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ロ短調ミサ曲と言えば時々取り出すのがリリングとオジェーが演奏した1985年のこのディスクだ。
演奏:シュトゥットガルト・バッハ合奏団/ゲヒンゲン聖歌隊
指揮:ヘルムート・リリング
ソプラノ:アーリン・オジェー
アルト:アンネ=ゾフィー・フォン・オッター
テノール:アルド・バルディン
バス:ウォルフガング・シェーネ
リリング(1933〜)はリヒターと並んでモダンオケによるバッハ演奏のスペシャリストとして知られる。リヒターより一回り若い世代ではあるが、リヒターは1926年生まれなので実際は7つしか変わらない。手兵の合唱団ゲヒンゲン聖歌隊(ゲッヒンガー・カントライ、G醇Bchinger Kantorei)を組織したのは1954年なのでリヒターがミュンヘン・バッハ合唱団の指揮者になったのとほぼ同時期だ。牧師の家系に生まれているという点も共通する。
両者ともモダンオケによるバッハ演奏という点でも共通するが、リリングとリヒターは基本的に考え方が異なっていると思う。Wikiによればリヒターは新バッハ全集を「特定の音楽家の主観的判断が優先されている」と批判していたそうで、旧バッハ全集に終生固執した。一方、リリングは新バッハ全集の校訂に積極的に関与し新しい研究成果やオリジナル楽器演奏家の意見をモダン楽器による演奏に積極的に取り入れた。現在は国際バッハ協会会長の要職にある。
新バッハ全集は完璧ではないが多くの点で旧全集より優れていることはもはや誰の目にも疑いがない。リヒターは1981年に急逝してしまうが、生きていれば82歳なので現役で演奏活動をしていても決しておかしくない。しかし私は200人の合唱団と100人のモダンオケによるバッハをリヒターが今どのように演奏するのか全く想像できない。晩年(と言っても54歳だったが)のリヒターは演奏に迷いがあったと言われているが、それは現代的なバッハ演奏とどう折り合いをつけるかという点ではなかったのだろうか?
実は似たような事情のバッハ演奏家がもう一人いる。グレン・グールド(1932〜1982)だ。グールドのバッハはチェンバロ作品の演奏にピアノという響きの豊かな楽器を用いながらも、独特のスタッカート奏法で敢えてピアノの響きを殺すことでチェンバロへの接近を図った独特のものだが、バッハに近づいた部分とかえって遠ざかった部分が半々で存在すると私は思う。
アーノンクールやコレギウムアウレウムなどオリジナル楽器によるバッハは70年代からあったが、リヒターとグールドの死後、その呪縛から解き放たれたかのようにオリジナル楽器が一気に主役の座に躍り出たという事実は注目に値するだろう。まさに歴史の転換点だ。メンゲルベルクのマタイに涙する人は未だにいるのだからリヒターやグールドのバッハに未だ感動する人がいてもおかしくはない。ただしこれらの演奏はあくまでも「リヒターのバッハ」であり「グールドのバッハ」であることを理解した上で聴くべきだと思う。
リヒターが50年代からF=Dやヘフリガーとの録音に恵まれたこともあり、早くから巨匠として扱われていたのと比較して、リリングが国際的に知られるようになったのは70年代からだ。しかもアーノンクールやガーディナーの活躍もあって80年代以降のバッハ演奏は急速にピリオド楽器による演奏が主流になってしまった。このためリリングのようなモダン楽器によるピリオドアプローチというスタイルはすでにやや古い物と見られがちだがリリングはもっと巨匠として尊敬されて良いと思う。
N響の主席オーボエ奏者で、バッハ演奏家としても知られる茂木大輔氏は最も尊敬する指揮者としてリリングとサヴァリッシュの名を挙げた。本人から直接聞いたので間違いない。茂木先生のHPも紹介しておこう。
茂木大輔の家頁
http://www007.upp.so-net.ne.jp/mogijepage/
