こだわりクラシック Since 2007

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モンセラット・カバリエ(トスカ)
ホセ・カレーラス(カヴァラドッシ)
イングヴァル・ヴィクセル(スカルピア)
コヴェントガーデン王立歌劇場
(1979年、東京)
http://jp.youtube.com/results?search_type=&search_query=tosca+1979+tokyo&aq=f

 カーティア・リッチャレッリ(トスカ)
 ホセ・カレーラス(カヴァラドッシ)
 ルッジェーロ・ライモンディ(スカルピア)
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
 録音:1979年9月18日〜23日

助六さんが面白い情報を寄せてくださった。カレーラスは89年出版の自伝の中で先に紹介した東京でのアドリアナの公演をカバリエとの最高の共演として挙げているらしい。そのまま引用させて頂きます。

「(カバリエと共演した)70年12月19日のバルセロナの『ルクレツィア・ボルジア』初日は、私にとっては自分の本当のデビューだった。(…)あれ以来、彼女とは250回以上共演したが、いつも彼女の魅力に圧倒されてしまった。要するに舞台では彼女に恋してしまうのだ。彼女と歌うや否や、我を忘れてしまう。私が共演したあらゆるプリマ・ドンナの中で、彼女は役の人物になりきる点で他を圧していた。この点で彼女は驚くべき存在だ。最良の例は我々が共演した76年東京の「アドリアーナ・ルクヴルール」だろう。この晩の彼女ほど私との共演で完璧に歌った歌手は後にも先にもいない」。

また1幕のラブデュエットではイチャイチャしすぎでカバリエのイヤリングが取れて胸の上に落ちたのをカレーラスが拾ってカバリエに渡したそうだ。私もこのシーンはカレーラスがどこからアクセサリーを持ってきたのだろうとちょっと不思議に思っていのだがそういう状況だったのですね。カバリエがニコニコ笑っていた理由が分かりました。この演奏が9月20日でシモンボッカネグラの初日が23日なのでリッチャレルリは恐らく客席で聞いていただろう。ひょっとするとこのベタベタはリッチャレルリへの当て付けかも?

カレーラスはこの公演の次に79年にコヴェントガーデン王立歌劇場のメンバーとして来日した際もカバリエとトスカを上演している。この公演はテレビでも放送された。私は残念ながら見ていないがユーチューブでかなりの映像を見ることができる。東京での収録だがNHKは当時ハイライトしか放送しなかったそうだ(BBCは全曲を放送した。ユーチューブの映像も英語の字幕が入っているのでBBCの映像だろう)。しかもNHKは全曲のマスターを破棄してしまったようで(あるいはBBCに提供してしまった?)現在NHKのアーカイブにある映像はBBC側に保存してあったテープのコピーだそうだ。
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10001200997910060130041/

カレーラスのリリックな声はヴェルディよりもプッチーニの方が合っていると思う。カレーラスのトスカの正規映像は今のところないのでぜひDVD化してほしいものだ。カバリエのトスカもなかなか素晴らしい。作品のせいかカレーラスとのイチャイチャ度はアドリアナの時ほどではなさそうだ。主導権が女性側にあるのは作品に忠実だ(笑)。

この上演は顔ぶれとしては1976年のレコードと同じ公演だったようだ。このレコードは最近4チャンネルでSACD化されたようだ。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1234021

カバリエとカレーラスは各地でアドリアナを演奏したようだが、トスカもかなり上演したようで80年のニースの公演もユーチューブで見ることができる。
http://jp.youtube.com/results?search_type=&search_query=tosca+1980+nice&aq=f

カバリエは75年に(カラスの代わりに)ディステファノと一緒にトスカを歌いに来日したこともある。この映像もユーチューブで見ることができる。カラスがキャンセルしたので興行的にはボロボロだったようだが演奏としては晩年のカラスより数段良かったのではないだろうか?私はこれまでカバリエをあまり聞いてこなかったがもっと聞いてみよう。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=tosca+1975+yokohama&aq=f

