日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

民間航空史

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初期の飛行機作りから始めた民間の飛行機サポーターを中心に
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 米国でライト兄弟が自作した飛行機で空を飛び始めた時期といえば,我が大日本帝国では明治時代の
終わりころにあたる.

◇民間の飛行機工場・第1号といえば.....

 このころ,東京飛行機製作所という飛行機メーカーがあったのだ.

いわば日本最初の航空機メーカーになるのだが,東京は新宿角筈の十二社に工場があったそうだ.

 この企業は,沖縄県知事を父親にもつ奈良原三次(鹿児島県出身の1877年2月生まれ)が出資して設立し

た工場である.

 年号が大正に変わると民間飛行士の第1号となる奈良原三次は,横須賀海軍工廠造兵部に技士として勤

務するかたわら,まだ目新しい存在であった飛行機に興味を持ち, 勤務外の自分の時間にも情報を集め

て,試作機の設計を進めていた.

 そのため東京飛行機製作所では,おもに臨時軍用気球研究会向けの飛行機関連部品(直径3m程度の飛行

船用プロペラなど)の修理や保守部品の製作などから手をつけていたようである.しだいに飛行機に関連

した作業が本格化して行き,ついに飛行機本体の製作にまで手を広げて行くようになる.

 こうして東京飛行機製作所において,奈良原式1号飛行機の試作を初めて,1910年10月中旬にようやく

完成させている(この試作費用は当時で2000円を越える).このころの飛行機はまだ木製木枠を使った構

造だから大工道具があれば,機体だけであればなんとか製作可能なレベルであった.もちろん駆動源と

なるエンジンは別のレベルにあり,精密な機械加工が必要な金属機械だから,とりあえずスムーズに回

転するように調整できる機関士段階であったのはやむを得ないであろう.

 輸入したエンジンとプロペラを機体に取付けて,ようやく完成した試作1号飛行機を戸山が原に運び,

奈良原三次がさっそく操縦して奈良原式1号飛行機の離陸滑走を試み始めた.

 しかし,この1号機はジャンプ(数mの飛び上がり)はするが安定して飛行するまでの能力はなかったよ

うだ.

 その原因は,設計者である奈良原の計画では,フランスからグノーム50馬力のエンジンを購入して装

備する予定だったのに,実際に届いたのはアンザニ25馬力発動機になってしまったことにある.このた

めに,機体本体の重量に対してエンジンの出力が不足していたと思われる.

◇◇東京飛行機製作所が製作した飛行機が民間機第1号に

 東京飛行機製作所の支配人には住吉貞治郎がつき,現場主任には大口豊吉(大工の棟梁だが,木工以外

にエンジン調整や板金工作も担当),助手として白戸栄之助(稲毛に白戸飛行練習所を設立),伊藤音次郎

(津田沼に伊藤飛行機研究所を設立),後藤銀治郎,田中良などのメンバーが参加していた.

つまり東京飛行機製作所では,当時の飛行機研究家であった田中館愛橘博士の設計したプロペラや当時

の日本に輸入されていたライト機,ファルマン機,ブレリオ機,グラーデ機のプロペラなどおよそ100本

ほどを製作している.

 このころの飛行機用の木製プロペラは,船便で運ばれてくるため日本で梱包を開けると,乾燥により

変形しているので,使用するには修正作業を必要とした.この作業から飛行機部品との関わりが始まっ

ていた.

 なお1910年12月15日に日野大尉のグラーデ機が代々木練兵場で転覆して,降着装置,主翼,尾翼の一

部を破損したときには,その修理を大口豊吉が担当している.さらに徳川大尉のファルマン機のプロペ

ラが破損した時にも,予備として持っていた奈良原のプロペラを流用してとりつけたのも,東京飛行機

製作所の仕事であった.

そして1911年のはじめになると,フランスからノーム50馬力エンジンを輸入し,奈良原が新しく設計し

た2号飛行機を東京市新宿角筈の東京飛行機製作所で組立て,所沢の陸軍飛行場に運び,5月5日にようや

く奈良原式2号機による初飛行に成功した.しかし奈良原は2号機を飛行練習に使って破損してしまう.

このような経過で奈良原式3号機を9月下旬に組立て完成したが,東京飛行機製作所は資金繰り(住吉貞治

郎の横領など)で行き詰まり,1911年末にはとうとう解散する状況になっていた.しかし1912年に東洋飛

行機商会(京橋八丁堀)に業務を引き継いでいた.この東洋飛行機商会は,兜町に高井商店を営む高井治

兵衛と工業薬品問屋の当間の出資によるものであったが,奈良原式4号機「鳳」号を1912年3月に深川の

工場で完成した.

