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救急車には何度か同乗したことがある。
車両の足元に簡単な座席があって、ちょっとした手荷物を抱えてあたふたと乗り込み、座るだけ。
救急隊員が患者の脈や呼吸や意識を確認しながら、いろんな質問を付き添い人に尋ねてくる。
それにドキドキしながら、必死で答える。
今回初めて乗った車は、何と名付ければいいのか・・。
「寝台車」といえば列車になってしまうし。
(いや、寝台車はもうな無くなったんだっけ)
運搬車というのも愛想がないが、 ストレッチャー運搬車と言えばいいいのか・・。
添乗者の座席は、救急車と違ってストレッチャーの真横にあった。
「どうぞ・・」という丁寧な言葉に、「はい」と言いつつそっと乗り込む。
車が走り始め、最初はなだらかな道だったが、途中で少しバウンドした。
軽いバウンドだったのに、ストレッチャーの上の人型がゴロンゴロンという動きをした。
アッ!?と思って、思わす両手で被さるように押える。
エッ??
そのあともずっと、揺れるたびに両手で押さえていた。
そうなんや・・。
人は寝ているとき、それが救急車に乗らねばならないような重篤な病人であっても、
均等に体重をかけて寝ている?
そうか・・・。
無意識のうちにも、ちゃんとバランスを取って寝台に乗ってるんや・・。
決してこんな揺れ方はしない。
父の重心は、今一体どうなってるんだろう。
チャックの付いたシルバーグレイの不織布のケースに納まった父の体は、
ずっと、ごろんごろんと丸太のように揺れていた。
斎場となるホールの中の、こじんまりとした和室に寝かせてもらった父。
枕元の祭壇には、宗派に合わせていくつかのものが飾られれている。
15分ほどで燃え尽きる線香は、その火を絶やさないように次々と新しいものに変えていかねばならないとか。
その葬儀社に連絡したのは、父が4年ほど前に会員になり、会費を納めていたからで、
そのことを、私は半年ほど前に父から聞いていた。
姉と義兄と3人で、葬儀一切の打ち合わせ。
父は、最もシンプルな家族葬を望んでいたということで、私は花を飾るレイアウトだけに口を出した。
それよりも、父の顔の浮腫みが気になっていた。
腎臓の機能も心臓の機能も弱っていたからかもしれない。
手もぷくぷくで、うまく胸元で組めないほど。
ずっと手をさすった。
頬を何度も何度も撫でた。
リンパの流れに沿って?
いや、もう流れてはないよね・・。
でも、何とかいつもの父の顔に戻したい。
こんなに不細工では可哀想・・。
「この浮腫みは取れるでしょうか・・。」
葬儀社の優しい担当の女性は、「きっとかなりマシになると思いますよ・・。」
・・・・・・
「ああでも、残る方もおられますけど・・。」
・・・・・・
最後なんだから、せめて普段の父の顔に戻ってほしい。
無駄かとは思いつつ、ずっと頬を撫でていた。
そう目の周りも、あごも・・・。
線香を忙しく取り替えながら・・・。
喘息を持つ身としては、この線香の煙の中にずっといるのはちょっと・・。
今は、いくら咳き込んでもいいが、マスクを用意しないと・・。
夕方には弟も着きそうだし、母も車で迎えに行かないと・・。
それまでに男前に戻るのは、どうやら無理なようだ。
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hokutoseiさん、コメントありがとうございます・・。
病室に泊まったりもしていましたが、それは病院が遠いためでもありましたので・・そこまで悪いという認識はありませんでした。
医師からもそういう話は聞いていなかったので、まだウソのような・・。
でも、雑事に追われていますので、時間が過ぎていってくれます。
ご心配下さって、ありがとうございます・・。
2012/5/19(土) 午前 11:58
yasukuniさん、コメントありがとうございます・・。
そうでしたか・・8月にお母さまを・・。
そして、全ての手続きを終えたのが11月!!
そんなにかかりましたか・・。
うちはまだ始まったばかりですが、えーっ?ということばかりです。
死亡診断書、死亡届、戸籍謄本の文字ですが、父の名前の文字が微妙に違う(下の棒が長いとか短いとか)だけで、書き直し?
