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下山の日。
小降りになるのを待っているわけにもいかず、完全防備で山小屋を出た。
「おっしゃぁ〜〜!いこか〜〜〜!!」
足元の悪いガレ場は最初の方にあった。
その後も前半は悪路なので、足が疲れてくる前に何とか通過したい。
登りの方がしんどいと思われがちだが、息が上がるだけで、体への負担は案外少ない。
延々と下りが続く方が、足腰への負担は比べものにならないくらい大きいのだ。
雨具やザックに当たる雨音が、バラバラバラ〜!!っと時おり猛烈に大きくなる。
膝を柔らかく使いながら、滑らないように慎重に足を運ぶ。
すぐにキレ落ちたクサリ場が始まった。
どう進めばいいのか・・足がすくむ。
「takaoは俺の次に入れ。Wはラストな。」
トップを歩くリーダーの足運びをそのまま真似できるので、2番手は一番楽だ。
普通の山道でも岩場でも、一番弱い者をセカンドに置く。
滑り止め付きの手袋もずくずくだが、クサリも利用しつつ必死についていく。
足の置き方や体重のかけ方もだんだん慣れてきた。
というか、昔の感覚が甦ってきた。
しかし・・・さらに雨足が強くなっていて、足元は川のようになってきた。
「沢歩きに来たみたいやなぁ〜。」
「ほんと・・・。」
「ほら、すごいぞ〜〜!滝や!」
リーダーが指さす方を見ると、向かいの斜面に見事な滝が・・!
水が落ちた先にはいく筋かの川ができていた。
1ピッチ歩いたが、ガレ場は続いている。
上等なゴアテックの雨具のはずなのに、すでに中まで水が浸みてきている。
「ここまで降らんでもええのになぁ〜。」
雨具のフードには少しひさしが付いてはいるが、雨が目に入って痛い。
でもとにかく我慢して距離を稼ぐしかない。
私の後ろが続かなくなってきた。
Tちゃんではなく、どうやらW君が遅れ気味になっているようだ。
2ピッチ歩いたところで、「ちょっと休もかぁ〜。・・・休む言うても立ってるだけやけど・・。」
ザックを下ろす場所も無い。
リーダーはザックカバーの横から手を入れて、潰れかけたアーモンドチョコの箱を取り出した。
「2個ずつ食って、水も飲んどけよ〜。」
気温が低いので喉は全く乾かないが、とにかく雨に濡れたチョコを口に放り込む。
チョコを食べたら水を飲みたくなった。
ザックを下ろすこともできないので、肩から片方だけ外して水筒を出そうとすると・・・、ザックカバーの下が膨らんでいる!少しめくるとザーッと水が流れ出した。
水抜きの穴も用を為していないし、そもそもザックカバーの意味が無い??
立ち止まっていると、雨の打撃が余計にこたえてくる。
「W、2番に入れ。Tちゃんがラストな。 ほな、もう1ピッチ行こか〜・・・。そのあとは楽な道や・・。」
W君がセカンドに入ったが、明らかにピッチは落ち、足に来ているのか、かなり辛そうだ。
Tちゃんが自分のポール(ストックのようなもの)を貸したが、W君は使ったことが無いのでそれでカバーすることもできない様子。
W君の足取りはさらに遅くなっていった。
Tちゃんが後ろに付いてカバーするので、私はラストに。
何とかガレ場は過ぎたものの、今度はずっと大きな水たまり状態で、避けられずにドボンと入ってしまうことも。
とにかく足元は酷い状態になっていた。
そのとき突然大きな雷鳴が!
「おいおい、ええ加減にしてくれよ〜〜!ここはまだヤバいぞ〜!!」
とにかく尾根は危ないのだ。
「次の、そこのピークを越えてしまうぞ〜〜! 頑張ってくれよ〜〜!!」
そこまで行けば隠れる場所もありそうだ。
W君は大丈夫だと拒んだが、リーダーは彼のザックを下ろさせると、自分の前に担いだ。
また光った!