 奈良原三次は早速4月13日に川崎競馬場において有料の飛行展示会を行なった.これで関東地区におい

て奈良原三次の民間飛行士としての地位が確立した.

とうとう5月になると,千葉県の稲毛海岸に干潟を利用した民間飛行場を開き,10月末から奈良原式4号

飛行機による地方巡回飛行(広島,福岡,小倉,丸亀,岡山など)を開始した.

これが日本の複葉機時代の幕開けとなった一般大衆への飛行機博覧会という飛行展示興行による,民間

航空のはじまりとなった.しかし新しいものには,飽きがくるから通常の博覧会屋のように,飛行機に

よる展示飛行だけでは,儲け三昧とはならなかった.

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 日本における民間航空のルーツをたどると,自作の機体で日本の空を飛んだ飛行士ということになるのだろう.

 陸軍の日野,徳川大尉についで,自分で設計した飛行機によるフライトに挑戦した奈良原三次がその

パイオニアといえるだろう.

 奈良原三次(沖縄県知事であった奈良原繁の息子)は,東京帝国大学造兵科を卒業して,独自に考案し

た飛行機の設計図を発表して特許を得ていた.1908(明治41)年より,海軍技士として横須賀海軍工廠に

勤務し,1909年に設立された臨時軍用気球研究会の委員も兼ねていた.1910年5月になると,研究会の仕

事とは別に,外国の資料を参考にして,日本独特の竹材を骨組とした複葉機を設計し,東京四谷塩町の

自宅の庭に作業場を設けて機体を製作した. 試作した奈良原式1号飛行機(竹材と木材を主とした骨組

に,翼は羽布張り構造:全幅11.3m,全長7.2m,自重310kg)は,フランスから輸入したアンザニ25馬力(空

冷式扇型3気筒)エンジンを装備した.機体の主翼には上翼は下翼よりも大きく,上下翼間に著しい喰違

い角をあたえ,昇降舵を上翼前縁の左右に分けて前方張出式に装備し,これには横滑りを防ぐため三角

形の垂直安定板を取付けていた.1910(明治43)年10月24日,東京市戸山が原練兵場で試乗し,さらに

10月30,31日にも実験したが,地上滑走だけで飛行せずに終わり,地上滑走の研究用として,1,843円で

臨時軍用気球研究会が購入した.

 1911(明治44)年のはじめ奈良原三次は,フランスからノーム50馬力エンジン(空冷式回転星型7気筒)を

輸入して,新しく設計した奈良原式2号飛行機(写真:木製主材骨組で合板羽布張り構造:全長10m,自重

430kg)を東京市新宿角筈の東京飛行機製作所で製作した.この飛行機は,主翼に弓なりの上反角をあた

え,上下翼共に後縁両端に補助翼を取付け,全体を軽量化して双前車輪,尾橇つきとなった.

 こうして奈良原式2号飛行機を日本最初の飛行場となった所沢飛行試験場に運び,1911年5月5日に奈良

原三次の操縦で離陸し,高度約4mで距離およそ60mを飛び,国産機による最初の飛行を記録した.ただし

このときは,着陸の際に脚を折り,プロペラを破損してしまった.その後,修理した機体で最大距離約

600m,高度約60mを記録したが,通常時の練習飛行は平均高度約5mの直線飛行で,民間で初めて奈良原三

次を教官とした飛行練習もおこなわれた.その後,練習で破損した2号機の部品を使って,3号機を新し

く組み立てたが,教官が同乗できる複座式とし,降着装置も頑丈な4輪式として,転覆を防止するために

脚に長い橇をつけていた.

 奈良原式3号飛行機は発動機は2号機のものを使い,主翼は上反角のない直線翼で,補助翼は上翼にの

み取付け,2号機同様に常時は垂れ下っているが,飛行中は風圧により水平になる片持ち引き下げ構造と

なっていた.

 当時,奈良原三次は海軍を大技士(造船大尉)で退職し,自作機で操縦術を体得した民間飛行士の第一

号で,最初の民間の飛行教官でもあった.

 このころ,奈良原飛行土の助手として,白戸栄之助(後の白戸飛行機研究所長),伊藤音次郎(後の伊藤

飛行機研究所長),川辺佐見(後の東亜飛行専門学校長)らが所沢飛行場に姿を見せていた.

 しかし1911(明治44)年の秋になると,海外から飛行士墜死のニュースがしばしば伝えられ,飛行機の

危険性が広まり奈良原家親戚の反対が強くなり,奈良原飛行士自身は,飛行する機会が減った. その

後,白戸飛行士が教官を代行し,奈良原三次は飛行機の製作と広報に専念した.

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