そんな最初のところで躓いて、これから先が思いやられます。
夏までかかるんでしょうね・・。
無理をしないように気をつけたいと思います。
ありがとうございました〜〜。
2012/5/19(土) 午後 0:34
お父様急な話で驚きました…
お父様、心穏やかに旅立たれたでしょう。ご冥福をお祈りします。
お顔の浮腫もひいたとの事、takaoさんの気持ちのこもったマッサージが効いたのでしょうね。そのtakaoさんのお気持ちに感動します。
(自分は何もしなかったので、お父様とtakaoさんの関係が羨ましく、また自分を反省しきりです)
2012/5/20(日) 午後 1:48
ウロコさん・・コメントありがとうございます・・。
そうなんです、なんだか呆気なく逝ってしまいました。
一度良くなって退院して、そこそこ機嫌良く過ごしていたのですが・・。再入院してからはわずか10日余りでした。
食事を食べなくなっていたのですが、前日私が持ち込んだプリンと黒豆は美味しそうに食べてくれました。ですから、必ず元気になってくれると思っていたのですが・・。
仕方なかったと思いつつも、悔やまれることはたくさんありますよ・・。。
2012/5/20(日) 午後 10:13
ご愁傷様でした。
以前にも来ていたのですが、どういって良いか分からず……。
私は父を亡くして初めて、身内の死というものをとても身近に感じました。とても寂しいものです。
親孝行は生きているうちにしておこうと思って、実行していたつもりでしたが、まだまだあれもこれもしてあげたかった、できなかったと思いました。
でも、今では父の形はなくなっても、いつもそばにいてくれているような気がしています。
ご冥福をお祈りします。
2012/5/21(月) 午前 0:58
お父様がお亡くなりになられたのですね、、、静かに旅立たれたとのこと、、、
お苦しみが少なくていらっしゃったのですね。ご家族の方々の手厚い見守り、看病の下、安心なさっていらっしゃったことと思います。親を失くした哀しみは後からジワジワときますね、、。☆も父が亡くなったという知らせで、直ぐに飛行機に乗って長崎空港へ向かい、諌早の実家に着いた時、親戚たちがいっぱい集まってくれてました。仏間の父の頬を幾度も撫でて、、、☆は父の額に接吻をしました。
父への感謝の言葉をつぶやきながら、、、、。こう書きながらも、もう、20年経つのに、まだ涙が出てきます。どうぞお力落としのありませんように、、。
雑事が続くことはある意味、有難いこでもあるなあと思います。涙にくれていては体にさわりますからね、。お父様の思い出話しなど、、供養にもなりますし、残された家族の方々も癒されていきますね。お父様のご冥福をお祈りいたします。☆
2012/5/21(月) 午前 1:28
そうでしたか。
昨日は、記事に気がつかずに今頃となりました。
お父さんの人生の最後の旅立ちをしていたのですね。
しばらく、バタバタと大変でしょうが、よろしくお願いします。
2012/5/21(月) 午前 5:39
loveさん、コメントありがとうございました・・・。
3年ほど前から頻繁に実家に帰り、父との時間もそこそこ持ってはいましたが・・。
もともと寡黙な父との会話は、少なかったです。
入院して体調には不安がありましたが、まさか・・。
本当に「ウソでしょ!」という思いしか無かったです。
まだ、バタバタして気を紛らわしていることしかできない毎日です。
2012/5/22(火) 午後 8:20
☆子さん、コメントありがとうございます・・。
亡くなった当日の様子はわからないのですが(病院に着いたときにはもう人工呼吸を受けていましたから)、3日ほど前から何となく様子はおかしかったです。(様態が悪化したということではないのですが)
それを見抜けなかったのは悔やまれますけど、仕方のないことだったと思います。
今はホントに、雑事に助けられています。
病院に通うために代わってもらっていたことなどを、やらねばなりませんし・・。
それでいいのかなと思います。今は・・・。
2012/5/22(火) 午後 8:47
ビーナスさん、コメントありがとうございます・・。
しばらくブログをサボっていたのはこういう事情でした。
病院の付き添いなどで疲れていたころからずっと、サボりっぱなしですけど・・。
(実はもーーっと前から・・・かもしれませんが)
バタバタしながらも、どこかボーっと過ごしてしまう日々です。
どこか上の空のような。
2012/5/22(火) 午後 9:30
あまりにも突然でビックリしています。
後悔もきっとあるでしょう。 でも、それは当然なんです。それで良いのです。
私は父が亡くなった時、体とは魂の入れ物だったと感じました。takaoさんのこの記事でも改めてそれを感じました。
お母様はどうしてますか?