山での雷は、上からピシャッ!とピンポイントで落ちるのではなく、山の斜面をヘビのように這っていく。
目の前の斜面を這う金色の稲妻を、何度か見たことがあった。
だんだん大きくなる雷鳴を、聞こえないふりをしながら・・必死に左右の足を出し続けるしかない。
今回雨具を新調したのはW君とTちゃん。
リーダーと私は、しっかり中まで水が浸みている状態になっていた。
先輩からもらったモンベルの雨具は、上下で5万円はする高級品。
ほとんど使っていないとのことだったが、何年も経っているのかもしれない。
死にもの狂いで飛ばして、何とか雷を避けられる場所までたどり着いた。
「よっしゃ〜。 ここで朝めしを食おう〜〜。」
「?ここで??」
雨をしのぐ場所はないが、クマザサの上に何とかザックは下ろせる。
「とにかく腹に入れとかなあかん。」
お弁当を取り出すためにザックカバーをめくると、またザーッと水が流れ出た。
包みを開くと、実に美味しそうなおにぎりと、おかずも何品か付いている。
でもまさか、こんなところで立ったまま食べる羽目になるとは・・・。
おにぎりにかぶりつく。
お弁当の上にも容赦なく雨が叩きつけるので、フタで覆いながらどんどん口に運ぶ。
それでもおかずが水びたしになってくる。
フタをして、斜めにして雨水を捨てようとすると・・・唐揚げがコロンと転げ落ちた!
「あ〜〜〜。」
「W、全部食えよ。」
W君は、「もう雨茶漬け状態や〜」と言いながら、やけくそになっていた。
TちゃんはW君のことが気になるのか、あまり箸が進んでいない。
「Tちゃんも全部食べてや〜。」 「はい。」
「水もしっかり飲んどけよ〜。」 「はーい!。」
みんな、笑えるほどやけくそになっていた。
泥水の中を進んだり、木の根で躓きそうになる道を下ったり、段差の大きな階段状の下りが続く。
W君の足取りは、さらに危うくなってきた。
リーダーは悩む。
ここから少し下ると、もう危険なところも迷うようなところも無さそうだ。
「Tちゃんとtakaoで先に下りるか?」
「・・・・・・」
「これ以上体を冷やさん方がええし、Wと2人やったら、時間はかかっても何とかなると思うし。女子2人にまで低体温症にでもなられたら、もうお手上げやし・・。」
・・・・どうする? ・・・・・・・どうしよう・・・・。
リーダーがそう判断するのなら、2人で先に下りてもいいのだが・・・。
「私は中まで濡れてないし・・・。」
Tちゃんは、やっぱりW君を置いて下りるのは嫌なようだ。
「私は濡れてるけど、冷たくないから大丈夫やと思う。ここまで下りてきたんやから・・・行けるでしょう〜。
このまま行こうよ〜。」
「よっしゃ、それでええな。 W、あと2ピッチや。行けるな?」
「うん。」
再び4人で動き始めたとき、空が少し明るくなってきた。
W君は登りになると復活するのだが、下りになると足が止まる。
そのつどTちゃんがサポートし、私はラストを歩いた。
やっと小降りになって、かすかに鳥の鳴き声が聞こえる。
何とか最後のたらたら道にさしかかる頃には、陽も少し射してきた。
雨具を脱いでザックに詰め込む。
下界に下りてきたことで気温も上がり、上着もすぐに乾いてくる。
それにしても・・あれだけ濡れたのに、冷たい思いをせずに済んだのは本当にありがたかった。
やはり、速乾性の肌着とウェアの威力はすごい!