クラシック演奏家が人の意見を取り入れて解釈を変更することは実際はかなり難しい。リリングのすごいところはモダンオケを使いながらも新しい変化の波を受け止めて消化している点にあると思う。HMVの紹介によるとリリングはこのDVDを含めてロ短調ミサ曲を5回も(1977/1985/1988/1999/2005)録音しているそうだが、初録音でリヒター並みの130分近くかかっていた演奏時間は最新録音では107分まで短くなったそうだ。これはオリジナル楽器による演奏とほぼ変わらない速さであり大変な変容と言えそうだ。
この1985年の演奏でもすでに121分と、1977年盤よりは10分近く速くなっている。冒頭4小節のアダージョを半拍を1拍で振る(4つ振り×2で8つに振る)「倍伸ばし」をやっている点を除けばテンポ的にそれほど大きな違和感はない。オケや合唱も今となってはやや大型だが、かといってギョッとするほど大きいという訳ではない。バッハのスタイルを外していない点がさすがだ。
特にオジェーとフォン・オッターの女声ソロはほぼ理想的と言えるだろう。オジェーの映像はモーツァルトが2点(ショルティとのレクィエムとバーンスタインとの大ミサ曲)残っているがオジェーを見出したリリングとの映像は私が知る限りこれだけだと思う。この映像はLD時代から発売されており、ロ短調ミサの映像は長らくこれ1種類しかなかったと思う。DVD化もされたがすでに廃盤のようで残念だ(リリングのDVDは今ではほとんど手に入らないようだ)。画質はやや年代を感じるが音質はまずまずだ。
ちなみに冒頭4小節のアダージョだが、先日紹介したビラーのDVD(2000)は冒頭で指揮者が映っていないが楽譜通りに振っているように聞こえる。2005年のブロムシュテッとの映像は同じライプツィッヒのオケだが「倍伸ばし」をやっているようだ。実はオリジナル楽器のヤーコブス盤(1992)も「倍伸ばし」をやっているように聞こえる。楽譜を見る限り「倍伸ばし」の根拠はないと思うのだが何か理由があるのだろうか? リリングは新盤でも倍伸ばしをやっているのだろうか、それとも楽譜通りに変更したのだろうか?
http://choralwiki.net/wiki/images/sheet/bach-ms1.pdf
リヒターのミサ曲ロ短調も映像が残されていて、冒頭は倍伸ばしで振っているのが分かる。ちなみにバリトンをプライが歌っていて、今からすればちょっと表現過剰に聞こえるが、リヒターの大編成のモダンスタイルにはこれで合っているのかもしれない。皆さんはどう思われるだろうか?
http://www.youtube.com/results?search_query=richter+bach+mass&search_type=&aq=f
(追記)
リリングは2013年現在も健在でシュトゥツガルトで毎年公開レクチャーコンサートを開いていることが分かった。多くの映像が見られるが私はドイツ語を理解できないのが残念だ。
http://www.youtube.com/results?search_query=Rilling+Stuttgart+Gespr%C3%A4chskonzert&sm=3
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小生はもちろんオペラネタ続きも大歓迎ですが、バッハに戻るのも一興ですね。たかさんのサイトは気分に応じてどこに行っても楽しめ、教えられます。
冒頭4小節は曲の扉空間に、当時の典礼習慣に則って「キリエ」を3回唱える声が響くといった趣旨でしょうから、フレージング的には「キリエ」が自然に3回唱えられるように奏されればよいように思え、そのためには確かに倍伸ばしで振る根拠はないでしょうね。やはりリヒターのようにモロ歌ってしまうより、あまり拍節感が強くなく言葉の韻律に自然に従ったような演奏の方が好みです。リヒターのテンポとフレージングなら棒が間延びするから実務上倍伸ばしにしたくなるのは分かりますが、古楽系のテンポ感ならその理由で倍伸ばしにする必要はなさそうですね。ヤコープスは棒の技術がある人ではないから、団員から「あんたの間延び・余り棒では歌いづらい」と文句が出たとかですかな。
