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先日映画に行ったとき、この映画の予告編がありました。
篠原涼子が、かっこよかったです。
ちょうどテレビでも「ハケンの品格」を観ていて、この映画に興味が出ました。
テレビでも再放送を始めたので、録画を始めて、
原作も読んでみたら、これが面白かったのです。
ドラマを4話まで見たところで、映画がはじまったので、観に行きました。
結構期待していました。
最悪のパターンだったと後悔しています。
テレビ版を全部観てから映画に行くか、
または、テレビ版を観ずに映画を観るかです。
ま、そういう状況はともかく、
映画の中身は、taka的には?????????
映画化って無理やりスケールアップすること?
なーんてこと考えてしまいました。
映画とテレビドラマの違いって何なのでしょう?
お金と時間がたくさん使えること。
お客さんを1時間半〜2時間拘束できること。
だから、「ずっと視聴者を捕まえておくこと」を意識することでテレビ番組の場合使われる
「無駄なエネルギー」を使うことなく、
作品のできそのものにエネルギーをつぎ込むことができるということでしょう。
極端な話、途中はだれてても、最後の瞬間に観ている人を満足させられればOKだと思います。
さて、「アンフェア」の場合は、どうだったかというと・・・・・
takaは映画を観ている間中、
「24」と「ダイハード」が頭の隅にチラチラしてました。
そして、ラストシーンで「これから」を考えたら、
「新宿鮫」が浮かんできました。
「アンフェア」は、観ている人の予想を裏切って楽しんでもらおうというのが1番のねらいだと思います。
もちろん、個性的なキャラクターたちの絡みの面白さもあると思いますが。
そうであれば、映画化することで使えるお金と時間を、
「観ている人の予想を裏切る」ということに徹した方向に、お金も時間も使ってほしかったです。
実際には、銃をいっぱい持ち込んで、
話を無理やり大きくすることにそれを使ってしまったという気がします。
ファンの方には大変申し訳ないのですが、
「アンフェア」は、映画になっても「アンフェア」らしさを大事にしてほしかったと
いうのが正直な感想です。
脚本では、病院占拠のとき看護士を殺すシーンと菌に汚染された仲間を「助けに来るから」と、置き去りにするシーンが気になりました。
看護士のシーンでは「何を見られたから殺したのか」が、納得できませんでした。
「え?なぜ?」みたいな。
だって、他の看護士やスタッフ、患者は解放しているのですから。
その看護士もそのまま1階フロアにでも連れて行けばいいのに。
そして、一般人を殺してまで目的を達成する意志のあるリーダーであれば、
仲間に事故が起こったあの場で、汚染された仲間を(苦しませないためにも)
撃ち殺すべきだと思います。
美央を一人ぼっちにするために一人のキャラクターを簡単に殺し、
美央と会話させるために、一人のキャラクター無理やりを生かしたのかなと、
意地悪く考えてしまいました。
好みで言うと
「ハスミ」のようなキャラクターはしぶとく生き残ってほしかったです。
それから、「安藤」と「元主人」を出さなかったのはなぜかなと思います。
(単なるスケジュールの都合だったのでしょうか。)
あの二人がいなかったので、さびしかったです。
最後に、
原作者の秦建日子氏は、劇作家・演出家・作詞家・シナリオライターでもあります。
テレビドラマの脚本も多く手がけられ、舞台の作・演出でも活躍されています。
原作の「推理小説」は、テレビとは違った
「文字を媒体とした小説の面白さ」を目指して書いたと聞いています。
映像の専門家でもある原作者は、この映画を観てどのように感じるのでしょうか。
どちらにしても「原作と映画は別物」というコメントしか出されないと思いますが。
追記 小茂根さんのコメントをもとに↑の部分修正しました。
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見たいなって思ってたけど、ちょっと考えてしまいました。その分チェオクにつぎ込もうかしら。
2007/3/19(月) 午後 5:03
秦建日子って、舞台演出もやってるみたいですね。mixiの誰かの日記に書いてありました。土曜日に、見逃したスペシャルの再放送を録画したんですが、まだ観てないんですよね。これ観ないと、映画にいけないです。
2007/3/19(月) 午後 9:44
いずみさん>あんまりおすすめできませんね。TV版のほうがよくできているかもしれません。(まだ途中なのでなんとも言えませんが。)
2007/3/20(火) 午前 7:47
小茂根さん>ご指摘を受けてちょっと調べてみましたが、何とご本人のブログがありました。舞台の演出、おっしゃられたとおりでした。追記しておきます。ありがとうございました。
2007/3/20(火) 午前 7:53