体温を奪われると、急速に体力を奪われてしまうので・・・奮発して買って本当に助かった〜。
たらたら道とはいえ、うんざりするほど延々と続いたが・・・雨露をたっぷり含んだ草や花を眺めながら気持ちよく歩いた。
W君とTちゃんは手をつないでゆっくりゆっくり歩いている。
私とリーダーは2人を残して歩く。
「仲ええなぁ〜〜。Wは幸せな奴やのぉ〜〜。」
リーダーの奥さんは、山には全く興味が無いらしい。
でも、それもまた良しだろう。
山荘までたどり着いたとたん、W君はヘナヘナと崩れ落ちて歩けなくなった。
山荘の人は彼が足を痛めたと思ったようで、夕食の用意が一段落したら車で診療所まで連れて行ってあげると言ってくれたのだが・・。
どうやら様子を見ていると、足や膝は問題が無いように思えた。
「これは・・・疲れが全部腰に来たんと違うかなぁ・・・。」
とにかく明日の朝まで様子を見てみようということになる。
Tちゃんと私で両方から肩を貸して、ゆっくりゆっくり部屋に向かう。
「おまえ、ええなぁ〜・・。両手に花やんけ〜。」
「両手にオバサンですみません。」
Tちゃんがちょっといじわるく、「今夜はお酒は止めといた方がええんちゃう?」
難行のあげく、やっと下界まで下りてきたのだ。まさにビールで「お疲れ〜!」というところなのに・・。
「なんでやねん、そんなん関係ないよ〜。」
私は言った。
「たぶんね〜。今夜お酒を飲むなと言ったら、W君はもっと悪くなると思うわ。」
ここは麓の山荘なので、2部屋予約してあった。
何とか一部屋までW君を運び、女二人であれこれ気をもむ。
「移動は這って行くようにね。」
「トイレはどうする?一人で立てへんよね〜〜。」
「俺が後ろから支えるんかよぉ〜?」
「すまんなぁ〜。そやけど、昔酔ったSを俺が抱えておしっこさせてやったことがあるで〜。」
「まさか〜〜!」
「お風呂はどうする?」
「う・・ん、それやったら、家族風呂に二人で入れよ。」
「Tちゃん一人では危ないと思うよ。湯船の出入りは大へんやから・・。」
「そうか・・・。じゃあ俺が介護するか・・・!」
ということで、女性2人は隣りの部屋に。
何もかも放り出して、ああ〜〜〜〜〜〜!と寝っころがった。
はぁ〜〜〜〜。
動きたくない〜〜と言いながらも、てきぱきと荷物を片付けて、女風呂に直行した。
湯船に浸かる前に体を洗って、ドボーーン。
ああ〜〜〜しあわせ・・・・。
夕食はビールで乾杯した。
「とにかく、この時期にしてこの天気。とんでもないことやったけど、忘れられんやろなぁ・・。」
「お疲れさまでした〜〜〜。」
山荘のマスターの美味しい料理に感激しつつも、現実に引き戻される。
「夜中のトイレなんかで、Sさんに迷惑をかけるの悪いですね〜。」とTちゃん。
「んん?何? おまえら夫婦で泊まりたいんか??」
「いえ、別に・・・そういうことではないんですけど・・・。 でもSさんに悪いなと思って・・・。」
「別に、俺はええけどな・・。でもそうなると・・・俺とtakaoで泊まることになるぞ。」
「奥さんには内緒にしといたるわ。」
「じゃあ俺とtakaoで、めくるめく夜を過ごしてもええんか??」
「!!!!!!」
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ひととき
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大切な「ひととき」を綴ります。
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今回泊まってみて初めて気づいたのだが、標高の高い場所にある山小屋は初めてかもしれない。
若かりし頃はずっとテント泊だった。
よくあんなに重いザックを背負って歩いていたものだと思う。
夏の縦走の場合、男子は体重の半分の重さまでは大丈夫と言われていたので、平均30キロくらいの荷物にな っていた。
女子は身体への負担を配慮して20キロまで。
それでも、今思えばとんでもない重さだ。
さて、五竜岳までの午後、
晴天ならあのピークを越えて、あのあたりに山小屋があるはずと推測できるのだが、濃い霧の中では何も見え ない。
ピッチと時間を考えると大体の予測はつくが、「まだまだ・・・。まだまだ・・・。」と言い聞かせながら歩いた。
もうすぐかなという期待は、なるべくしない方が賢明だ。
靴の中まで濡れてきたなと感じる頃、山荘の屋根が薄らと見えたときには心底ホッとしたのだが・・・。
安堵を隠しながら、小さく「ヤッター」。
木の扉を開けて中に入ると、土間は広く、何とストーブが炊かれていた。
とりあえず濡れた雨具だけを脱ぐ。
リーダーが宿泊申し込み書に住所氏名を書き、残りの者はその下に名前を書くだけ。
そして、その場で宿泊費を払う。
個室のある山小屋は予約が必要だが、今回泊まった2ヶ所は雑魚寝のスペースしかないので、予約の必要も ない。
部屋名と食事の時間だけが告げられた。
泥だらけの山靴を脱ぎ、湿った靴下も脱いでビニール袋に入れ、
ずっしりと重く感じるザックを背負って、木の廊下をとことこ歩く。
ふくらはぎの筋肉や、解放された足の指がみしみし痛んだ。
カレーのいい匂いが食堂と思われる部屋から漂ってくる。
部屋といっても、廊下の両側がズラーッと2段の棚になっていて、柱とカーテンで仕切られるだけというもの。
すでに先客がところどころでくつろいでおられた。
布団を敷き、横になっている人もいる。
「石楠花」の札のかかった一区画は下段だった。
端っこに布団がどーんと積み上げられている。
すでに2組の先客があった。
奥の2人は布団を被ってお休みのよう。
「こんにちは〜」と小声で挨拶。
壁には説明書が貼ってある。
「〜8人まで」「9〜12人まで」「13人以上」??
