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船+色々な乗り物ブログ
横浜を中心に撮り歩いている、船や色々な乗り物のブログです。皆さんよろしくお願いします。

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浦賀港と 川間ドック



前回に続き神奈川県横須賀市 浦賀です。
浦賀には貴重なドックが2基、残されています。
1基は前回の旧住友重工 浦賀造船所の1号ドック。
もう一つは浦賀造船所の分工場、川間分工場にあった川間ドックです。






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FUJIFILM   S1   2016/05
川間ドックは浦賀駅からゆっくり歩いて40分ほど、旧浦賀造船所からは30分ほどです。駅から大きめの道一本なので行きやすいところにあります。浦賀駅からは近くまでバスも出ています。
写真は旧浦賀造船所を抜けたところ。









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FUJIFILM   S1   2016/05
浦賀造船所跡地を抜けると、浦賀港を一望できる通りに出ます。
ここはかつて浦賀造船所を使用する船や貨物船が係船されていた場所。
前回のブログの1枚目の写真、護衛艦「わかば」や「あやなみ」型、輸送艦が係留されていた場所です。今は浦賀港を一望できる通りに整備されています。









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FUJIFILM   S1   2016/05
通りを歩くと浦賀港の渡船乗り場があります。
対岸までを約3分で結ぶ超い短い航路で、浦賀に奉行所が置かれた1725年頃から運行されている歴史ある航路。
現在の就航船は「愛宕丸」で平成10年に就航しました。総トン数4.8トン、全長9.5m。









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FUJIFILM   S1    2016/05
渡船乗り場の横は、内航船の係留岸壁になっています。










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FUJIFILM    S1    2016/05
まっすぐ歩いていきます。
浦賀港は海と緑のコントラストが綺麗です。









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FUJIFILM    S1   2016/05
続いて小さな漁船の係留場。浦賀港口に近づき浦賀水道も近くに見えます。











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FUJIFILM   S1    2016/05
係留場の横には、陸軍桟橋と呼ばれる桟橋。
昭和10年代に作られた桟橋です。
ここは昭和20年8月の太平洋戦争終結後、中部太平洋の各島や中国大陸からの引揚者が上陸した地で、浦賀だけで約56万人を受け入れました。










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FUJIFILM  S1   2016/05
陸軍桟橋から見えるマンション群のところが、川間分工場があった所になります。
もうすぐ川間ドックです。









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FUJIFILM   S1    2016/05
入口に錨のオブジェがあるマリーナ「シティ マリーナ ヴェラシス」。
ここに川間ドックが存在します。住所的には西浦賀4丁目付近。
特に許可も必要なく、駐車場を抜け川間ドック横の見学路に入って行くことができます。








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FUJIFILM   S1    2016/05
ここが川間ドックです。
右側の舗装面から見学することができます。








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FUJIFILM    S1   2016/05
やや上からみたところ。ドックの形が分かると思います。
浦賀の一号ドックに比べて一回り小さい感じです。
川間ドックはマリーナの一部のような感じで残されています。
海水が入って入り江のようになっており、知らない人が見てもドックと気付きにくい状態。右側の敷地も川間分工場跡地で、操業時は船台や工場が立っていました。








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FUJIFILM   S1    2016/05
海とドックとを仕切る船扉は撤去されており、ドックとしての機能は失われています。入口付近はプレジャーボートの係船桟橋で塞がれた状態です。








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FUJIFILM   S1    2016/05
ドック横には立て看板が立っていて、ここが「川間ドック」ということを示しています。説明文のように東京石川島造船所が建設、早々に浦賀船渠(のちの住友重工業 浦賀造船所)が買収、川間分工場となりました。
明治28年に建設着手で明治31年開業ということは、浦賀一号ドックより1〜2年古いことになりますね。










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FUJIFILM  S1   2016/05
川間ドックは写真向かって右に写っています。
現在、ドックから右はマリーナとマンションとなっています。
左側は広大な空き地のような状態で残っています。
川間分工場は、浦賀造船所より10年以上前の昭和59年には閉鎖となっており、現在はドック以外のものはほぼ残っていません。

この跡地は平成2年頃、ホテルや商業施設、マンションやマリーナ等が揃うリゾート再開発計画(SRD川間リゾートコンドミニアム)がありました。しかしマリーナ・一部のマンションを完成させたのみで工事が中断、広大な敷地が余り、今もそのままになっているんです。現在の土地の所有者はコーヒー等で有名なユニマットグループで、現在でも2500戸を超えるマンションと商業施設の建設計画があるようですが、あまり進んでいるようには見えませんでした。
現在のドックの写真でも右手は、ほぼ緑だけしか見えないと思います。








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FUJIFILM   S1   2016/05
レンガ積みのドライドック構造はきちんと見える状態ですね。階段が1層見えますが、この海水の下にあと階段3層分が沈んでいます。








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FUJIFILM   S1    2016/05
ドックの端の部分。








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FUJIFILM   S1    2016/05
ドック端を注意して見ると・・・。
「株式會社 東京石川島造船所 浦賀船渠」と彫られた石板が。
建設当時に付けられたものと思われます。




「川間ドック」は扉も残されておらず、水を排水することも今後無いでしょうね。

川間分工場跡地の再開発完成は平成34年頃と言われています。
再開発工事は遅れているようですが、ドックはどう保存されていくのでしょうか?









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