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2ヶ月に1度の呼吸器内科の受診。
実習で午前中が空いたので、朝1番で予約することができた。
苦手な肺活量の検査。
とにかく私の肺活量は少ない。
3年前の病気以来さらに落ちた。
ヨガのプログラムの中、「ハタ・ヨガ」と言われるものではない「何とかヨガ」で、
おなかから「あーーー」という音声を低く静かに長く吐き出すというものがある。
小柄で華奢なインストラクターなのに、太くしっかりとした声で延々と発声される。
私は半分ももたず、途中で息を継いでまた声を出すが・・また息が尽きる。
何と彼女の半分も無いのだ。
本当に少ないのだとがっかりさせられる。
別にどうということもない検査だが、息を吐き切るコツがつかめない。
せんたくばさみのようなもので鼻をつままれて、吐き口を銜えて、
「静かに吸って〜吐いて〜吸って〜吐いて〜吸って〜〜せーのハイ!!」
思いっ切り吐き出すのだが、すぐに途切れるような気がする。
「もっと〜もっと〜もっと〜吐いて〜吐いて〜吐いて〜!」
先生も体を折り曲げ、一緒になって息を吐かれている?
私は先生の顔を上目使いで見ながら、吐き続ける。
きっと真っ赤な顔になっているに違いない。
肺の中はとっくに空っぽ。
最後は激しく咳き込んで終わる。
「もう一度やりましょう。」
(えーーもういいです。何度やっても同じですって)
それでも呼吸を整えて、今度こそはとまた真っ赤になる。
「もっともっともっともっと〜〜〜〜〜!!」
9月末から11月の半ば頃までが1年で最も喘息の起きやすい時期である。
朝が急に冷え、一日の気温差が大きくなると、気管支が過敏になる。
早朝、息苦しくて目が覚める。
首を絞められていたり、水に潜っていたり、とにかく息苦しい夢で目が覚める。
でも今年はまずまず大丈夫だった。
わずかだが早朝のピークフロー値も上がっている。
機械の画面に出ている図形と数値を見ながら
「ん? 肺活量は少し増えていますよ・・。」
「?!」
(やっと少し効果が出てきたのか・・)
「まずまず順調ですね。」
「はい。」
今年になってから少し泳いでいることを話そうかなぁと思っていると
「あのぉ 僕 今年一杯でここを辞めますので・・。」
「はぁ・・。」
「次回は1月ですから、次の先生にちゃんと申し送っておきます。」
「はい。」
後輩の旗屋のぼんぼんに似ている先生。
そうか、今日で最後か・・。
「今日はインフルエンザの予防接種をして帰って下さい。新型の方はリストに載せていますから、
もう少し待って下さいね。」
「はい。」
「ありがとうございました。」
何だかあっけないが、もうお会いすることもないんだろうな。
別室で予防注射をしてもらい、次回の予約を取る。
看護師さんが予約表のファイルを開く。
「次回は別の先生になるんですね。」と私。
「えっ?!」
「今年一杯で辞められるそうです。」
「えっ??」
周りにいた看護師さんたちが一斉に振り返る。
「○○先生辞めはるって?」
「ほんとに??」
「はい、そうおっしゃってました。」
私の予約はそっちのけで、みんなで何やらがやがやと賑やかに喋っておられる。
(まだ知らなかったんだ。この様子では先生は人気があったのかな)
薬を待っていると、おばあさんがこちらをじっと見ておられた。
ん? あ・・。
同じ町内に住んでおられた○○さんだ。
軽く会釈すると、ゆっくりと腰を折り曲げて杖をつきながらこちらに近づいて来られた。
慌てて私から近寄る。
おそらくもう95歳くらいになっておられるはずだ。
「まあまあ・・お元気?」
「はい、何とか・・。今日はお一人ですか?」
「はあ、一人で来てます・・。」
私が家を出て、一体町内では何と言われていたのかはわからない。
そのことは、気になったことはあった。
ごくごく近所の人は別にして、姑の介護が嫌で逃げ出したと思われているかもしれない。
それはそれで仕方ないと思っていた。
「あんたはんがいはらへんようになって、寂しなりましたえ。
○子さん(義母)もな、老人ホームに入らはって・・。」
「はい・・。」
「なあ、いろいろありますやろけどな、頑張って下さいな。」
「は、はい。ありがとうございます。」
手を握られて戸惑ってしまった。
「○○さんも、お大事になさって下さいね。」
「私もこんな年までよう生きてますわ〜。」
「お一人で来られるなんて凄いですよ・・お気をつけて・・。」
「またな、遊びに来とくれやす。」
しばらく手を握り合って、それからゆっくりゆっくり帰って行かれた。
仕事に行かねばならないのに・・
しばらくはそこを動けなかった。
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