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別に人名ではない。キリスト教徒をさしていうことば、クリスチャン。
でもあえてクリスちゃん。
そもそも初代教会の時代、迫害下でのキリスト教徒への蔑称で「キリストばか」とでも言うのだろうか…
そもそもそんな覚悟を私たちはもっているのだろうか?
では何故「クリスちゃん」?
それは「信仰への甘さ」を感じるから…
教会に属していれば「クリスチャン」なのか?
「○○先生の教会」このことばも嫌い。教会にはちゃんと名前がある。
教会は牧師の所有ではなく神が真の所有者なのだ。
牧師のかばん持ちのような、ご機嫌伺いするような必要はないはず。
説教者、牧会者(神が召された)としての尊敬は必要だけどね。
何か困ったことがあると教会で話を聞いてもらうクリスちゃん。
牧師に祈ってもらい、心を軽くする。それだけじゃだめだよね。
困ったことに立ち向かう勇気を神からもらわないと。
祈ってもらったあとが肝心なのだ。
神様愛していると言いながら、聖書があまり読まないとか祈らないとか…
あなたの愛って何?神の声を、みこころを知りたいと思わないのね?
「クリスちゃん」は子供のことかな?
クリスチャンになる前の子供。
だから…まだ知らなくちゃいけないことがいっぱいある。痛い経験も備えられるのかもしれない。
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