ほぉ・・・・。すごいなぁ〜〜〜。なるほど〜〜。
どちらを頭にして、どのように寝るのかが簡単な図で示されていた。
今日は12人までの寝方ということで、自分たちのスペースを確認する。
4人分としてあてがわれたスペースに、敷布団は3枚しか敷けない。
が、とりあえず3枚を敷いて、掛布団4枚と枕4つをしっかりと確保して・・・。
それから・・・ああ〜〜〜・・・。
それぞれに足を投げ出し、重なるように寝っころがった。
これでも今夜は恵まれているわけで、3枚の敷布団に8人寝ることもあるのだ。
山小屋は、予約もキャンセルも無く、宿泊を拒まれることもないのだから当然だけど。
自分たちのねぐらを確保したところで、濡れた雨具と衣類を乾燥室に掛けに行った。
晴天だったら、一日歩いたあとでは山小屋の500円もするビールでも絶対買いそうな男2人だが、
身体が冷えているのかそういう気分でもないようで、リーダーが飲料水を1本買っただけ。
ねぐらに戻って、リーダーがザックから取り出したのはウィスキー!
「温ったまろか・・・」。
カップにほんのちょっと入れてもらって水割りにして飲むと、ポッと胃から温まった。
「お疲れ〜〜。」
非常用には手を付けないが、あられとナッツを出してきてつまむ。
ザックから夜の必需品を取り出しておく。
9時に消灯すると、それ以降はトイレに行くにも灯りが必要だ。
昔持っていたヘッドランプは、単2電池を2個入れたもので、懐中電灯が頭にくっついたようなもので、結構大きかったのだが、今のものは卵焼き1切れ分くらいの大きさしかない。
小さな2つの電球はLEDでとにかく明るく、点滅にも切り替えられる。
しばらく離れていた間に、山の道具や衣類までがすっかり進化していた。
なるべく出費を抑えて準備した。
山靴は22年前に買ったもの。当時アルバイトで貯めたお金で、思い切って手に入れたイタリア製だが、
管理状態が良く、全く問題ないと言われた。
ザックもズボンも前から持っていたもの。
雨具は、先輩女性からいただいたゴアテックの高級品。
今回は衣類のみにお金を使った。
Tシャツのようなものでも、速乾性の生地がいいということで、木綿のものとは0がひとつ違うのだが・・。
汗や雨で濡れても全く冷たくなく、すぐに乾いていく。
それがいかに大事かは、今回嫌というほど思い知らされた。
そうこうしているうちにも、山小屋の中はどんどん賑やかになっていった。
夕食は時間差で、アルバイトと思われる女の子が呼びに来てくれる。
この山小屋の夕食はカレーと決まっているそうなのだが、びっくりするほど抜群に美味しかった!!
中辛くらいだが、とにかくコクがある。
信州のカレーは牛かな、豚かな??と思ったが・・・・。
???えっ?
しっかり煮込まれているのでほろほろになっているが、チキンだけでもないような・・。
私たちがあーだこーだと話していると、横の若い人たちが「豚も入ってますよ〜〜。」
具だくさんの味噌汁が、鍋ごとどーんと置かれていて、これがまたとにかく美味しかった。
隣りの人たちにもついであげていると、若い男性のグループはあっという間にお代りに並びに行く。
早っ!!
うちの男性2名のうち1人は小食なのだが、山に入ってからはよく食べている。
彼らがお代りに立ち、最初が大盛りだったにもかかわらず、私も半分だけお代りをした。
とにかく山ではご飯が美味しい。
日帰り山行の時にも、1合分のお握りをペロッと平らげていたが、お米が美味しくて、普段の2倍ではきかない量を、軽く食べてしまうのだ。
今回のメンバーは、リーダーとW君と、W君の奥さんと私の4人。
奥さんのTちゃんは山に登ってきた人で、私たちより5歳若い。
晴れ男のリーダーは、明日の午前中は雨は上がると予想していた。
彼の念力が届くのか・・・?
