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いやあ、大変な雪です。
これが、全国的に、 私立高校の受験期と 重なっていると言われています。 厳しい旅立ちです。 受験会場までの交通に 大きな不安がつきまとうでしょう。 事実、大変な事態に巻き込まれた受験生も 少なくないと報道されています。 とにかく、 何か連絡をすることが大切です。 携帯電話は持っていっているかどうか分かりませんが、 何らかの形で 学校に連絡ができる準備をしておきましょう。 また、 交通機関の係員にも 相談してよいかと思います。 きっと、力になってくれます。 そうした不安な事態に動揺して、 これまでの努力を無駄にすることがないように、 どうか落ち着いて 自分の仕事に立ち向かえるように、 応援しています。 そうした経験も、 何らかの財産になっていくものと信じつつ。 |
道具
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東大生のノートなどといって、
ノートの罫線に等間隔のドットがあるノート。 はじめは品薄でしたが、 もうすっかりどの店にも定番となってきました。 使う子どもも多くなりました。 他社からは、似たコンセプトですが、 ロザンの二人の協力から生まれたといって、 罫の間にさらに三段の区分けがつき、 正方形になるように縦線も用意されたものが出ています。 普及からするともうひとつですが、 これも徐々に販路拡大しているようです。 ノートをきれいに書く。 これは、言われるまでもなく、一部の女子はすでにやっています。 ノートの美化に命をかけるほどに、美しく彩っています。 要するにこれらのノートは、 誰でも縦が揃うことをイメージしており、 また方眼的にも使えるように配慮されているというわけです。 しかし、方眼ノートが優れているのに使いづらいのは、 やたらその線が目立ち、書いた文字が負けてしまうことによるのですし、 文字の情報がすうっと流れて見えるのを ごちゃごちゃした線が妨害しているように感じられる点ではなかったでしょうか。 ですから私にしてみれば、 かの東大生のものもロザンのものも、 書いた文字のもつ思想の流れを阻害する邪魔なものに だんだん見えてくるのです。 いわば自転車の補助輪の如く、 揃えて書くコツが分かってきたら、 ドットなどのあるノートは、卒業したらどうか、とも思うのです。 目的は、ノートに情報を揃えて書くことを意識し、 あるいはそれを実行することであって、 目印がつきまくったノートの升目に収めることではないのですから。 |
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中学生が、定期試験のために
復習の学習をしていました。 ノートに、教科書の説明どおり まる写ししている生徒がたくさんいました。 大切なところを赤ペンに替えたところで、 それでテストに有用なノートになるでしょうか。 覚える項目を並べて比較したり 整理したりする程度の工夫はしましょう。 また、箇条書きくらいは最低しましょう。 そして、普通のノートにそれを書く必要があるときには、 たとえば ノートの外側半分に重要用語、 ノートの内側半分にその意味を書くなどしておくと、 ノートの頁を二つ折りにすることで 暗記確認のために使うこともできます。 そのノートを使って どうやって覚えるのか、 テスト前に見直すのか、 そこを見越して作業をしましょう。 |
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最近よくある、「消せるボールペン」ではない、と
考えてください。 授業ノートでなく、問題を解くものとしましょう。 鉛筆で普通解きますが、 間違えたら消せばいい、という思いから、 つい、雑に書いてしまうことがありませんか。 どうせ消すから、と、計算を小さな字でちょちょいと書いて 後で、どこで計算ミスをしたのだろうか、と考え込みませんか。 ボールペンで最初から書くと、 書くことに責任が伴うような気がします。 文字も、いくらか丁寧に書かないと、という気になります。 大きめにはっきり書かないといけません。 また、インクがくっきり見えやすいのも良い点です。 間違った思考でしばらく間違った答えの方向に向かって進んだ跡も そのまま残されてしまいますが、 これが、「間違いの例」として 後で反面教師のように役に立つことがあるのです。 自宅で実力をつけるために問題を解くとき、 一度試してみては如何でしょう。 ノートそのものはきらびやかには仕上がりませんが、 自分の学習の跡こそ、 自分にとって何よりも大切な経験となってゆきます。 それに、どうせ消せないのだというボールペンで 書き慣れていくと、 消しゴムを使わないことが当たり前のようになり、 よけいな時間を使わないで済むようにもなるものです。 |
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足を、ぶらぶらぶら……。
低学年のとき、 椅子が高いと、こういうことが起こります。 小学校では、低い椅子が用意されていますが、 塾では、そして案外家庭でも、 足がぶらぶらしていることがあります。 そういう様子を見ていて、落ち着かない、というのもあります。 が、それ以上に、 これは「踏ん張れない」ことが問題です。 人間、足が地について、つまり踏ん張ってこそ、 思考回路が働くものなのです。 踏ん張ることができるように、 ちょっと台を置くことを考えてみませんか。 踏ん張って考えるところから、 アイディアも浮かぶし、記憶も定かになります。 考えることに、粘り強くなります。 |



