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下山の日。
小降りになるのを待っているわけにもいかず、完全防備で山小屋を出た。
「おっしゃぁ〜〜!いこか〜〜〜!!」
足元の悪いガレ場は最初の方にあった。
その後も前半は悪路なので、足が疲れてくる前に何とか通過したい。
登りの方がしんどいと思われがちだが、息が上がるだけで、体への負担は案外少ない。
延々と下りが続く方が、足腰への負担は比べものにならないくらい大きいのだ。
雨具やザックに当たる雨音が、バラバラバラ〜!!っと時おり猛烈に大きくなる。
膝を柔らかく使いながら、滑らないように慎重に足を運ぶ。
すぐにキレ落ちたクサリ場が始まった。
どう進めばいいのか・・足がすくむ。
「takaoは俺の次に入れ。Wはラストな。」
トップを歩くリーダーの足運びをそのまま真似できるので、2番手は一番楽だ。
普通の山道でも岩場でも、一番弱い者をセカンドに置く。
滑り止め付きの手袋もずくずくだが、クサリも利用しつつ必死についていく。
足の置き方や体重のかけ方もだんだん慣れてきた。
というか、昔の感覚が甦ってきた。
しかし・・・さらに雨足が強くなっていて、足元は川のようになってきた。
「沢歩きに来たみたいやなぁ〜。」
「ほんと・・・。」
「ほら、すごいぞ〜〜!滝や!」
リーダーが指さす方を見ると、向かいの斜面に見事な滝が・・!
水が落ちた先にはいく筋かの川ができていた。
1ピッチ歩いたが、ガレ場は続いている。
上等なゴアテックの雨具のはずなのに、すでに中まで水が浸みてきている。
「ここまで降らんでもええのになぁ〜。」
雨具のフードには少しひさしが付いてはいるが、雨が目に入って痛い。
でもとにかく我慢して距離を稼ぐしかない。
私の後ろが続かなくなってきた。
Tちゃんではなく、どうやらW君が遅れ気味になっているようだ。
2ピッチ歩いたところで、「ちょっと休もかぁ〜。・・・休む言うても立ってるだけやけど・・。」
ザックを下ろす場所も無い。
リーダーはザックカバーの横から手を入れて、潰れかけたアーモンドチョコの箱を取り出した。
「2個ずつ食って、水も飲んどけよ〜。」
気温が低いので喉は全く乾かないが、とにかく雨に濡れたチョコを口に放り込む。
チョコを食べたら水を飲みたくなった。
ザックを下ろすこともできないので、肩から片方だけ外して水筒を出そうとすると・・・、ザックカバーの下が膨らんでいる!少しめくるとザーッと水が流れ出した。
水抜きの穴も用を為していないし、そもそもザックカバーの意味が無い??
立ち止まっていると、雨の打撃が余計にこたえてくる。
「W、2番に入れ。Tちゃんがラストな。 ほな、もう1ピッチ行こか〜・・・。そのあとは楽な道や・・。」
W君がセカンドに入ったが、明らかにピッチは落ち、足に来ているのか、かなり辛そうだ。
Tちゃんが自分のポール(ストックのようなもの)を貸したが、W君は使ったことが無いのでそれでカバーすることもできない様子。
W君の足取りはさらに遅くなっていった。
Tちゃんが後ろに付いてカバーするので、私はラストに。
何とかガレ場は過ぎたものの、今度はずっと大きな水たまり状態で、避けられずにドボンと入ってしまうことも。
とにかく足元は酷い状態になっていた。
そのとき突然大きな雷鳴が!
「おいおい、ええ加減にしてくれよ〜〜!ここはまだヤバいぞ〜!!」
とにかく尾根は危ないのだ。
「次の、そこのピークを越えてしまうぞ〜〜! 頑張ってくれよ〜〜!!」
そこまで行けば隠れる場所もありそうだ。
W君は大丈夫だと拒んだが、リーダーは彼のザックを下ろさせると、自分の前に担いだ。
また光った!
