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ちょっと前の話になるけれど、3月25日に地震の少ない石川県を襲った能登半島地震が発生しました。 大きく被害を受けた場所は輪島市、輪島市門前地区、穴水町です。 〜先日のYahoo!ニュースより〜 輪島「門前町は元に戻らない」、能登半島地震1週間 高齢化が進む過疎地域に大きなつめ跡を残した能登半島地震から31日で1週間。石川県輪島市門前町地区(旧門前町)の中心商店街では、160年にわたって続く造り酒屋の酒蔵が崩れ、のれんを下ろす。 化粧品店も、時計店も傾き、崩れた商品がいたる所に散乱。避難した住民の中にも、親族などを頼って市外へ移ろうと考えている人がいる。「もうこの町は元には戻らない」。住民らからは焦りの声も聞かれる。 輪島市門前町走出の「総持寺通り商店街」。1845年(弘化2年)創業の造り酒屋「沢田酒造」の酒蔵は天井が落ち、母屋の柱も壁も大きく傾いた。 「多額の借金を背負って再建しても先行きが見えない」と、13代目の沢田礼(あつし)さん(70)は、肩を落とす。 一時は10人近い従業員を雇い、清酒は県内の品評会で何度も金賞を受けた。商売が細ってきたため、桑の実で造ったリキュールのインターネット販売、居酒屋経営など新たな事業も考えていた。 しかし、地震ですべてがひっくり返った。親族のいる金沢市か東京へ転居するつもりだ。「先祖代々の店を、こんな形で閉めるとは」。沢田さんは悔しそうにつぶやいた。 この記事を読んで、いてもたってもいられなくなり、門前町へ行ってきました。 沢田酒造店といえば“またたび酒”で有名な酒造店。 能登の道を走っていると“またたび酒”の看板を目にすることがしばしばあります。 また、上記にもあるとおり日本酒の“白鳳”は評価の高いお酒。 歴史があり、今後の発展を目指していた酒蔵がこのような形で店を閉めるなんて非常に残念なことです。 蔵の天井は崩れ落ち、緑色のタンクがむき出しになっていて、お店の建物も傾いていました。 また、門前町では全壊した家屋も多く、メディアの報道で見るよりも事態は深刻でした。たくさんのボランティアの方々が駆けつけ、人手は足りているようですが、町の人のほとんどが高齢者で、今後が心配です。今日も朝から気温が低く、肉体的にも精神的にもつらい状態が続くことと思います。 僕はただ町の状況を見て歩くだけになってしまったけど、実際に見て、この地震の被害の大きさを一人でも多くの人に伝えたいと思いました。ボランティアに駆けつけた人の中には新潟や神戸で被災した方もいて、実際に被災した方の協力は非常にありがたい事だと思いました。 まだまだ余震が続くことと思うけど、これ以上被害が拡大しない事といち早い復興をお祈りいたします。
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能登地方でも被害地震が発生していることは歴史記録上に残されている。
「最新版 日本被害地震総覧」によると、記録上最も古くかつ規模の大きな地震は1729年8月1日の地震(M6.6〜7.0)であり、珠洲郡、鳳至郡で5人の死者の他、多くの家屋の倒壊や山崩れがあった。
1892年の富来沖の地震(M6.4、1933年の七尾の地震(M6.0)がある。
珠洲市の沖合で1993年に能登半島沖地震(M6.6)が発生し、石川、富山、新潟の3県で被害が報告されている。石川県内では、珠洲市を中心に負傷者29 人、住宅全壊1棟、半壊20棟、一部破損4棟などの被害が生じ、液状化も生じている。
能登半島では1833年の羽前・羽後・越後の地震のように遠い海域で起こった地震による津波により100人にのぼる死者を出したこともあり、1983年の日本海中部地震の際にも2mを超える高さの津波が輪島で観測されている。
能登地方では過去100年でM6程度の地震が6回発生しており、被害地震という観点で見れば必ずしも地震活動が低い地域であるとは言えないことが分かる
2018/7/7(土) 午後 3:02 [ 歴史&環境&公徳心ツアー ]