2009/3/7(土) 午前 10:19 [ 助六 ]
あるいは、ヤコープスはとにかく博学多識の人だし、べったりレガートのフレージングに傾きかねないのを嫌って、あえて心持ちボキボキするよう細かく振った可能性もあるかもとも想像します。まあフレージングの柔軟な自然さが保てるなら、団員が歌いやすいようにどちらで振っても良さそうですが。
ヘルヴェッグが先週久し振りに「ロ短調ミサ」やってくれました。パリではここ20年間で多分3回目。相変わらず素晴らしかった。彼は近年19世紀音楽に力を入れ、合唱音楽でも必ずしも説得的でない演奏もあって、私も以前ほどの入れ込みはなくなってたんですが、バッハ合唱音楽の最高峰を手掛ければ依然、例えば最近聴いたユングへーネル(11月)、鈴木雅明氏(1月)のバッハ演奏をはるかに超えるレヴェルと思いました。
2009/3/7(土) 午前 10:20 [ 助六 ]
細部の音色の強烈な表現性、ソプラノが頂上に冠を被せるみたいな合唱の全体的響きの輝かしさ、それでいて響きは絶対にどぎつくならず、各声部が均等に溶け合いどこまでも透明で自然。余計な誇張は皆無で全てが自然にあるべき様に響きながら、響きそのものの表現性が訴えかける力は巨大でしかも高度に求心的で内面的です。こうした離れ業的バランスで合唱の音素材を調合していくこの指揮者の天才的感性と手腕には微塵の衰えもありませんでした。
ユングへーネルとカントゥス・ツェルンは総勢10人の合唱(4S、2A、2T、2B)で、ソリストも団員が兼ねる「ロ短調ミサ」演奏でした(「10人のソリストによる」演奏という言い方も可能でしょうが、実態はちょっと別《笑》)。バッハ時代のライプツィッヒ教会の、ソリストが合唱パートも担当し合唱部分で適宜リピエニストが補強に加わるという演奏習慣に倣ったんでしょう。
2009/3/7(土) 午前 10:21 [ 助六 ]
結果は余り説得的とは言えず、団員はソロ・パートを歌うには決定的に力不足だし、合唱パートも2人では旋律線を凛と引っ張り切れない箇所が出てきます。この編成で透明な結晶体みたいな響きを実現するには、10人全員ソリスト並みの技術と声があってかつ合唱の経験も豊富な人を揃えなければ苦しいなと感じました。
鈴木さんのバッハ録音は仏でも大変評価が高く今回が主兵を率いたパリでの初演奏でしたから、1900席のシャンゼリゼ劇場が7割方埋まり常連客もかなり来てました。ただ小ミサがメインで、プログラムには「Messe en sol mineur」と大書してあったので 「Messe en si mineur」とカン違いして来た一般客も少なくなかった模様。私の率直な印象は、勿論秀演だけど合唱もオケも残念ながら技術的にディスクから想像して期待してたほどではなかったというのが正直なところ。ヴァイオリンやオーボエのソロも技術的にもう一歩の感はちょっと意外でした。
2009/3/7(土) 午前 10:23 [ 助六 ]
リヒターが早めに死んでくれたのでその次のリリングが出てきたのでしょう。僕は彼とゲッヒンガーとこの曲を何回か歌ったことがありますが、もちろんコンサートも行ったことがあります。確かに最近は巨匠的に感動するようになりましたね。モダン楽器使っていても最近の奏法はヴィブラート無しなどの古典の演奏も取り入れていますね。これのCDはソニーから出ているCDにお世話になりました。また最近新録音したとか?とにかくたくさんあるのでいちいち全部聴いていないです。
2009/3/9(月) 午前 7:33 [ 菅野 ]