山での雷は、上からピシャッ!とピンポイントで落ちるのではなく、山の斜面をヘビのように這っていく。
目の前の斜面を這う金色の稲妻を、何度か見たことがあった。
だんだん大きくなる雷鳴を、聞こえないふりをしながら・・必死に左右の足を出し続けるしかない。
今回雨具を新調したのはW君とTちゃん。
リーダーと私は、しっかり中まで水が浸みている状態になっていた。
先輩からもらったモンベルの雨具は、上下で5万円はする高級品。
ほとんど使っていないとのことだったが、何年も経っているのかもしれない。
死にもの狂いで飛ばして、何とか雷を避けられる場所までたどり着いた。
「よっしゃ〜。 ここで朝めしを食おう〜〜。」
「?ここで??」
雨をしのぐ場所はないが、クマザサの上に何とかザックは下ろせる。
「とにかく腹に入れとかなあかん。」
お弁当を取り出すためにザックカバーをめくると、またザーッと水が流れ出た。
包みを開くと、実に美味しそうなおにぎりと、おかずも何品か付いている。
でもまさか、こんなところで立ったまま食べる羽目になるとは・・・。
おにぎりにかぶりつく。
お弁当の上にも容赦なく雨が叩きつけるので、フタで覆いながらどんどん口に運ぶ。
それでもおかずが水びたしになってくる。
フタをして、斜めにして雨水を捨てようとすると・・・唐揚げがコロンと転げ落ちた!
「あ〜〜〜。」
「W、全部食えよ。」
W君は、「もう雨茶漬け状態や〜」と言いながら、やけくそになっていた。
TちゃんはW君のことが気になるのか、あまり箸が進んでいない。
「Tちゃんも全部食べてや〜。」 「はい。」
「水もしっかり飲んどけよ〜。」 「はーい!。」
みんな、笑えるほどやけくそになっていた。
泥水の中を進んだり、木の根で躓きそうになる道を下ったり、段差の大きな階段状の下りが続く。
W君の足取りは、さらに危うくなってきた。
リーダーは悩む。
ここから少し下ると、もう危険なところも迷うようなところも無さそうだ。
「Tちゃんとtakaoで先に下りるか?」
「・・・・・・」
「これ以上体を冷やさん方がええし、Wと2人やったら、時間はかかっても何とかなると思うし。女子2人にまで低体温症にでもなられたら、もうお手上げやし・・。」
・・・・どうする? ・・・・・・・どうしよう・・・・。
リーダーがそう判断するのなら、2人で先に下りてもいいのだが・・・。
「私は中まで濡れてないし・・・。」
Tちゃんは、やっぱりW君を置いて下りるのは嫌なようだ。
「私は濡れてるけど、冷たくないから大丈夫やと思う。ここまで下りてきたんやから・・・行けるでしょう〜。
このまま行こうよ〜。」
「よっしゃ、それでええな。 W、あと2ピッチや。行けるな?」
「うん。」
再び4人で動き始めたとき、空が少し明るくなってきた。
W君は登りになると復活するのだが、下りになると足が止まる。
そのつどTちゃんがサポートし、私はラストを歩いた。
やっと小降りになって、かすかに鳥の鳴き声が聞こえる。
何とか最後のたらたら道にさしかかる頃には、陽も少し射してきた。
雨具を脱いでザックに詰め込む。
下界に下りてきたことで気温も上がり、上着もすぐに乾いてくる。
それにしても・・あれだけ濡れたのに、冷たい思いをせずに済んだのは本当にありがたかった。
やはり、速乾性の肌着とウェアの威力はすごい!
