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昨夜、Haruさんが、
「ちほりん、これ観る?」
と。
「なに〜?」
と私。
「ちほりんの手術もこうやってしたんだなぁ って思ってねぇ」
と言って録画した番組の心臓の手術の場面を再生してくれました。
その番組は、少し前に、再放送されていたものと、最近放映されているものでした。
番組名は 【医龍 team medical dragon】
数週間前から、木曜 PM10:00 からやっているそうです。
「私のこのように、多く方々に助けられて手術を受けたんだ・・・。
執刀医の先生、麻酔科の先生、看護師さん・・・他にも
こんなに沢山のteamの方々が手術室にいてものすごい集中力で関わってくださっていたんだ。
一度止まった心臓・・・。
人口心肺ってこうなっているんだ・・・。
止まった心臓が動き出す時の感動ってこういうものなんだ・・・。」
などなど。
涙を流しながら観ました。
手術を受けている男の子と、自分を重ねて観ていました。
「私の心臓の手術の時も・・・こうだったんだ・・・。」
と思いながらずっと観ていました。
その番組を通して神様が語ってくださっていると思いました。
ゆっくり ゆっくり 思い起こしてみました。
色々なことを・・・。
心臓の病の中で過ごしてきた今までの歳月や、心臓の手術の直前まで思っていたことなど・・・。
イエス様の言葉が起こされました。
『この病気は 死で終わるだけのものではなく、
神の栄光のためのものです』
(ヨハネ10:4)
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心臓の手術
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今日は 循環器科の通院でした。
先月、採血検査で、ワーファリンの効きが悪く、薬の調整があって 2週間後に再度通院・検査ってことが
あったので、、今日の採血検査が大丈夫かどうかも、気になっていました。
幸い、正常値でした。
機械弁なので、ワーファリンの効きを注意しておくことが大切。
食べ物も最善の注意をはらっています。
今日は、久しぶりに寒さも和らいで、通院の道中も心臓の痛みが割と少なかったです。
神様の助け無しには 一瞬たりとも過ごせない・・・ と 今日も改めて思いました。
そして、
今日も 改めて思ったもう一つのことは、
医療を受けることのできる恵みです。
手術ができた恵み、こうして検査を受けることのできる恵み・・・本当に有り難いことだ・・・
と思いました。
循環器科は、福岡空港の近くの 栄光病院です。
病院の帰りは、リハビリも兼ねて、空港まで行き歩きました。
そこから地下鉄で天神まで〜。
その後、今日は久しぶりに歯科にも行って来ました。
動けて良かった・・・。
夜になって、また急に寒さが増してきました。
少し 心臓が痛いです。
自分の心臓が痛むとき、もっともっと痛みのある方々のことを思います。
お会いしたことのない方々のことも思います。
そのような方々に向けて 心の中で
「大丈夫ですか?」
と話し掛けています。
大丈夫ですか?
大丈夫ですか?
何だか 涙が出てきました。
大丈夫ですか?
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天気予報通り、今日は気温が下がって寒かったです。
夕方からぐ〜っと冷え込みました。
少し外に出た時、寒さで血管が収縮したのか、心臓が急に痛くなっちゃって・・・
心臓のところを抑えて
「神様〜 助けてください」
って祈りました。
私の身体の細部に至るまで すべてをわかってくださっている神様に祈ることができる幸いを
改めて感じました。
そして、心臓の手術をした時のことを思い出しました。
ICUでの痛みを。
手術の後、麻酔がきれた時の あの数時間の激痛を。
「あの時のような痛みに耐えている方々が今日も、今もいる。」
その方々に
「大丈夫ですか。 必ずよくなりますから。
今、身体の全ての細胞が一生懸命回復しようと頑張っていますから、
だから その身体の細胞に心を合わせてください。」
と 心の中で思いっきりエールを送りました。
ICUでのことを思い出し、
手術の執刀医をしてくださった 聖隷病院(浜松)の小出先生を思い出しました。
改めて・・・
小出先生、有り難うございました。
小出先生・・・ 先生のお陰で私は手術を決心できました。
そして・・・
神様、小出先生との出会いを与えてくださって 本当に本当に有り難うございます。
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今日も 神様に生かされている。
心臓の手術から 2年半余りが過ぎた。
機械弁が カチカチカチカチと音を立てて・・・心臓が今も動いている。
ただただ神様からの恵みだ・・・。
自分では何もできないもん。
たった一回も心臓を動かすことも出来ない・・・。
有り難うございます、神様・・・。
そして、
私を支えてくださったお一人お一人に 「有り難うございます。」を伝えたいです。
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昨年、心臓の手術をしました。
僧房弁閉鎖不全・細動心房のための手術。
約7時間半の手術でした。
今、心臓には機械弁が取り付けられています。
カチカチカチカチという音が聞こえます。
現在 やっとこのように少し“読み書き”ができるようになりました。
一昨年の秋、医師から手術を促され、
その後 神様に祈る中、手術へと導かれ、
そして・・・
実際に手術を受け、その後もこうして生きています。
その間、大勢の方々が私のために祈っていてくださいました。
改めて、お祈りしてくだっていた皆様に、心から感謝申し上げます。
手術を終えてからは、
今までとは全然違う感覚で生きている
という感じです。
生きている、というより、神に生かされている
という感覚です。
神様の恵みを感じて生きています。
こうして、またこの地上での時間を与えられ、
自分の使命は何か 残されたこの地上で生きる時間、何をしていくべきなのか
と思い、神様に祈りつつ過ごす毎日です。
これから時折、その手術前後のことを投稿させていただこうと思っています。
今日は、3月11日の続きです。
遡ると、 2月9日 ・ 4日
1月27日 ・ 25日 ・ 23日 ・ 19日 ・ 16日にも投稿させていただいています。
心臓の手術は、聖隷浜松病院で受けました。
多くの結核の方々を命懸けで救った長谷川保さん(クリスチャン)が創立した病院です。
心臓の手術を促されたすぐ後から、
神様に手術を受けることが神様の御心かどうかを祈る日々でした。
恐れ・不安の心や、心臓の痛み(病の症状)との闘いでした。
今日は、
そのような 神様の御心の道がはっきりわからず 苦しかった心を
手術を受ける決断に至った あるメッセージを記したいと思います。
北海道の牧師 水谷惠信師のメッセージの一部です。
『アビタの聖テレサは病気だった。 修道院としての務めを果たせなかった歳月があった。
彼女は 愛 を通して 神 を個人的に知ることになった。
愛 による神秘的な結合によって 病床の中で 神 を知る体験をしたんです。
1550年です。 彼女の病気は癒されませんでした。
彼女は病気を引き受けながら 神を愛する ということを生涯にわたって証ししていきました。
つまり 私達は 健康・長寿が無条件に幸福と思い、
病気・短命が無条件に不幸と思うのではなく、
いかなる人生であっても、
その人生を用いて 神の愛の表現体、神の愛の証し人としての生涯を送ることが
求められているんだ ということなんです・・・』
このメッセージは、心臓の手術を終え、このように日々生かされている中で、
今まで何度も思い起こされてきた言葉です。
この身体を通して、
そして、この地上で生かされる時間を通して、
神の愛の表現体、神の愛の証し人としての生涯を送ることが求められているんだ
と思うのです。
つたない文を読んでくださって本当に有り難うございます。
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