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2006年のF1GP開催日程が公表になった.
新しいV8形2.4Lエンジンにレギュレーションが代わり,予選方式も新しくなるようだ. 2005年と同じように19レースが行なわれるようだ(ブラジルが確定していない). 3月12日のバーレーンGPから始まり,翌週19日にマーレシアGPでオーストラリアGPは4月2日となった.これはメルボルンで開かれるスポーツの祭典「コモンウェルス大会」と日程を調整したためである. ヨーロッパでは4月23日にサンマリノGP,5月7日にヨーロッパGP,翌週14日にスペインGP,モナコGPは5月28日,英国GPは6月11日に,アメリカ大陸ではカナダGPが6月25日に,US GPは7月2日に開催される予定だ. またヨーロッパ大陸に戻ってフランスGPは7月16日になった. 2006年はフランスの独立記念日の週末となる日程で,観客は3日間のグランプリを楽しむのだろう. なにしろ1904年6月26,27日にフランス自動車クラブがルマン近郊の公道を閉鎖したサーキットを利用して開催した第1回フランスGrand Prixレース以来の100周年記念GPレースとなるからだ.すでに2005年のF1GPシーズンは,ルノー・チームがドライバー選手権とコンストラクター選手権を獲得して素晴らしい成績を残した.タイヤもミシュランが米国GPを除けば,完全勝利といえるだろう.車体のゼッケン番号のNo1とNo2を手に入れてルノーは,第1回グランプリ・レース優勝車でも走らせるのだろうか? また2006年にはサッカーのワールドカップがドイツで開かれるが,日程を調整することによってTV観戦や,観客減という影響を避けて,ドイツGPは7月30日になったようだ.そのためハンガリーGPは翌週の8月6日に開催される. 夏休みとして3週間休んでトルコGPは8月27日に,イタリアGPは9月10日で,ベルギーGPは翌週の17日になる. アジアでは日本GPが10月1日に,翌週8日に中国GP,最終は10月22日に開催予定のブラジルGPとなっている. |
F1GP
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開幕して4戦でルノーの独走,新鮮だ!!
コスワースV8エンジンはどこが使うのかしら?
ザウバーはどこのエンジンを使えるのかしら?
コスワースV8エンジンはどこが使うのかしら?
ザウバーはどこのエンジンを使えるのかしら?
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フランスのルノーがF1のコンストラクター選手権も獲得した.
これで来年のGPレース100周年記念には絶好の冠を手に入れたことになる. そう同志のタイヤ・メーカーとしてミシュランも同じだ. ただ残念ながら,フランスGPの開催時期が4月か5月になってしまうことだろう. まず,2006年に米国で開催予定のF1GPが7月2日になるらしい.これで英国GPの開催日程がこれまでの7月中旬から変更されることになった.もちろんほかのGPにも日程変更の影響が及ぶのだ.いちばん大きな問題は英国GPと米国GPの中間に予定されていたフランスGPの日程である.なにしろ100年前にフランスのルマン近郊の公道を利用してフランス自動車クラブが1906年6月26,27日に開催した最初のグランプリからちょうど100年目というイベントになるのである. 米国GPの日程で,フランスGPはドイツで開催されるサッカーのワールドカップの日程との関係で6月18日も7月9日も開催できないからだ.これで6月9日から7月9日まで,つまり6月18日,6月25日,7月9日はワールドカップと日程が競合してしまう. まず6月18日はF1日程から見ると,ワールド・カップ・サッカーの3試合が午後3時〜10時30分までTV視聴者を占有してしまうから絶対に避けなければならないことになる.そして6月25日にはサッカーが2試合,7月9日はワールドカップの決勝戦だからF1は視聴率をとれないことになる.米国のインディアナポリスの日程を変更すればいいのだが,今年はインデアナポリスでタイヤの問題があったために移動できないということだ. 米国のレースの1週間前に行なわれるカナダGPを6月25日に動かせばいいのだが,サッカーのためにそれができない.米国GP1レースのためにすべてを積み込んで移動し,カナダGPを7月16日に開催する日程を組むと,英国GPをこれまでの日程で行なうと,米大陸のレースの合い間にスタッフがヨーロッパ大陸を往復することが必要になり費用が嵩んでしまう.さらにスタッフを10日間も高価なホテル住まいをさせなければならないことになる.これではF1の運営費用がかさんでフランスと英国の主催者がどちらも貧乏くじをひいてしまう.ということで,フランスGPを4月末に開催して,英国GPはモナコの5月28日,ニューブルクリングの6月4日,シルバーストーンで6月11日と3連続開催という日程が予想される. 1906年に開催されたフランスGPに,ルイ・ルノー(Louis Renault)はタイプAKを開発して3台エントリーした.エンジンは4気筒で排気量が13Lの90馬力を装備していた.ルノーAKは,油圧式のサスペンション・ダンパーとミシュラン製リム交換式タイヤを採用した点が長所となっていた.これで1周64マイルのコースを2日間で12周するレースでハンガリー人ドライバーのファレンス・シーズ(Ferenc Szisz)が2位のフィアット(フェリース・ナザロ)に32分の差をつけて優勝してしまった. 769マイルを平均速度62.88mphで走行したのだが,タイヤがパンクして19回も交換したのだが. 翌年はフィアットに次ぐ2位,1908年はホイル・トラブルにより失格にされたため,それ以後ルノーは69年間モーター・スポーツには参加しなかった. |