体温を奪われると、急速に体力を奪われてしまうので・・・奮発して買って本当に助かった〜。
たらたら道とはいえ、うんざりするほど延々と続いたが・・・雨露をたっぷり含んだ草や花を眺めながら気持ちよく歩いた。
W君とTちゃんは手をつないでゆっくりゆっくり歩いている。
私とリーダーは2人を残して歩く。
「仲ええなぁ〜〜。Wは幸せな奴やのぉ〜〜。」
リーダーの奥さんは、山には全く興味が無いらしい。
でも、それもまた良しだろう。
山荘までたどり着いたとたん、W君はヘナヘナと崩れ落ちて歩けなくなった。
山荘の人は彼が足を痛めたと思ったようで、夕食の用意が一段落したら車で診療所まで連れて行ってあげると言ってくれたのだが・・。
どうやら様子を見ていると、足や膝は問題が無いように思えた。
「これは・・・疲れが全部腰に来たんと違うかなぁ・・・。」
とにかく明日の朝まで様子を見てみようということになる。
Tちゃんと私で両方から肩を貸して、ゆっくりゆっくり部屋に向かう。
「おまえ、ええなぁ〜・・。両手に花やんけ〜。」
「両手にオバサンですみません。」
Tちゃんがちょっといじわるく、「今夜はお酒は止めといた方がええんちゃう?」
難行のあげく、やっと下界まで下りてきたのだ。まさにビールで「お疲れ〜!」というところなのに・・。
「なんでやねん、そんなん関係ないよ〜。」
私は言った。
「たぶんね〜。今夜お酒を飲むなと言ったら、W君はもっと悪くなると思うわ。」
ここは麓の山荘なので、2部屋予約してあった。
何とか一部屋までW君を運び、女二人であれこれ気をもむ。
「移動は這って行くようにね。」
「トイレはどうする?一人で立てへんよね〜〜。」
「俺が後ろから支えるんかよぉ〜?」
「すまんなぁ〜。そやけど、昔酔ったSを俺が抱えておしっこさせてやったことがあるで〜。」
「まさか〜〜!」
「お風呂はどうする?」
「う・・ん、それやったら、家族風呂に二人で入れよ。」
「Tちゃん一人では危ないと思うよ。湯船の出入りは大へんやから・・。」
「そうか・・・。じゃあ俺が介護するか・・・!」
ということで、女性2人は隣りの部屋に。
何もかも放り出して、ああ〜〜〜〜〜〜!と寝っころがった。
はぁ〜〜〜〜。
動きたくない〜〜と言いながらも、てきぱきと荷物を片付けて、女風呂に直行した。
湯船に浸かる前に体を洗って、ドボーーン。
ああ〜〜〜しあわせ・・・・。
夕食はビールで乾杯した。
「とにかく、この時期にしてこの天気。とんでもないことやったけど、忘れられんやろなぁ・・。」
「お疲れさまでした〜〜〜。」
山荘のマスターの美味しい料理に感激しつつも、現実に引き戻される。
「夜中のトイレなんかで、Sさんに迷惑をかけるの悪いですね〜。」とTちゃん。
「んん?何? おまえら夫婦で泊まりたいんか??」
「いえ、別に・・・そういうことではないんですけど・・・。 でもSさんに悪いなと思って・・・。」
「別に、俺はええけどな・・。でもそうなると・・・俺とtakaoで泊まることになるぞ。」
「奥さんには内緒にしといたるわ。」
「じゃあ俺とtakaoで、めくるめく夜を過ごしてもええんか??」
「!!!!!!」
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今回泊まってみて初めて気づいたのだが、標高の高い場所にある山小屋は初めてかもしれない。
若かりし頃はずっとテント泊だった。
よくあんなに重いザックを背負って歩いていたものだと思う。
夏の縦走の場合、男子は体重の半分の重さまでは大丈夫と言われていたので、平均30キロくらいの荷物にな っていた。
女子は身体への負担を配慮して20キロまで。
それでも、今思えばとんでもない重さだ。
さて、五竜岳までの午後、
晴天ならあのピークを越えて、あのあたりに山小屋があるはずと推測できるのだが、濃い霧の中では何も見え ない。
ピッチと時間を考えると大体の予測はつくが、「まだまだ・・・。まだまだ・・・。」と言い聞かせながら歩いた。
