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ここのところずっと直帰していたのだが、久しぶりに立ち寄った「Atlas」。
いつもの席に腰を下ろし、シナモンティーを注文する。
前回来たのは夏だったような気がする。
昼間は久しぶりによく晴れたが、日が落ちるとさすがに寒い。
俯きがちに駅に急ぎながら、急に思い立って方向を変えた。
以前は足の疲れを取るために、ここでしばしの休憩が必要だった。
そこからさらに長時間、電車での立ちっぱなしに備えて、
ゆったりと椅子に腰掛けて足を伸ばす。
白いポットで運ばれてくるたっぷりの紅茶をゆっくりと味わいながら、日記を書く。
今夜は時間を気にせずに、どんどん書き進んだ。
あれ? どこかで聞いたような懐かしい曲。
何で思い出せないんだろう・・。
ペンを走らせていたら、若いお兄さんが傍に立った。
「あの・・バータイムになりますので、灯りを落とさせてもらってよろしいでしょうか・・。」
「あ、はい。 どうぞ。」
メニューが取り替えられて、彼が去ったあとに少し暗くなる。
でも、字が書けないほどの暗さじゃない。
曲が変わって、キースジャレットのピアノソロが流れ始めた。
彼がテーブルの上にランタンのような灯りを置いてくれる。
「あ、ありがとうございます〜〜。」
メニューをチラッと眺める。
何となくバーボンでも頼んでみたいような気持ちになる。
病気をしてからほとんど口にしていないアルコール。
若い頃は、こんなときウィスキーをロックで頼むと、大人になったような気がしたものだ。
そういえば初めての勤務先に打ち合わせに出向いた日、
一応一張羅のスーツを着て行ったというのに・・私は教務の職員に受験生に間違われた。
その日は確かに願書の受付をしてはいたが、見ればわかるだろうに・・。
見ればわかるだろうに・・。
あの頃は、朝、梅田のカウンター席しかない小さな喫茶店で、
フレッシュたっぷりのカフェオレを飲みながらその日の内容を確認するのが日課だった。
何だかそこは「大人のスイッチ」を入れる場所のように思えた。
「よっしゃ〜 行くぞ〜〜!」
あれからもう十五年以上経って、一体何が変わったろうと思う。
Aちゃんは私より4歳若い。
うんと若い頃一度結婚していて、わりとすぐに別れた経験があり、子どもはいない。
激しいところがあり、頑張り屋で、いつもきりきり動いている。
出会って8年くらいになるが、あまり話をしたことはなかった。
こちらが敬遠していたわけではないが、
Aちゃんからすると私は取っ付きにくいタイプだったのかもしれない。
彼女はよく母親に対する激しい怒りや恨みを周りに話していたが、
さっちゃんのそれとは少し感じが違った。
いつも250ccのバイクで颯爽とやって来る彼女。
さっちゃんとは真逆の雰囲気を持つ女性だが、そんなAちゃんが時おり話しかけてくるようになった。
「Aちゃんが再婚して、4月ごろに関東の方に引っ越して行くらしい。」
そんな噂は聞いていたのだが・・。
数日前の寒い夜、駐輪場を出たところで呼び止められた。
「takaoさん・・わたし・・結婚することになったんですぅ・・。
京都を離れるのは嫌やったんやけど、相手の勤務先が急に東京になったんです。」
そこからは、一方的に彼女の口からいろんな思いが噴き出した。
見栄っ張りで世間体ばかり気にして、娘を自分の思い通りにしたいと思っていた母親。
思い通りにならないと、無茶苦茶な言葉で子どもをののしった母親。
そんな母親から離れたくて、早く家を出たくて結婚したこと。
離婚してしまったことを家の恥だと言われ、それからは実家に寄り付かなかったこと。
あんな人の娘やというのが嫌で嫌で・・、
お父さん、何であんな女と結婚したんやろうとずっと思ってた。
延々と続く彼女の話を、私はただ黙ってうんうんと聞いていた。
ポケットに両手を突っ込んで、足元が寒いな〜と思いながら・・。
再婚が決まって、父親と何度か会っていろいろと話をしたそうだ。
そんな中で、両親に対する気持ちの変化があったという。
「takaoさん、こないだ親に対して愛おしい気持ちを感じる年になったかな〜って、
言うてはりましたよね・・。
私なんか絶対あり得へんと思ってたけど・・。」
私は寒くて少し震えながらも、思いがけない話に引き込まれていた。
(あれ・・ Aちゃんも大人になったんやな・・)
それにしても、この話はいつまで続くんだろう・・。
喫茶店に誘えば良かったかな・・と思いながら見上げた空に、4日月が光っていた。
大人と子どもを分ける扉があるわけではない。
20歳になったら大人だなんて、今は誰も思ってはいない。
仕事に就いてお金を稼ぐようになったら大人か?というと・・ 決してそうでもない。
結婚して子どもを持つと一応親にはなるが、大人になったのかというと、それも怪しい。
ひとはいつ大人になるのだろう・・。
バーボンは結局頼まなかった。
そろそろ腰を上げようかなと思ったとき、さっきの懐かしい曲名をやっと思い出した。
そうだ、「ロングバケーション」の「セナのテーマ」だ。
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