7235km)を46時間50秒で世界一周飛行を記録した.
○1997年4月1日から3日
 ジェット旅客機ボーイング777-2H6ERによりシアトルからシアトルまで(2万3210miles(37353km)を41時間59分)で世界一周飛行を記録した.
○1976年5月17日から19日
 アーノルド・パーマー・グループのリア・ジェットによる世界一周飛行はデンバーからデンバーまでの(2万2984miles(3万6989km)を57時間25分42秒で記録した.
○1986年12月14日〜23日
ボイジャー(ピストン・エンジンによる串形双発プロペラ双胴複合材使用機)による最初の無着陸,無給油,世界一周飛行は,エドワード空軍基地からエドワード空軍基地までの東回りによる記録で,2万4986miles(4万0211km)を9日間3分44秒(216時間3分44秒)で飛行した.
●2005年2月28日〜3月3日
 米国の冒険飛行士であるSteve Fossettさんは単発ジェット機「グローバル・フライヤー」号で,米国の中部にあるカンザス州サリナの飛行場を離陸し,東回りに約3万7000kmを飛行して,67時間2分後に出発地点に戻り着陸した.これが単独,無着陸,無給油による世界一周飛行の速度記録である.
日本からの世界記録を本気で検討するべきではないか?,エンジンもあるし,閑散とした飛行場も多数あるのだから,地域起こしので盛り上げられないのだろうか?バラエティでなく,正面から世界記録に挑戦できないのだろうか

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ガガーリン宇宙飛行士なら1時間半で地球を1周したのだが(1961年4月12日)

ボイジャーの改良・発展型

 米国の冒険飛行士であるスティーブ・フォセット(Steve Fossett)さん(60)が操縦する単発ジェット機「グローバル・フライヤー」号は,2月28日夜(日本時間1日朝)に米国中部カンザス州サリナの飛行場を離陸し,東回りで約3万7000kmを飛行し,日本上空も通過し,67時間2分後に出発地点に戻り,米国中部時間3月3日午後1時50分(日本時間4日午前4時50分)に着陸した.予定時間を1時間超過したが無事に帰還した.
 今回使用した単発のジェット機は燃料消費を大幅に抑えた独特の機体で,スケールド・コンポジット社(Scaled Composites)のバート・ルータン(Burt Rutan)さんが設計したもの(モデル311:1986年に無給油,無着陸で世界一周飛行したボイジャーの改良型)で,同社で製作され,2004年3月に初飛行している.
 この航空機は,ターボファン・エンジン(米国ウイリアムズ社製FJ44:セスナ社のサイテーションが装備している)を1基搭載した一人乗りの超軽量機で,航空機自体の重さの4倍の燃料を搭載することが可能な記録専用機として製作された.世界一周飛行は英国のヴァージン・アトランティック航空が支援し,特別仕様の単発ジェット機に「ヴァージン・アトランティック・グローバルフライヤー」と名付けられた.サイズは全長13.44m,全幅34.74mで,真ん中に長さ約2.1mの操縦席とエンジンを載せた胴体部分で構成するトリマラン(3本胴)配置で,機体は軽量化のためグラファイトとエポキシ樹脂製で,総重量約10トンの8割以上を燃料が占めている.両側胴体の主燃料タンクを含めて燃料タンクは計13あり,機体重量は約1.5トンだから,離陸時には空飛ぶ燃料タンクとなり,長い滑走路が必要になる.離陸してしまえば,後は平均速度約460km/hで高度約1万4000mを偏西風も利用して飛行する計画だった.
 カンザス州から東へ向かい,シカゴとカナダのトロントの上空を通過し,大西洋を越えてリビア,パキスタン,インド,中国の上海,東京やホノルルの上空を飛行して太平洋を渡り離陸から3日余りでカンザス州サリナに戻ってきた.同機はGPS(全地球測位システム)も装備しており,飛行位置はウェブサイトで表示されていた.
途中,積載していた燃料の15%に相当する1180kgが,飛行の初期段階で失っていたのを太平洋横断前に判明し,燃料漏れなどの心配からハワイに緊急着陸することも検討されたが,とりあえず飛行を続け,太平洋上での追風を受けて,燃料消費を抑えるなどで対応した.
 今回の世界一周飛行で、フォセット自身さんがB52爆撃機で1962年に記録したジェット機による無給油・最長飛行距離(1万2000マイル=約2万km)も更新したことになる.
飛行中の食事はミルクセーキのような流動食12杯と水で,眠気を防ぎほとんど眠らなかった.
 パイロットのフォセットさんは,米国空軍に1965年から1972年までカリフォルニア州のエドワーズ空軍基地で飛行テスト・プロジェクトの技術者として勤務しており,2002年に単独の熱気球による無着陸世界一周飛行に成功し,その2年後には,ヨットによる世界一周58日間という記録を樹立している.このあとにもまだ3つの計画が予定されているという.

米国の60歳のおじさんは元気だ

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