もうすぐかなという期待は、なるべくしない方が賢明だ。
靴の中まで濡れてきたなと感じる頃、山荘の屋根が薄らと見えたときには心底ホッとしたのだが・・・。
安堵を隠しながら、小さく「ヤッター」。
木の扉を開けて中に入ると、土間は広く、何とストーブが炊かれていた。
とりあえず濡れた雨具だけを脱ぐ。
リーダーが宿泊申し込み書に住所氏名を書き、残りの者はその下に名前を書くだけ。
そして、その場で宿泊費を払う。
個室のある山小屋は予約が必要だが、今回泊まった2ヶ所は雑魚寝のスペースしかないので、予約の必要も ない。
部屋名と食事の時間だけが告げられた。
泥だらけの山靴を脱ぎ、湿った靴下も脱いでビニール袋に入れ、
ずっしりと重く感じるザックを背負って、木の廊下をとことこ歩く。
ふくらはぎの筋肉や、解放された足の指がみしみし痛んだ。
カレーのいい匂いが食堂と思われる部屋から漂ってくる。
部屋といっても、廊下の両側がズラーッと2段の棚になっていて、柱とカーテンで仕切られるだけというもの。
すでに先客がところどころでくつろいでおられた。
布団を敷き、横になっている人もいる。
「石楠花」の札のかかった一区画は下段だった。
端っこに布団がどーんと積み上げられている。
すでに2組の先客があった。
奥の2人は布団を被ってお休みのよう。
「こんにちは〜」と小声で挨拶。
壁には説明書が貼ってある。
「〜8人まで」「9〜12人まで」「13人以上」??
ほぉ・・・・。すごいなぁ〜〜〜。なるほど〜〜。
どちらを頭にして、どのように寝るのかが簡単な図で示されていた。
今日は12人までの寝方ということで、自分たちのスペースを確認する。
4人分としてあてがわれたスペースに、敷布団は3枚しか敷けない。
が、とりあえず3枚を敷いて、掛布団4枚と枕4つをしっかりと確保して・・・。
それから・・・ああ〜〜〜・・・。
それぞれに足を投げ出し、重なるように寝っころがった。
これでも今夜は恵まれているわけで、3枚の敷布団に8人寝ることもあるのだ。
山小屋は、予約もキャンセルも無く、宿泊を拒まれることもないのだから当然だけど。
自分たちのねぐらを確保したところで、濡れた雨具と衣類を乾燥室に掛けに行った。
晴天だったら、一日歩いたあとでは山小屋の500円もするビールでも絶対買いそうな男2人だが、
身体が冷えているのかそういう気分でもないようで、リーダーが飲料水を1本買っただけ。
ねぐらに戻って、リーダーがザックから取り出したのはウィスキー!
「温ったまろか・・・」。
カップにほんのちょっと入れてもらって水割りにして飲むと、ポッと胃から温まった。
「お疲れ〜〜。」
非常用には手を付けないが、あられとナッツを出してきてつまむ。
ザックから夜の必需品を取り出しておく。
9時に消灯すると、それ以降はトイレに行くにも灯りが必要だ。
昔持っていたヘッドランプは、単2電池を2個入れたもので、懐中電灯が頭にくっついたようなもので、結構大きかったのだが、今のものは卵焼き1切れ分くらいの大きさしかない。
小さな2つの電球はLEDでとにかく明るく、点滅にも切り替えられる。
しばらく離れていた間に、山の道具や衣類までがすっかり進化していた。
なるべく出費を抑えて準備した。
山靴は22年前に買ったもの。当時アルバイトで貯めたお金で、思い切って手に入れたイタリア製だが、
管理状態が良く、全く問題ないと言われた。
ザックもズボンも前から持っていたもの。
雨具は、先輩女性からいただいたゴアテックの高級品。
今回は衣類のみにお金を使った。
Tシャツのようなものでも、速乾性の生地がいいということで、木綿のものとは0がひとつ違うのだが・・。
汗や雨で濡れても全く冷たくなく、すぐに乾いていく。
それがいかに大事かは、今回嫌というほど思い知らされた。
そうこうしているうちにも、山小屋の中はどんどん賑やかになっていった。
夕食は時間差で、アルバイトと思われる女の子が呼びに来てくれる。
この山小屋の夕食はカレーと決まっているそうなのだが、びっくりするほど抜群に美味しかった!!