実はこの79年のトスカと全く同じ時期にベルリンでリッチャレルリがカラヤンとトスカを録音していて、カレーラスは東京からベルリンに飛んで東京にとんぼ返りするという離れ業を演じて2人のトスカとの二股愛を見事に成就させている(笑)これは当時のFM雑誌でも話題になっていたので良く覚えている。

こちらのカラヤン盤は私がトスカの全曲を聴いた最初の演奏だ。リッチャレルリのトスカは賛否両論あるようだが私は嫌いではない。カラヤン/BPOの過分にシンフォニックな演奏がイタリアオペラとしては異色だが、BPOとの重すぎるボエームよりは数段良いと思う。作品自体の緊張感がボエームよりも強いからだろう。ただ、2幕の途中で切れてCDを取り替えなければならないひどい面切りが1987年の初CD化以来変わっていない。2幕と3幕は十分1枚に収まるはずだ。ユニバーサルの怠慢は非難されるべきだろう。

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閉じる コメント(18)

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コヴェントガーデン王立歌劇場はコリン・ディヴィスの指揮ですか?このCDのやつは名盤ですね。これ以上のはちょっと思いつきません。あんなへなへなな指揮で凄く良い音を出しますからねえ。彼の音の秘訣はインタビューで「良くオーケストラの音を聴くこと」だそうです。耳が凄く良くてドイツ物以外の自分の理想的な音に持っていくのが得意のようです。

カラヤンも全盛期は凄かったですね。ただ晩年にザルツブルクでやったトスカのORFの生中継はとてもカラヤンとは思われないくらい酷かったです。BPの音をもはやイタリア風に明るく軽くできないのですね。ドイツの重くて暗くて強大な音でしたから歌手の声が気の毒でした。

2009/2/6(金) 午前 2:10 [ 菅野 ]

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そう思い出しました。コヴェントガーデン来日の合間にベルリンにトンボ返りした話はあの時話題になってましたね。当時はパートナーの二股掛けまでは思い至りませんでしたが(笑)。私はカバリエの舞台は80年代後半に「アリアドネ」(!)と「ランス」で接しただけで、時期的にもレパートリー的にも彼女の実力は遂に分からず仕舞いでした。今79年東京のトスカのヴィデオを聴いてみてもやはりピンと来ません。何か他人事みたいと言いますか。逆に75年の東京のトスカは、透明で清楚なニュアンスのある歌唱に聞こえ、興味を引かれました。
リッチャとカラヤンの録音も当時図書館で借りて聴いた記憶がありますが、やはりリッチャは録音でも声の緊張度が高かったような。彼女は82年にベルリンでカラヤン指揮で演奏会形式で「トスカ」を演奏会形式で歌ったようですが、それ以外ではさすがに舞台でトスカ歌ったことは多分ないですよね。

2009/2/7(土) 午後 0:22 [ 助六 ]

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リッチャは82−83年にルイザ、リュー(共にカレーラスと組んで)、さらにヴェレンティーニ=テラーニとのデュオ・リサイタルでの「セミラーミデ」なんかで私に素晴らしい想い出を残してくれましたけど、86年以降は声の衰えがやや辛かった。多くの人が言うように、カラヤンのためにスタジオでトスカやトゥーランドットまで歌った後、80年代後半舞台でもアンナ・ボレーナ、「シェニエ」のマッダレーナ、デズデモーナ、ノルマといった諸役に進出したことと無関係ではない気がします。
ただ個人的には「トスカ」は得手ではないもので、カバリエ、リッチャでも今一つピンと来ないんですが、舞台でもシノーポリやドミンゴ含め、これといった上演に出会った記憶がありません。

2009/2/7(土) 午後 0:23 [ 助六 ]