大事にして下さいね。 勿論takaoさん自身もですよ。
私の好きな緩和ケアのお医者さんのブログにあった、とても役立つ(?)話です。 もし、興味があったら覗いて見て下さい。→http://blog.goo.ne.jp/kotaroworld/e/b63062f7353a76aca79645262b6a3693
最後ですが、心からお父様の冥福を祈ります。
お疲れさまでした。
2012/5/23(水) 午後 9:42 [ tat*ug3 ]
追伸:この日は私の誕生日なんです〜。
又、忘れられない日が出来ました。
2012/5/23(水) 午後 9:45 [ tat*ug3 ]
tatsuさん、コメントありがとうございます・・・。
10日ほど経ちましたが、まだ現実のような気がしていません。
呆気なく骨になってしまったのも、ウソのような気がしています。
巻き戻せば、数秒でゴールデンウィークの時に戻りそうな。
父の姿を見ても、顔を見ても、涙は出て来ませんでした。
よほど鈍いのかとも思ったのですが・・・。
それよりも、父と関係の深かった人から電話をもらったりすると、すぐに涙が出ます・・・。
形のないものが大事なのかもしれませんね。
2012/5/23(水) 午後 11:58
tatsuさん、そうでしたか・・・。
5月12日はtatsuさんのお誕生日!!
何だか申し訳ないような気がしましたが、生まれた日も亡くなる日も同様に大事な日なのかもしれません。
私も、tastuさんのお誕生日をずっと忘れることはないです・・。
2012/5/24(木) 午前 0:03
こんばんわ。
「形の無いものが大事」そうかもしれません。本人はいなくても、空気感、感性、ぬくもり、考え方などなど、そっくりと残っています。存在感は消えません。これからはそういう付き合い方になるのではないでしょうか。私もこれから体験していくことで、よく分かりませんが、そんなふうに思います。
訳のわかんないこと書いてしまいました。失礼しました。
2012/5/30(水) 午後 10:01 [ hokutosei_N43 ]
hokutoseiさん、コメントありがとうございます・・。
そうですね・・。
遺品の整理も少ししましたが、父が愛用していた僅かなもの以外は、特に何も感じないです。
やはり、父を知る人たちの中に何かを残してるんだと感じます。
もちろん私の中にもですが。
2012/5/31(木) 午後 0:15
こんばんわ。
初夏を感じるようになってきましたが、まだ、寒いです。夜、ストーブをつけてしまいます。新緑は無条件に体の中のわだかまりを溶かしてくれます。立ち止まって、その空気を胸いっぱい吸いたいと思うのですが、花粉症でできません。なかなか人生は思うようになりません。ちゃんと食べていますか?水分は摂っていますか?
もう少しで一つの峠を越えると思います。ガンバって歩きましょう。
2012/6/8(金) 午後 7:36 [ hokutosei_N43 ]
hokutoseiさん、コメントありがとうございます。
季節は移り替わっていきます。
初夏を感じながらも、夜にはストーブですか・・。
ダイナミックですねぇ・・。
(関西は蒸し暑いですよ〜。でも、ご存知の通り節電が第一ですから、冷房は点けませんしどこに居ても蒸し暑いです)
そうですね、思い通りにはならないものだと思います。
「思い通りになる」と考えるのは、錯覚というか傲慢というか・・。
食べていますし、水分も気を付けています。
例の病気入院から6年経ちました。
忘れないように・・・自分を戒めないといけませんね。
まだまだごたごたとした手続きがありますが、来月にはホッとしたいと思います。
2012/6/8(金) 午後 10:58
こんばんわ。
49日が過ぎた頃だと思うのですが。少し、落ち着かれましたか。
恐らく、お父上のいなくなったこと、実感が伴わないと思うのですが
それはそのまま受け止めていけばいいのではないでしょうか。
自然に自分の中に落ち着いてくると思います。
それより、暑い夏が始まりました。
どうぞ、御自分の体調にお気をつけください。
2012/7/12(木) 午後 10:16 [ hokutosei_N43 ]
hokutoseiさん、コメントありがとうございます〜。
そうですね、もう丸2ヶ月経ちました。
先月末に49日の法要を終え、ほとんどの手続きを終えましたが、
(まだ少し残っていますが)
父が亡くなったという実感は全然ありません。
時間だけはビックリするくらい早く過ぎていきますけど・・。
雨と蒸し暑さはまだ続きそうです。
身体だけは気を付けないとと思っています。
ありがとうございました・・・。
2012/7/14(土) 午前 1:17