なるべく早く行動しようと、明日の朝食はお弁当に変えてもらった。
ねぐらに戻ると、「石楠花」は9人になっていた。
60歳近いかなと思われるご夫婦は、すでに横になっておられる。
先ほどのカレーも奥さんは残しておられたし、疲れが出ているのかも。
布団の上に座って、小声で喋りながらリーダーが取りだしたのは日本酒!
山小屋泊まりなので荷物が少なく、小さめのザックにしたのだが、
これじゃぁ北アルプスに礼儀を尽くせないと思って、大きいザックにしたそうな。
あんまりスカスカなので、ウィスキーと日本酒を突っ込んできた!?
かくして、単独行の同年代の山男を交えて、ウィスキーと日本酒でちびちびと・・。
山小屋の夜を楽しんだ。
水道の蛇口から出てくるのは雨水をろ過したもので、手や顔を洗うためのもの。
飲料水は500mlが300円。調理用の水は500ml100円。
歯磨き粉は使ってはいけないし、持ち込んだゴミは全て持ち帰るのが当たり前。
山小屋にも捨てられない。
北アルプスを歩いていて、ゴミを見つけたことがあるだろうか・・・。
たばこの吸い殻さえ見たことが無いような・・・。
富士山って、なんでゴミだらけになるんだろう・・??
9時前には真面目に布団に入り、なかなか寝付けない中、いびきの三重奏?4重奏?に見舞われながら・・・、
夜は更けて行った。
どーんというわけのわからない音に飛び上がったりもした。
上段に上がる梯子から、誰かが落ちたのかもしれない・・。
朝かと思って目覚めると、12時半??
えーーっ時計が壊れた〜と思ったのだが、まだ12時半なのだ。
ヘッドランプを付けて恐々トイレに行き、戻って山小屋の入り口まで出てみた。
雨の音は聞こえない。
シーンと静まり返った土間に下りて、木の扉を開けてみると・・・。
霧は晴れていた。
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1年と1か月もサボってしまった!ブログの更新。
すでにその前から、月に1つか2カ月に1つしか更新しないという情けない状態ではあったのだが、
何となくズルズルと書けなくなってしまった。
父を見送って、頻繁に実家に帰ることもなくなったわけだから、
別にすごく忙しくなったというわけでもないのに・・。
はっきりしていることは、習慣を作るのはとても大変なのに、壊すのは実に簡単だということ・・。
ただ、夜にブログに費やす時間と同じくらい、毎晩のように長電話やメールでの相談事が増えて、
それで手一杯になってしまっていたことも確かだけれど・・・。
復帰の記事は、それにふさわしく山への復帰を書くことにした。
実に安直な発想だが・・・山はなかなか・・・安直ではなかった。
計算してみると、17年か18年ぶりの北アルプス。
高校の時から一緒に山に登っていた仲間の一人から、再び山行を始めないかという誘いがあった。
誘ってくれた彼は、高校の山岳部の顧問もしていて、ずっと山を歩いてきた人だ。
わけあって、早期に退職して家に籠っている山仲間を外にひっぱり出したいという。
4月から、かつて散々歩いた六甲山系や比良山系、湖南アルプスや京都の北山などに出向いた。
少しずつ勘も戻り、筋肉痛もほとんど出なくなってきたところで、
夏にはぜひ北アルプスに行きたいねと言う話になった。
すでに中高年の仲間入りをしかけているわけだが、久しぶりであることを考慮して、
中高年にバカにされるくらいゆとりを持ったスケジュールを組んだのだが・・・。
やはり北アルプスは手強かった。
今回は、白馬八方に入り一泊。八方尾根、唐松岳から五竜岳で一泊。
鹿島槍からキレット小屋で一泊。爺ヶ岳から種池山荘に降りるという計画だった。
山の天候が最も安定すると言われている時期を選んだのだが・・・。
それも古い認識になってしまったのかもしれない。
日本列島を縦断する帯のような前線が、上がったり下がったりしながらも、とにかくしぶとく居座っていた。
山に入る直前には島根や山口で大きな被害が出ていたし、
山に入る日には石川、富山、長野の北部にも大雨洪水警報が・・・。
母には山とは言わず、ただ旅行に行くと言っておけば良かったと、何度も後悔させられた。
父がいた頃は、父がなだめてくれていたのだ・・。
山に行く前にも何度も電話があり、山に入った最初の夜はまだ携帯が通じたので、連絡が・・。
中央アルプスで韓国のツアー客が行方不明になっていたし・・。
「別に山に登らんでも、ずっと温泉に居たらいいんやから・・。」
