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デュリュフレの名前が出てきたところでデュリュフレのレクィエムも取り上げておこう。
エレーヌ・プヴィエ(メゾ・ソプラノ)
グザヴィエ・デゥヴィエ(バス)
デュリュフレ=シュヴァリエ(オルガン)
コンセール・ラムルー管弦楽団,
フィリップ・カイヤール合唱団
指揮: デュリュフレ(モーリス)
(1960年頃)
デュリュフレのレクィエムはフォーレのレクィエムを意識した作品で類似した曲の構成をしているが、こじんまりとしたフォーレの作品と比べると、グレゴリオ聖歌を現代風にアレンジした感じのこの作品は宇宙的な広がりを感じさせるスケールの大きいものだ。
フォーレと同様に室内楽版が存在しオルガン伴奏版まであるが、まず室内楽版を作ってからフルオーケストラ版を作ったフォーレとは逆に、デュリュフレの場合はまずフルオケ版を作り、後からオルガン版と室内楽版を作っている。私はこの曲の持つ世界観(などとクリスチャンでない私が軽々しく言ってはいけないのだが)を理解するにはまずはフルオケ版の演奏で聞くべきだと思う。作曲者が自ら指揮してエラートに録音したこの演奏もフルオケ版だ。
この時期のフランスの録音は合唱団の出来が懸念されるが、フィリップ・カイヤール合唱団はこの時期としてはなかなかの健闘で、少なくとも聞き苦しいということはない。デュリュフレ自身がフルネとラムルー管、エリザベート・ブラッスール合唱団の1953年のフォーレのレクィエムの録音にオルガニストとして参加しており、またエリザベート・ブラッスール合唱団は1962年のクリュイタンスの新盤にも参加していることは前回書いた。当時パリでこの手の曲を録音する際はエリザベート・ブラッスール合唱団の起用が一般的だったと予想される。それにも関わらず自作の録音にフィリップ・カイヤール合唱団を起用したのはフルネとのフォーレのレクィエムの録音にデュリュフレ自身が満足していなかったからではないだろうか?
デュリュフレが起用したフィリップ・カイヤール合唱団という合唱団がどこの合唱団なのかはわからなかったが、この合唱団は同時期にフォーレのレクィエムをフレモー指揮モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団と同じエラートに録音しているのが注目される。録音状態から見てフレモーのフォーレはデュリュフレの自作自演の数年前の録音だと推定される。レコード芸術の資料ではフレモーのフォーレが1962年でデュリュフレの自作自演が1959年となっているが恐らく逆なのではないだろうか?
私はフレモーのフォーレのレコードを聞いたデュリュフレがエリザベート・ブラッスール合唱団に替えてフィリップ・カイヤール合唱団をわざわざモンテカルロからパリに呼んでこの録音を行ったような気がしてならない。ひょっとしたらフレモーのフォーレよりデュリュフレの録音の方が先だったかもしれないが、いずれにしてもフィリップ・カイヤール合唱団の起用はデュリュフレの意図だっただろうと思わせるに足りる出来栄えで、まずはこの曲のスタンダードだと言ってよい。録音も決して悪くない。私が持っているのは1995年に出たCDだがこの2001年の再発盤もすでに生産中止で店頭流通分が最後のようだ。今のうちに入手されることをお勧めする。
このCDは2枚組みでそのフレモーのフォーレ(1960年頃の旧録)もカップリングされている。こちらは少々寝ぼけた音質で、悪い演奏ではないが今となってはお勧めとは言いにくい。しかしピエ・イエズスにボーイ・ソプラノを用いた(恐らく)初めての録音であることは注目に値する。大げさでない表現と合わせて指揮者の見識を示しているのだろう。
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