中辛くらいだが、とにかくコクがある。
信州のカレーは牛かな、豚かな??と思ったが・・・・。
???えっ?
しっかり煮込まれているのでほろほろになっているが、チキンだけでもないような・・。
私たちがあーだこーだと話していると、横の若い人たちが「豚も入ってますよ〜〜。」
具だくさんの味噌汁が、鍋ごとどーんと置かれていて、これがまたとにかく美味しかった。
隣りの人たちにもついであげていると、若い男性のグループはあっという間にお代りに並びに行く。
早っ!!
うちの男性2名のうち1人は小食なのだが、山に入ってからはよく食べている。
彼らがお代りに立ち、最初が大盛りだったにもかかわらず、私も半分だけお代りをした。
とにかく山ではご飯が美味しい。
日帰り山行の時にも、1合分のお握りをペロッと平らげていたが、お米が美味しくて、普段の2倍ではきかない量を、軽く食べてしまうのだ。
今回のメンバーは、リーダーとW君と、W君の奥さんと私の4人。
奥さんのTちゃんは山に登ってきた人で、私たちより5歳若い。
晴れ男のリーダーは、明日の午前中は雨は上がると予想していた。
彼の念力が届くのか・・・?
なるべく早く行動しようと、明日の朝食はお弁当に変えてもらった。
ねぐらに戻ると、「石楠花」は9人になっていた。
60歳近いかなと思われるご夫婦は、すでに横になっておられる。
先ほどのカレーも奥さんは残しておられたし、疲れが出ているのかも。
布団の上に座って、小声で喋りながらリーダーが取りだしたのは日本酒!
山小屋泊まりなので荷物が少なく、小さめのザックにしたのだが、
これじゃぁ北アルプスに礼儀を尽くせないと思って、大きいザックにしたそうな。
あんまりスカスカなので、ウィスキーと日本酒を突っ込んできた!?
かくして、単独行の同年代の山男を交えて、ウィスキーと日本酒でちびちびと・・。
山小屋の夜を楽しんだ。
水道の蛇口から出てくるのは雨水をろ過したもので、手や顔を洗うためのもの。
飲料水は500mlが300円。調理用の水は500ml100円。
歯磨き粉は使ってはいけないし、持ち込んだゴミは全て持ち帰るのが当たり前。
山小屋にも捨てられない。
北アルプスを歩いていて、ゴミを見つけたことがあるだろうか・・・。
たばこの吸い殻さえ見たことが無いような・・・。
富士山って、なんでゴミだらけになるんだろう・・??
9時前には真面目に布団に入り、なかなか寝付けない中、いびきの三重奏?4重奏?に見舞われながら・・・、
夜は更けて行った。
どーんというわけのわからない音に飛び上がったりもした。
上段に上がる梯子から、誰かが落ちたのかもしれない・・。
朝かと思って目覚めると、12時半??