・・・・・まあまあ・・・・。
これまでそんなに心配性の母ではなかったはずなのに、父がいなくなるとこうも変わるものか・・。
とにかく、予想をはるかに越えた心配ぶりには参った。
2日目は、小雨と霧の中を唐松岳まで歩く。
霧で何も見えず、高度感がわからないのが、かえって良かったのかもしれないが。
だんだん激しくなる雨の中を、なんとか五竜岳の裾の山荘に到着した。
五竜の山小屋は登山客が多かったが、そのほとんどは私たちよりずっと年上に見えた。
その中にほんの少しだけ女性だけのグループが混じっていた。
夜、外を見ると霧で何も見えず、激しい雨音を聞きながら、みんなひそひそと・・・。
雨が降り続いていたら、明日はどうしようかという相談だ。
雨だと岩場はとにかく危険だが、どのルートを選んでもある程度の岩場はある。
その上、鹿島槍付近で、数日前に転落死があったとかでビビらされた。
山小屋の調理場でコーヒーを沸かしていると、若い女の子の2人組が私たちに聞いてくる。
雨の場合、どのルートが一番マシだろうかと・・。
うちのリーダーは彼女たちの登山歴を詳しく聞いて、
不帰(かえらず)のキレットは止めて、鹿島槍の方がマシだと思うと伝える。
もし大雨だったら遠見尾根からアルプス平に降りた方がいいと・・・。
私たちもそうするつもりだった。
雨の中の岩場はスリップしやすい。
危険な場所には一応クサリなどが取り付けられているが、片側が深く切れ込んだ断崖絶壁はとにかく怖い。
どれだけ急でも、尾根でも両側が切れ落ちていないと、ズリッと滑っても何とか止まるのだが・・。
日本一の高度の富士山に、登山家でなくても登れるのは、そういうルートが何本かあるからだと思う。
でも、急斜面のトラバース(斜面を横切っていく)はとにかく怖くて苦手だ。
それは、放り出され感の怖さ。
いったん足を踏み外したら、さよなら〜〜〜〜だ。
クサリに頼るのも怖いし、クサリを握ったとしても、足を踏み外したときに体重を支えられるはずもない。
よほどの時にはザイルを使うしかないだろうが・・。
恐怖心に捉われず、必ず3点確保しながらじっくり進めばいいわけだが・・・。
そんな緊張が長く続くところは、雨の中では無理がある。
ラジオの予報では雨が続きそうだが・・。
超晴れ男のリーダーは、何となかると言う。
何とか明日は雨が上がりますように・・・。
そう祈りながら、山小屋の雑魚寝の布団にもぐりこむしかなかった。
高度2850M付近の、 明日の気温は最低5℃。最高12℃の予報。
おお〜〜〜。
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ゴールデンウィークに入って、見事に晴れ渡った2日間。
4月の終わりの爽やかな風を感じながら、私はまた馴染みのない街を歩いていた。
普通電車しか止まらない小さな駅だが、駅前に並ぶ店からは路上に商品があふれ、
たくさんの鉢植えや果物が目に飛び込んでくる。
パンの焼ける、何とも香ばしい香り。
たこ焼き屋さん、たい焼き屋さんまである。
初めての街でパン屋さんを見かけると、必ず誘惑に負けてふらふらと入ってしまう。
連休の3日目は、激しい雨と風。
4日目は小雨。
5月に入ったというのに、妙に肌寒いこんな日は、さすがに人通りも少なかった。
せっかく少しは息抜きできるかなと思っていた連休なのに、
どうして私はずっと病室に居なければならないんだろうと思ったり、
まあ、連休で良かったなと思ったり・・。
それでも、この病院は泊まることはないので、まだ楽ともいえる。
前の病院に泊まっていたときには、実にいろんな夢を見た。
眠りが浅いのと、目覚めてからもしばらくまどろんでいたせいか、
内容がしっかりと残っていることが多かった。(いつもならすぐに忘れてしまうのに・・)
そして、なぜかその多くは、父ではなく自分が入院している夢。
まだ3月の半ばごろ、病院への道すがら雪柳がぽつぽつと白い花をつけ始め、
いつしか見事に満開に・・。
そんなときには、20年以上会っていない高校時代の友人がお見舞いに来てくれた夢を見た。
雪柳を数本手にして。
「これ、そこの道で折ってきたん? 雪柳って、そんなに簡単には折れへんでしょ?」
「いや、ちゃんと切って来たよ。」
彼が取り出したのは、コンパクトな裁縫セットの中の小さなはさみ。
クラスメイトではあったが、別になんの付き合いも無かった男の子。
なぜ唐突にそんな男子が夢に現れたのか・・?
