復帰までの『はじめの一歩』

僕のプロフィールはファン限定です!ファン登録宜しくお願いいします!

スポーツ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全22ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

イメージ 1

 バレーボールの北京五輪最終予選兼アジア予選男子大会第6日は7日、東京体育館で4試合を行い、五輪出場をかけて世界ランク6位のアルゼンチンと対戦した同12位の日本は、3−2(26−28、25−13、25−19、17−25、20−18)で勝って1992年バルセロナ大会以来、4大会ぶり8度目の五輪出場を決めた。

 日本は硬さの見られた第1セットをジュースの末に失ったが、第2セットは山本(パナソニック)のブロックや朝長(堺)のサービスエースで中盤に突き放した。第3セットは中盤の5連続失点で追いつかれたが、途中出場した荻野(サントリー)の強打から4連続得点して奪取した。

 第4セットは相手センターのブロックにつかまり追いつかれたが、最終第5セットでジュースの末にもぎ取った。

 アジア枠での五輪出場を争った豪州、韓国が、ともに3−1で勝ったが、日本が5勝目を挙げたことで、アジア1位が確定した。


下でバレーボール好きの母親が大喜びしています^^

でも、本当に快挙ですね^^

柔道の全日本選手権準々決勝で敗れ、北京五輪代表を逃した井上康生選手(29)=綜合警備保障=が、英国で指導者としての道を歩むことが29日明らかになった。日本オリンピック委員会(JOC)の海外指導者研修制度を利用し、早ければ年内に英国へ渡る。
 大会後の東海大OBらによる打ち上げ会で、井上は「今後は指導者として、人間として成長していけるように頑張る」と語り、現役引退の意向を表明。近日中に正式な引退表明記者会見を開く。
 英国での研修は、既に本人が2年ないし3年の長期滞在を希望している。今年1月に結婚した亜希夫人も「本人の意思に従うだけ」と話し、夫婦そろって新天地で第二の人生のスタートを切る。
 井上の恩師であり、やはり引退後に英国でコーチ研修の道を歩んだ全日本柔道連盟の山下泰裕強化副委員長は「これで康生に一つの区切りがついた。立派だった。後輩たちは康生先輩がやってきたことを一つでも二つでも学んで今後に生かしてほしい」と語った。
 井上は100キロ級時代にシドニー五輪金メダル。世界選手権も1999年から2003年まで3連覇し、体重無差別で争う全日本選手権も01年から03年まで3連覇して柔道界の「3冠」と呼ばれるタイトルをすべて手にした。 

<男子テニス:バミューダ・オープン>◇27日(日本時間28日)◇英領バミューダ
 「テニスの王子様」がまた快挙を達成した。18歳3カ月の錦織圭(18=IMG)が、現役最年少の世界トップ100ランカーになった。決勝で世界116位のビクトル・トロイツキ(22=セルビア)に、2−6、7−5、7−6で逆転勝ち。2月のツアー初優勝に続き、ツアー下部大会も制した。28日発表の世界ランキングは120位から99位まで上昇し、100位以内最年少選手になった。日本男子では96年8月25日まで91位だった松岡修造以来12年ぶり5人目で、最年少記録を更新。北京五輪出場も現実味を帯びてきた。
 昨年10月のプロ転向からわずか半年で、錦織が「トップ100」の壁を突破した。日本人が過去4人しか越えることのできなかった大きな関門を、あっという間にクリアしてみせた。プロ転向前の06年3月20日に1504位で世界ランクに初登場。それからたった2年で1400位以上もランクを駆け上がった。
 今大会はツアー下部大会とはいえ、第1シードは世界58位。出場選手の層の厚さはツアーの中堅規模の大会にも劣らなかった。2月にツアー初優勝している錦織さえもノーシードからの登場だった。初戦からフルセットにもつれ込むなどタフな戦いになったが、見事に5試合を勝ち抜いた。
 決勝ではトロイツキの強力なストロークに手を焼いた。2本のマッチポイントも奪われた。冷静な錦織が珍しくコートでガッツポーズを連発し、自らを奮い立たせた。「ウィンブルドン前にはトップ100に入りたい」という思いが原動力になった。2月のツアー初優勝では「信じられない」を連発したが、今回は「いいプレーができてうれしい。大会スポンサーに感謝しています」と冷静だった。
 28日発表の世界ランクで120位から99位に急上昇した。何よりも世界を驚かせたのは18歳3カ月という若さだった。同73位のドナルド・ヤング(米国)の18歳9カ月を6カ月も上回る最年少トップ100ランカーの誕生だった。もちろん松岡の持つ20歳11カ月の日本人最年少突破記録も大幅に更新してみせた。
 トップ100は一流選手の証しでもある。現在も10代の選手は50位以下に5人しかいない。4大大会本戦に出場できるのは128人。推薦枠や予選枠もあるので、本戦出場が決まるのは104人ほど。100位以内であれば、確実に4大大会の本戦に出場できる。世界トップを目指すプロ選手が、最初に迎える大きな登竜門だった。
 この躍進で北京五輪出場も現実味を帯びてきた。本戦出場可能なラインは70位前後。欠場する選手もいるので、そのラインは下がることが予想される。あと約30位。錦織も「代表はうれしい。出られれば喜んで出たい」と話しており、期限の6月9日までに五輪出場を決める決意だ。
 29日にも凱旋(がいせん)帰国する。昨年10月のAIGオープン以来、約半年ぶりの帰国で、30日にソニーとの所属契約会見に出席する。父清志さんには「日本で早く散髪がしたい」と話していたという。
 5月2日には再び米国に戻る。その後はツアー下部の2大会に出場予定。連続優勝すれば五輪出場はもちろん松岡以来のトップ50入りも見えてくる。錦織がトッププレーヤーへの大きな1歩を踏み出した。

 体重無差別で柔道の日本一を争う全日本選手権は29日、北京五輪男子100キロ超級の日本代表最終選考会を兼ねて、東京・日本武道館で行われた。

 00年シドニー五輪男子100キロ級の金メダリスト、井上康生(綜合警備保障)は、準々決勝で高井洋平(旭化成)に合わせ技で敗れた。終了間際の返し技で「技あり」を取られ、そのまま抑え込まれた。五輪代表は絶望的となり、五輪王者復帰の夢は断たれた。

 高井のほか、連続優勝を狙う鈴木桂治(平成管財)、2年ぶりの優勝がかかる石井慧(国士大)、世界王者の棟田康幸(警視庁)が4強に進出。準決勝で鈴木は高井に一本勝ちして6年連続の決勝に進んだ。石井−棟田の対戦は、両者とも技によるポイントがなかったが、棟田に注意を与えられたため、石井が勝った。決勝は3年連続で、鈴木−石井の顔合わせとなったが、石井が勝って2年ぶり日本一に輝いた。

 北京五輪の100キロ超級代表は大会終了後、全日本柔道連盟強化委員会で決まる

 柔道の全日本選抜体重別選手権最終日は6日、福岡国際センターで行われ、男子100キロ超級で井上康生(綜合警備保障)が優勝した。女子48キロ級で五輪3連覇を目指している谷亮子(トヨタ自動車)は決勝で山岸絵美(三井住友海上)に敗れた。

 井上は準決勝で昨年の世界選手権無差別級王者、棟田康幸(警視庁)に優勢勝ち、決勝では生田秀和(綜合警備保障)に勝った。シドニー五輪男子100キロ級で金メダルを獲得したが、アテネ五輪で惨敗するなど不振が続いていた。29日の全日本選手権で北京五輪出場権獲得に挑む。

全22ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
幕之内一歩
幕之内一歩
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

過去の記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事