えーーっ時計が壊れた〜と思ったのだが、まだ12時半なのだ。
ヘッドランプを付けて恐々トイレに行き、戻って山小屋の入り口まで出てみた。
雨の音は聞こえない。
シーンと静まり返った土間に下りて、木の扉を開けてみると・・・。
霧は晴れていた。
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1年と1か月もサボってしまった!ブログの更新。
すでにその前から、月に1つか2カ月に1つしか更新しないという情けない状態ではあったのだが、
何となくズルズルと書けなくなってしまった。
父を見送って、頻繁に実家に帰ることもなくなったわけだから、
別にすごく忙しくなったというわけでもないのに・・。
はっきりしていることは、習慣を作るのはとても大変なのに、壊すのは実に簡単だということ・・。
ただ、夜にブログに費やす時間と同じくらい、毎晩のように長電話やメールでの相談事が増えて、
それで手一杯になってしまっていたことも確かだけれど・・・。
復帰の記事は、それにふさわしく山への復帰を書くことにした。
実に安直な発想だが・・・山はなかなか・・・安直ではなかった。
計算してみると、17年か18年ぶりの北アルプス。
高校の時から一緒に山に登っていた仲間の一人から、再び山行を始めないかという誘いがあった。
誘ってくれた彼は、高校の山岳部の顧問もしていて、ずっと山を歩いてきた人だ。
わけあって、早期に退職して家に籠っている山仲間を外にひっぱり出したいという。
4月から、かつて散々歩いた六甲山系や比良山系、湖南アルプスや京都の北山などに出向いた。
少しずつ勘も戻り、筋肉痛もほとんど出なくなってきたところで、
夏にはぜひ北アルプスに行きたいねと言う話になった。
すでに中高年の仲間入りをしかけているわけだが、久しぶりであることを考慮して、
中高年にバカにされるくらいゆとりを持ったスケジュールを組んだのだが・・・。
やはり北アルプスは手強かった。
今回は、白馬八方に入り一泊。八方尾根、唐松岳から五竜岳で一泊。
鹿島槍からキレット小屋で一泊。爺ヶ岳から種池山荘に降りるという計画だった。
山の天候が最も安定すると言われている時期を選んだのだが・・・。
それも古い認識になってしまったのかもしれない。
日本列島を縦断する帯のような前線が、上がったり下がったりしながらも、とにかくしぶとく居座っていた。
山に入る直前には島根や山口で大きな被害が出ていたし、
山に入る日には石川、富山、長野の北部にも大雨洪水警報が・・・。
母には山とは言わず、ただ旅行に行くと言っておけば良かったと、何度も後悔させられた。
父がいた頃は、父がなだめてくれていたのだ・・。
山に行く前にも何度も電話があり、山に入った最初の夜はまだ携帯が通じたので、連絡が・・。
中央アルプスで韓国のツアー客が行方不明になっていたし・・。
「別に山に登らんでも、ずっと温泉に居たらいいんやから・・。」
・・・・・まあまあ・・・・。
これまでそんなに心配性の母ではなかったはずなのに、父がいなくなるとこうも変わるものか・・。
とにかく、予想をはるかに越えた心配ぶりには参った。
2日目は、小雨と霧の中を唐松岳まで歩く。
霧で何も見えず、高度感がわからないのが、かえって良かったのかもしれないが。
だんだん激しくなる雨の中を、なんとか五竜岳の裾の山荘に到着した。
五竜の山小屋は登山客が多かったが、そのほとんどは私たちよりずっと年上に見えた。
その中にほんの少しだけ女性だけのグループが混じっていた。
夜、外を見ると霧で何も見えず、激しい雨音を聞きながら、みんなひそひそと・・・。
雨が降り続いていたら、明日はどうしようかという相談だ。
雨だと岩場はとにかく危険だが、どのルートを選んでもある程度の岩場はある。
その上、鹿島槍付近で、数日前に転落死があったとかでビビらされた。
山小屋の調理場でコーヒーを沸かしていると、若い女の子の2人組が私たちに聞いてくる。
雨の場合、どのルートが一番マシだろうかと・・。