あるときには、巨大な大学病院に入院していて、自分の病室がわからなくなりひたすら迷っている夢。
やっとたどり着いた個室に入って、ふらふらでベッドにもぐって爆睡していたら、
パジャマ姿の若い女性と、付き添いの若い男性にいきなり起こされた。
「あんた誰?!」「何やっとんねん〜!」
ハッと飛び起きて、
「ごめんなさい、部屋を間違えました・・。ごめんなさい、すみません〜〜・・。」
ひたすら謝り倒してそこを飛び出すが、自分の部屋がわからない。
どこかで眠りたいと、延々と彷徨っている情けない夢。
この夢のバリエーションはいくつかあった。
若い二人にベッドの使用料を要求される。 それも法外な値段。
そんな理不尽な〜〜と思いながら、私は弱々しさを装いながら反撃している。
「病室を間違えたのは本当に申し訳なかったですが・・私も病人です〜。
体力も気力もありませんから、何とも自分では判断できません。今から事務長の○○さんを呼びますので、
○○さんに判断をお願いしたいと思います・・・。」
その○○さんというのは、地域連携室のケースワーカーで、実際にお世話になった方のお名前。
そう言うと、二人は慌てて・・「もうええわ、もうええから〜!!」と追い出そうとする。
でも私は、「そういうわけにはいきません。迷惑をかけたのは私ですから・・・。今すぐナースセンターから電話 で呼んでもらいます!」
と、ナースセンターに向かうところで目が覚めたり・・。
パジャマのままで同窓会に出ていたり・・・。
何なん???
それ以外にも、本当にわけのわからない夢ばかり・・・。
父は療養病床のある病院に転院でき、そこで順調に過ごして4月15日にようやく自宅に帰れたというのに。
実家で機嫌良く過ごせたのはわずか12日間だった。
心配してくれている友人何人かに、「何とか退院できました。」とメールを送って間もなく、
ゴールデンウィークの前日に、また病院に戻ってしまった。
それも療養病棟ではなく一般病棟に。
症状も1か月前に逆戻り。
長い休みにかかってしまったため、まだ主治医からはきちんとした話も聞けないでいるが、
どうなっていくことやら・・・。
5階の病室の窓からふと外を見ると、雨が止んで夕方の日が射してきた。
ああ・・・・。
かすかに虹が見える。
父は、まだまだ復活しそうに思えた。
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父はすやすや眠っている。
尿意をもよおしたときだけ起こしてくれるので、今夜は眠れるかなと思っていたのだが・・・。
消灯の9時半には簡易ベッドを広げて布団をセットした。
幅が狭いので、布団は縦に二つに折って、その間に挟まるようにして収まる。
あまりに早いが、眠れるときに眠っておかないと・・。
父の部屋は、ナースセンターの前の個室で、角部屋。
横は、テレビやソファーが置かれた、ちょっとしたスペースになっている。
消灯とともに、そこも電気が消されるのだが・・・。
10時半頃か、揉めている大きな声。
どうやら男性患者が「帰る!」と言い張っているようだ。
なだめているのは奥さんと息子さんか。
その声がやたら大きい。
「こんなとこにおったって、治らんのはわかってるんや! 早よタクシー呼んでくれ!」
「まだ検査の結果もわからへんのに、何言うてんねん!」
そのやり取りが延々と続く中、看護師さんが間に入って説得されている。
「先生は救急の手が空いたら上がって来られますから、ちょっと待って下さい。
先生の了解を得ないと帰れないですよ・・。」
「なにやっとんねん、ヤブ医者が・・!」
「とにかくもう少し待って下さい。」
声が遠のいてホッとしたのもつかの間、すぐに大きなダミ声が!