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75年横浜の「トスカ」でのカラスのキャンセルとカバリエ代役の経緯については、例のカバリエ評伝が、私はカラスの諸評伝でも読んだことがない情報を教えてくれました。74年11月にカラスとのデュオ・リサイタルで日本を巡演したディ・ステーファノはその1年後に是非日本でカラスと「トスカ」を歌いたいと希望し、カラスも75年初めの数ヶ月本気で準備を重ね、パリのシャンゼリゼ劇場を借りてまで(カラスは当時パリ在住で同劇場の監督と懇意だった。)練習していたとのことです。ところがピープル週刊誌「フランス・ディマンシュ」の記者が同劇場に忍び込むことに成功、カラスの声の酷い状態を暴露する記事が出て、カラスは告訴して(死後)勝訴したものの、それを機に完全引退を決意したそうです。日本公演を半年足らず後に控えていたディ・ステーファノはカバリエに頼み込み、カバリエもカラス自身から直接電話で「ピッポのためにも私の替わりに歌ってあげて」と励まされて承諾したとのこと。カバリエはそのためにリセオの「フィガロ」をキャンセルした由。

2009/2/7(土) 午後 0:29 [ 助六 ]

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当時カバリエのトスカは日本でも、カラスの代役だし「ドラマがない」とか評判は芳しくなかったような記憶があるんですが、今ヴィデオを見るとかなり真剣な歌唱であるように思えます。私もカバリエ全盛期の録音は余り知らないもので、聴いてみようかという気になってきました。そう、この日本公演は「マダム・バタフライ世界コンクール実行委員会」を名乗る組織の主催で、当時払い戻しとか巡って一悶着あったような。

2009/2/7(土) 午後 0:30 [ 助六 ]

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>菅野さん
このCDでもイタリアオペラとしてはかなり重いと思いますが82年の演奏会形式はもっと重かったですね。晩年のザルツブルグの演奏は未聴ですがきっとさらに重いのでしょう。確かパヴァロッティが主役だったと思います。

2009/2/7(土) 午後 9:47 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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>カバリエのアリアドネ

カバリエはシュトラウスが好きなようですね。だいぶ前にも紹介したのですが4つの最後の歌の映像がユーチューブに上がっています。この曲は暗譜してほしいですね。たいして歌詞はないのですから...
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=strauss+letzte+lieder+Caballe+1977&aq=f

リッチャは演奏会形式でしかトスカは歌っていないと思います。フレーニもトスカと喋々婦人は録音だけだと思います。

私はトスカは好きなオペラに入っています。強気キャラは嫌いじゃないので(爆)
でも本当に良い演奏というのはなかなかないですね。

2009/2/7(土) 午後 9:57 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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>リッチャのマッダレーナ、デズデモーナ、ノルマ

そういえば東京ドームでのアイーダなんていうのもありましたね。私はパスしましたが(笑)。アバドとの録音もあるし好きな役なのですかねえ? アバド盤は貧血症のアイーダなどという言われ方もされていたと思います。

2009/2/7(土) 午後 11:41 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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晩年のカラヤンザルツブルクの「トスカ」のCDはあまりに酷すぎてないですね。二流指揮者以下です。聴いたのは当時のORFのFMの生放送だけです。バイロイトの録音同様酷いので許可しなかったのでしょう。カラヤンは本来BPの厚く暗い音をイタリア風に変えることのできる数少ない指揮者の一人ですが、これはどの二流指揮者よりも下ですね。とてもカラヤンがやったものとは思えなかったです。カラヤンにしては余りにも酷いので忘れないで今でもはっきり覚えているのですね。

2009/2/8(日) 午後 11:41 [ 菅野 ]

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>カバリエはシュトラウスが好き
56−59年のバーゼル座付き時代にボルクの裏配役でサロメを歌ってからサロメは重要なレパートリーにしてて、すでに68年にラインスドルフ指揮でRCAに録音してるし、77年のバーンスタイン指揮仏国立管とのサロメ幕切れ抜粋はよく知られてますよね。クリソテミス、アラベラ、マーシャリン、アリアドネなども自分では愛着のある役で皆舞台でも歌ってますね。リンクして下さってる「4つの最後の歌」聴いてみましたが、言葉のアーティキュレーションのシマラなさを云々する以前に音色の使い方からしてまるで異質に聞こえました。でも彼女のシュトラウスに対する本心の愛着を思い出すことは、実際歌った時の言葉に対する無頓着さと共に、カバリエが歌に求めていたものを理解するための大きなヒントになりますね。やっぱりシュトラウスは女声を美しく響かせることにかけてはとてつもない名人だったから。
彼女はヴァーグナーも結構歌ってて、60年のスカラ・デビューは「パルジファル」の花の乙女だったし、エリザベートに加え、80年代にはスペインでジークリンデやイゾルデさえ歌ってますね。