うちのリーダーは彼女たちの登山歴を詳しく聞いて、
不帰(かえらず)のキレットは止めて、鹿島槍の方がマシだと思うと伝える。
もし大雨だったら遠見尾根からアルプス平に降りた方がいいと・・・。
私たちもそうするつもりだった。
雨の中の岩場はスリップしやすい。
危険な場所には一応クサリなどが取り付けられているが、片側が深く切れ込んだ断崖絶壁はとにかく怖い。
どれだけ急でも、尾根でも両側が切れ落ちていないと、ズリッと滑っても何とか止まるのだが・・。
日本一の高度の富士山に、登山家でなくても登れるのは、そういうルートが何本かあるからだと思う。
でも、急斜面のトラバース(斜面を横切っていく)はとにかく怖くて苦手だ。
それは、放り出され感の怖さ。
いったん足を踏み外したら、さよなら〜〜〜〜だ。
クサリに頼るのも怖いし、クサリを握ったとしても、足を踏み外したときに体重を支えられるはずもない。
よほどの時にはザイルを使うしかないだろうが・・。
恐怖心に捉われず、必ず3点確保しながらじっくり進めばいいわけだが・・・。
そんな緊張が長く続くところは、雨の中では無理がある。
ラジオの予報では雨が続きそうだが・・。
超晴れ男のリーダーは、何となかると言う。
何とか明日は雨が上がりますように・・・。
そう祈りながら、山小屋の雑魚寝の布団にもぐりこむしかなかった。
高度2850M付近の、 明日の気温は最低5℃。最高12℃の予報。
おお〜〜〜。
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まだ梅雨は明けていない、 薄曇りの休日。
ふと立ち寄った小さな神社で、思わず足を止めた。
えっ?
ちょっと思いがけない光景。
今日は大安なのかなぁ・・。
それにしても、この神社で花嫁さんを見かけたのは初めてのこと。
これは角隠しではなく、綿帽子と言うんだっけ??
何となく自然にカバンからデジカメを取り出していた。
でも写真はやっぱりマズイかなぁ・・・。
しばらく躊躇していたら、横で扇子で一生懸命煽いでいる花婿さんがこちらを見た。
・・・・・・。
声をかけるには少々遠い。
・・・・・・。
私は、カメラを構える振りをしながら、「いいでしょうか?」という仕草をしてみた。
なかなかイケメンの花婿さんは、ニコッと笑いながら指で丸を作って見せた。
近づいてアップにして撮るつもりはなかったので、
簡単デジカメで出来る望遠にして、数枚写した。
ちょっとだけ近づいて、「おめでとうございます〜〜。」
「ありがとうございます〜〜!」と、花婿さんの嬉しそうな声。
花嫁さんもこちらを向いてニコッとして下さった。
こちらこそ、本当にありがとうございます〜〜。
ネジを巻く気にもなれず、ずっとダラダラ過ごしていた。
今は特別忙しいわけでもないのに、なんだかやる気が出ない。
録画しておいたドキュメンタリーやドラマがたくさん貯まっていたのを、
時々延々と見てしまったり・・・。
父のこともあって、見る暇が無かったのは確かだが、
『それでも生きてゆく』を朝まで見てしまうこともないだろうに・・・。
そのあと出向いた会合では、退屈してきた数人の子どもたちと、部屋を抜け出して遊んだ。
しばらく遊んだらまたお母さんのところに戻り、
すぐに退屈して私を誘い出す。
私もゆっくり聞きたいんやけどなぁ・・。
でも仕方ない。
エレベーターで屋上に上がったりして、元気に駆け回った。
疲れるのを待っているうちに、こちらの方がクタクタに。
一番やんちゃだった男の子のおかあさんは、高校の教師でもあり詩人でもあった。
最後に彼女が自身の詩をひとつ朗読された。
聞けて良かった・・・。
やわらかな者たちへ
きみのやわらかなほほに
きみのやわらかな鼻腔に
吸い込まれる光の粒子は
きみのやわらかなてのひらに
きみのやわらかなあしのうらに
触れる砂は
いのちをはぐくむものか
いのちに傷をあたえるものか
きみたちの幼い時空によぎった放射能の雲を
どうしたらよけることができる?