病室に戻っても静かに待てなかったようだ。
相部屋では迷惑だから、また横のスペースに?
(ここでやられても迷惑なんやけど・・)
救急車の音が近づいてきて、病院の前で止まる。
これでまた、先生が上がって来られるのが遅れるな・・。
「医者なんか待たんでもええやないか! 早よタクシーを呼んでくれ!」
「勝手にせえ! 勝手に一人で帰れよ〜!!」
息子さんも我慢の限界か・・。
「帰るんなら、糖尿のお薬も返してもらわなかんし、もうちょっと待ってえな・・。」
奥さんがなだめようとするが・・。
「何でこんな病院に薬を預けたんや!
○○病院でもろた薬まで、何でこんな病院に預けるんや!」
「こんな病院って、ここは○○病院やで・・。」
「そんなわけあらへん、ここが○○病院なわけあらへん!」
また救急車が着く音。
「何言うとんねん!ここは○○病院や! ええかげんにせえよ〜! オヤジ、そこまでボケたんか!!」
それからも延々と言い合いが続いて・・。
先生が上がって来られたのは12時半頃か。
「当直の***です。検査の結果が出るまでは、毎日点滴に通ってもらわないといけませんけど・・。
それでもいいのなら、帰ってもらって結構です。」
ということで・・・やっと静かになった。
やれやれ・・・。
父の尿を捨てに行き、看護師さんが父の点滴のチェックに来られて、
さぁ寝よう〜〜とまどろみかけたとき・・。
隣りの個室が慌ただしい。
何?
バタバタと行き交う足音。
「××さぁ〜ん! ちょっと目を開けて! 目開けられる?!!」
「先生呼んでっ!」
何?
こちらまでドキドキしてくる。
バタバタ、ガラガラ・・とんでもない騒音。
たしか隣りの部屋は、夜は家族は付き添っておられなかったと思うが・・。
男性の声が混じるようになった。
「××さ〜ん!わかりますか! △△△を持ってきて!!」
それからしばらく声が行き交い、「ストレッチャーを持ってきて!」
ガラガラと大きな音。
「ちょっと人を集めてくれるか・・。ERに運んで!」
深夜とは思えない声と足音。
「家族に連絡して!」という声も混じっていたような・・。
ドキドキが高まってくる。
静かになったので、起き出してトイレに行くことに。
隣りの部屋は、ドアもカーテンも開けられたまま、煌々と電気が点いていた。
すぐに眠れそうもないかなと思いつつ、布団にもぐりこむ。
でも、全然眠れないままに・・3、40分経ったか。
ガラガラと大きな音とともに、患者さんが戻って来られたようだ。
私の部屋の前で、女性がひそひそと話している。
「当直の***です。
夕食までは特に変わりはなかったようなんですが、先ほど急に呼吸状態が悪くなりましてね・・。
今挿管して、酸素を入れてます。」
(えー・・・・うちの部屋の前で家族に話をするのぉ〜?)
「落ち着いてくるとは思うんですが、いつまた急変してもおかしくない状態ではあるんです。」
「・・・・・。」
「人工呼吸器を使うかどうかということも、近いうちには考えておいてもらわないといけないと思います。」
「・・・・。」
家族の声は無い。
「ちょっとこちらへ・・・。」
やっと声が遠ざかって行った。
時計を見ると、2時半か・・・。
父がトイレに呼んでいる。
ハァ〜・・・・。
もう何もないよね。
もうあとは眠れるよね・・・・。
ところがその夜は、それだけでは終わらず・・・。
またドタバタに大声、駆けつけた***先生の声を聞くこととなった。
これが医療の現場というか、
高齢者の受け入れを拒否しない、良心的な病院の現実というか・・。
当直の医師、看護師、介護士さんたちには本当に頭が下がるなぁと思いつつ・・・。
眠りについたのは4時ごろ?
つかの間の時間なのに膨大な夢を見て、6時の検温で起こされた。
くちゃくちゃな髪の毛のままガバッと起き上がると、
「ああ・・・・寝てていいですよ〜〜〜。寝ててくださーい。」
看護師さんの優しい声。
お言葉に甘えてもう少し寝ようかなぁ・・・・。
それからもう一つ夢を見てしまった。
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