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今日はベルリンフィルの日本公演の一般販売の日でした。 ベルリンフィルのチケットはいつもプラチナチケットですが今年はさらに異常な状況です。 題の通り、サントリーホールのチケット2日分はたった2分で完売になっています。 僕が知る中でも3本の指に入る速さです。 結局アクセスする間もなくサントリーホールのラフマニノフの3番をあきらめ川崎のチケットに移行。 なんとかこちらはA席を手に入れました。10時10分でやっと。 yahooのネットオクションでは主催のTDKルートのものが高額で販売されています。 ラトルの公演は最後ですが、このマエストロの人気ではなくベルリンフィルのすごさなのでしょうね。 ベルリンフィルといえば来年の1月小澤さんが振ります。モーツァルトのヴァイオリンコンチェルト第3番。ソリストの名前は出てませんが、間違いなくムターでしょうね。今、名前がないのはきっと日程調整でしょ。 前回のベートーヴェンの時も彼女でしたからね。 メインの曲がモーツァルトのコンチェルト?それはないでしょ。 41番を配置しないのでしょうかね。 最近はもうパンダ並みの天然記念物の状況で熱意をもって小澤さんの演奏が聴きたいと思わなくなりました。 ライフワークはベートーヴェンとモーツァルト(ブラームスは脱落)になってしまいました。悪いことではないのですが、申し訳ないですが、小澤さんのベートーヴェンとモーツァルトはどちらもつまらないのです。 音楽の精神性という話はしませんが、スコアに対して音の再現性だけを追っかけている気がして仕方ないのです。 ベートーヴェンのシンフォニーについて朝比奈隆先生が晩年「自分も若いとき、いろんなことをやってきたけど、今思うのは楽譜に忠実に演奏することが最もよいことに気づかされた」 このマエストロをもって言わしめた言葉です。 朝比奈先生は謙遜を込めておっしゃっていたのだと確信していて、本当に楽譜の再現だけやっているのではなく、楽譜の先にあるものをさらにすかしてみることが指揮者の長い期間の到達点だと僕は思っています。 小澤さんも松本でも水戸でもベートーヴェンをやっていますが、追っかけを続けていた僕にも小澤さんの解釈に対し移動時間とお金までかけて接したいという情熱がわかないのです。 結局、小澤さんはウィーンまで行って身を削って、帯状疱疹まで出す精神状態にさせられ、周りをさんざん振り回したおじいちゃんの80年の到達領域はここだったのかというがっかり感を植え付けてくれています。 それでも1曲目にしょぼいモーツァルトやベートーヴェンを我慢して聞いて(「聴いて」ではない)メインディッシュがあるならともかく、指揮者なしの小品を聴かされたあとの、これはありえないということです。 今頃になって80過ぎてまだ指揮するのはすごいなどという頭の不自由なお客がいますが、ドラティの晩年を知っていますか。また、現在も指揮を続けているブロムシュテットやネーメ・ヤルヴィの音楽をどう感じますか。 音楽は比較するものではないですが、少なくとも古典に対しての完成度は比較になりません。 音楽家としての小澤征爾は絶品だったかもしれないですが、人間としての深み、とりわけ病気後の深みを期待していた自分の思いとは違うところに行ってしまったようです。 来週は松本のチケットの争奪戦ですが、僕は間違いなくルイージのマーラーの9番チケット奪取に参戦します。
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こんばんは、ご無沙汰しております。
小澤さんが振ればそれだけでニュースになる今、たかしさんの小澤さんに対する思いが私と本当に一致していて、ある種の安心感を覚えました。
今度水戸でやる第九も、前半バボラーク指揮で後半は小澤さんってのも、何か釈然としなくて、小澤さんには深い演奏を期待してましたが、全然違う方向に行ってしまいました(T_T)
2017/5/28(日) 午前 2:23
ご無沙汰しています。かろうじてコンサートには行っていますが、最近は寄り道なしです・・
残念ながら、僕にはもう小澤さんをおっかける情熱がなくなりました。もう晩年ですが、1つ1つの作品を丁寧に作り上げるというより、(今まで迷惑をかけたプロモーションの贖罪から)「興行を成功させる」かわいそうな老人になってしまいました。
1公演40分という限度があるならそれなりのやり方があると思いますが、1曲を複数人で振り分けるなんて絶対やってはいけないことです。お客を愚弄するのもいい加減にしてほしいです。
ベルリンフィルがそれでも呼ぶ意義もよくわかりません。
功労者枠ということでしょうか・・・
2017/5/28(日) 午後 1:08