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今日聴いたあるメッセージの中で、このようなことが語られていました。
「人間は自己保身をしていてはならない。
自分をお造りになった創造主である神の創造目的のために生きる時、
その人は本当の意味で“生きる”のだ。」
と。
これは JAF Mateに載っていた星野富弘さんの詩画です。
この詩を読み、絵を見ながら
【創造主の神様にすべてを委ね すべてをささげて生きること、
神様の創造目的のために生きることの大切さを】
改めて感じました。
(星野富弘著『風の詩』より)
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星野富弘さん詩画
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JAF Mate 2011年3月号の切り抜きが出てきました。
星野富弘さんの詩画です。
25歳の時、星野富弘さんの詩画と出会い、多くの涙を流しました。
今、再度、それらの歳月を思い起こしながら、
神様への感謝の心がいっぱい詰まったこの詩画を見て感動しました。
手と足が不自由になって
歩けなくなりました
土を掘ることも
スキーをすることもできなくなりました
でも 神様ありがとう
あなたが持たせてくれた たった十グラムの筆ですが
それで私は 花を咲かせたり
雪を降らせたり出来るのです
神様 ほんとに ありがとう
( 『風の詩』 立春 より )
〜星野富弘さん〜
『あなたの手のひら』より
1964年、群馬県勢多郡東村に生まれる。
群馬大学教育学部卒業後、中学校の体育教師となる。
クラブ活動中、けい髄を損傷し、手足の自由を失う。
入院中、キリスト教の洗礼を受ける。・・・
各地で「花の詩画展」を開く。
『風の旅』より
九年間の病院生活の後、不治のまま退院。
手足の運動機能は回復しなかったが、
口に筆をくわえて、すばらしい詩画を創作したり、
自ら下顎レバーで動かせる車椅子で散歩したり、
静かな生活を送っている。
昭和56年結婚。
ふるさと東村ダムのほとりに、富弘美術館が建てられ、
作品が常設されている。・・・
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あなたは 私が
考えていたような方ではなかった
あなたは 私が
想っていた方からは来なかった
私が願ったようにはしてくれなかった
しかし
あなたは
私の望んだ何倍ものことを
して下さっていた
『あなたの手のひら』 より 当て外れ〜ツルバラ〜
昨晩、沢山の涙を流しました。
「悲しい・苦しい・・・という涙???」
なんて自問自答しながら・・・
ではなくって
なんだかとてももどかしくなって・・・
涙が出てきて
そしたら
しばらく涙が止まらなくなってしまって・・・
祈りながら涙し・・・
色々なことを思いながら涙し・・・
改めて、神様のしてくださった今までのことを思って涙し・・・
今朝、起きて
「う〜 目がおおぼったい」
「昨日いっぱい涙流したんだった」
さっき、久しぶりに星野冨弘さんの詩画集をペラペラ〜
昨日色々思ったこと、この詩のようだでした。
今まで、色々なことあった・・・
でも、この詩のように
「神様、
『あなたは
私の望んだ何倍ものことを
してくださって』いました。」
と思いました。
昨晩まどかしさの中
今までの人生を振り返ってみて
もう一度、神様の真実さを思い起こしました。
私の願ったことではなく
神のなさったことがいかに最善な道だったかを
思い起こしました。
最善の時に最善をなしてくださった神様のことを
思い起こしました。
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星野富弘著詩画集 『風の旅』 より
どくだみ
おまえを大切に摘んでゆく人がいた
臭いといわれ
きらわれ者のおまえだったけれど
道の隅で歩く人の足許を見上げ
ひっそりと生きていた
いつかおまえを必要とする人が
現れるのを待っていたかのように
おまえの花
白い十字架に似ていた
〜星野富弘さん〜
『あなたの手のひら』より
1964年、群馬県勢多郡東村に生まれる。
群馬大学教育学部卒業後、中学校の体育教師となる。
クラブ活動中、けい髄を損傷し、手足の自由を失う。
入院中、キリスト教の洗礼を受ける。・・・
各地で「花の詩画展」を開く。
『風の旅』より
九年間の病院生活の後、不治のまま退院。
手足の運動機能は回復しなかったが、
口に筆をくわえて、すばらしい詩画を創作したり、
自ら下顎レバーで動かせる車椅子で散歩したり、
静かな生活を送っている。
昭和56年結婚。
ふるさと東村ダムのほとりに、富弘美術館が建てられ、
作品が常設されている。・・・
我が家の庭にどくだみの花が沢山咲く季節が来る度に、
一つ一つの花を見ながら、この星野富弘さんの詩を思い出しています。
最近もそうでした。
一つ一つの花を見ながら
「花びらが四枚。 一枚だけ長い。
ホント、十字架だ・・・。
一つ一つが、真っ白の十字架。
庭に沢山の白い十字架・・・。」
と思います。
とても神秘的な気持ちにもなります。
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『風の旅』より 星野富弘さんの詩です
ひとは 空に向かって寝る
寂しくて空に向かい
疲れきって空に向かい
勝利して空に向かう
病気の時も
一日を終えて床に着く時も
あなたが ひとを無限の空に向けるのは
永遠を見つめよと
いっているのでしょか
ひとは
空に向かって寝る
〜星野富弘さん〜
『あなたの手のひら』より
1964年、群馬県勢多郡東村に生まれる。
群馬大学教育学部卒業後、中学校の体育教師となる。
クラブ活動中、けい髄を損傷し、手足の自由を失う。
入院中、キリスト教の洗礼を受ける。・・・
各地で「花の詩画展」を開く。
『風の旅』より
九年間の病院生活の後、不治のまま退院。
手足の運動機能は回復しなかったが、
口に筆をくわえて、すばらしい詩画を創作したり、
自ら下顎レバーで動かせる車椅子で散歩したり、
静かな生活を送っている。
昭和56年結婚。
ふるさと東村ダムのほとりに、富弘美術館が建てられ、
作品が常設されている。・・・
上記の詩の中に
あなたが ひとを無限の空に向けるのは
永遠を見つめよと
いっているのでしょうか
とありますが・・・私は、この詩を読む度に、また、この詩を思い出す度に
“永遠” “永遠のいのち” を考えさせられます。
奥が深い、本当に素晴らしい詩だと思います。
私も病で床に伏せていた時、何度も思い起こされ、
力を与えられた詩です。
『・・・神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。』
(聖書 伝道者の書3章11節)
『私は知った。 神のなさることはみな永遠に変わらないことを。・・・』
( 〃 〃 14節)
『草は枯れ、花はしぼむ。
だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。』 ( 〃 イザヤ40章8節)
『あなたは知らないのか。 聞いていないのか。
主は永遠の神、地の果てまで創造された方。』 ( 〃 〃 28節)
『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは、御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。』 ( 〃 ヨハネ3章16節)
イエスは言われた。
『・・・わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、
永遠のいのちへの水がわき出ます。』 ( 〃 4章14節)
イエスは彼らに答えて言われた。
『・・・まことに、まことに、あなたがたに告げます。
信じる者は永遠のいのちを持ちます。』 ( 〃 6章47節)
イエスは彼らに答えて言われた。
『・・・わたしは、彼らに永遠のいのちを与えます。
彼らは決して滅びることがなく、また、だれも わたしの手から彼らを
奪い去ることはありません。』 ( 〃 10章28節)
『それは、罪が死によって支配したように、
恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、
永遠のいのちを得させるためなのです。』 ( 〃 ローマ5章21節)
星野富弘さんの詩にあるように、
永遠を見つめて生きて行きたいです。
神が与えてくださった永遠のいのちを感謝しつつ・・・
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