無自覚だったわたしたちの失敗に
いまさら立ち上がったとしても
まにあわない まにあわない まにあわない
それでも運命にさからい
きみたちを守りたい
はじまったばかりの君たちのいのち
そのほほに吹く風から
君たちを守れない
バイバ〜〜イ!!と元気よく別れての帰り道、 お囃子の音が聞こえてきた。
間もなく祇園祭り。
そして梅雨が明ける。
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救急車には何度か同乗したことがある。
車両の足元に簡単な座席があって、ちょっとした手荷物を抱えてあたふたと乗り込み、座るだけ。
救急隊員が患者の脈や呼吸や意識を確認しながら、いろんな質問を付き添い人に尋ねてくる。
それにドキドキしながら、必死で答える。
今回初めて乗った車は、何と名付ければいいのか・・。
「寝台車」といえば列車になってしまうし。
(いや、寝台車はもうな無くなったんだっけ)
運搬車というのも愛想がないが、 ストレッチャー運搬車と言えばいいいのか・・。
添乗者の座席は、救急車と違ってストレッチャーの真横にあった。
「どうぞ・・」という丁寧な言葉に、「はい」と言いつつそっと乗り込む。
車が走り始め、最初はなだらかな道だったが、途中で少しバウンドした。
軽いバウンドだったのに、ストレッチャーの上の人型がゴロンゴロンという動きをした。
アッ!?と思って、思わす両手で被さるように押える。
エッ??
そのあともずっと、揺れるたびに両手で押さえていた。
そうなんや・・。
人は寝ているとき、それが救急車に乗らねばならないような重篤な病人であっても、
均等に体重をかけて寝ている?
そうか・・・。
無意識のうちにも、ちゃんとバランスを取って寝台に乗ってるんや・・。
決してこんな揺れ方はしない。
父の重心は、今一体どうなってるんだろう。
チャックの付いたシルバーグレイの不織布のケースに納まった父の体は、
ずっと、ごろんごろんと丸太のように揺れていた。
斎場となるホールの中の、こじんまりとした和室に寝かせてもらった父。
枕元の祭壇には、宗派に合わせていくつかのものが飾られれている。
15分ほどで燃え尽きる線香は、その火を絶やさないように次々と新しいものに変えていかねばならないとか。
その葬儀社に連絡したのは、父が4年ほど前に会員になり、会費を納めていたからで、
そのことを、私は半年ほど前に父から聞いていた。
姉と義兄と3人で、葬儀一切の打ち合わせ。
父は、最もシンプルな家族葬を望んでいたということで、私は花を飾るレイアウトだけに口を出した。
それよりも、父の顔の浮腫みが気になっていた。
腎臓の機能も心臓の機能も弱っていたからかもしれない。
手もぷくぷくで、うまく胸元で組めないほど。
ずっと手をさすった。
頬を何度も何度も撫でた。
リンパの流れに沿って?
いや、もう流れてはないよね・・。
でも、何とかいつもの父の顔に戻したい。
こんなに不細工では可哀想・・。
「この浮腫みは取れるでしょうか・・。」
葬儀社の優しい担当の女性は、「きっとかなりマシになると思いますよ・・。」
・・・・・・
「ああでも、残る方もおられますけど・・。」
・・・・・・
最後なんだから、せめて普段の父の顔に戻ってほしい。
無駄かとは思いつつ、ずっと頬を撫でていた。
そう目の周りも、あごも・・・。
線香を忙しく取り替えながら・・・。
喘息を持つ身としては、この線香の煙の中にずっといるのはちょっと・・。
今は、いくら咳き込んでもいいが、マスクを用意しないと・・。
夕方には弟も着きそうだし、母も車で迎えに行かないと・・。
それまでに男前に戻るのは、どうやら無理なようだ。
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