2009/2/9(月) 午前 11:06 [ 助六 ]

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ドイツ物で真の好評を得たことはないし、パリでの86年のアリアドネももうかつての声の透明さはないし(力強さは十分でしたが)、言葉の分節が埋没してしまう何か奇妙な歌唱でした。本人は乗り気で演出家マルティノティの長期の練習にもきちんと出てきたそうですが。

>晩年のカラヤンザルツブルクの「トスカ」
88・89年復活祭の演奏ですね。パヴァロッティの他バーストウ、フォンダリといった人達でした。私は当時はカラヤンに興味失ってたので放送も聴きませんでしたが、フォンダリが仏人としては久しぶりにカラヤンに起用されたというので、仏では話題になってましたね。カラヤンのイタ・オペ演奏は、日本やイギリスでは評価が高い70年代終わりの「アイーダ」「ドン・カルロ」でさえ仏では常に評価が冴えません。私は嫌いではありませんが、確かに50年代終わりのカラヤンの録音に比べて、フレージングが何かゴムが伸びたみたいに弛緩し、オケが自己充足的になってる部分はありますね。

2009/2/9(月) 午前 11:07 [ 助六 ]

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>カバリエのイゾルデ

それはすごいですね。抜粋とかコンサート形式ではなくて全曲の舞台ですか?

2009/2/16(月) 午前 1:03 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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>カラヤンの「アイーダ」「ドン・カルロ」

特にドンカルロは名盤として通っていますが、私はBPOの重すぎる音が異質だと思います。ボエームもそうですが。むしろアイーダの方がリリックな主役2人と合わせて個性的な名演だと私は思いますが、これにしてもイタオペとしては変わった表現だと思います。ザルツブルグでVPOと演奏したドンカルロが聴いてみたいものです。

2009/2/16(月) 午前 1:07 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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>カバリエのイゾルデ

リセオで89年にシュナイダー指揮で全曲の舞台上演を歌ってます。共演者もコロ、ファスベンダー、グルンドヘーバー、サルミネンと強力でした。彼女のイゾルデはやはり評判は芳しくなかったような。舞台全曲は、さすがにこれが最初で最後になってしまったようです。

2009/2/16(月) 午後 0:35 [ 助六 ]

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89年のコロ、ファスベンダー、グルンドヘーバー、サルミネンとくればそれはトリスタンの「最高」のキャスティングですね。それにカバリエのイゾルデですか! それはすごすぎる(笑)

2009/2/17(火) 午後 11:12 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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訂正・追加です。
カバリエは89年3月のリセオの後、同年5月にマドリッドのサルスエラ劇場でも(当時レアルは改修中)トリスタン全曲舞台上演を歌っており、指揮、演出(エミリオ・サージ)はリセオと同じ(要確認)だったようで、キャストもコロがR・ヴァーサルに、サルミネンがモルに替わった以外は同じだったとのことです。カバリエには既に80年代初めにロンバール指揮でイゾルデを歌う計画があったようですが、実現したのはバルセロナとマドリッドの2上演だけだった由。
小生、同年5月末にヴィーンでアバド指揮「ランス」を観たんですが、コルテーゼ役に2回目の公演から当初発表にはなかったカバリエが出てきて驚きました。アバドの懇願で参加したんだそうですが、1回目の公演はまだ「トリスタン」が終わっていなかったため参加できなかったんだそうです。カバリエのコルテーゼは「歌」と言うより「話芸」を聞いた感じでしたが(笑)、あれはイゾルデ歌った直後だったというのは初めて知りました。

2009/2/19(木) 午後 1:36 [ 助六 ]

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詳細な情報ありがとうございます。マーガレット・プライスのように録音でしか歌わなかった人もいるのですから、2回も舞台で歌ったと言うことは一応は立派な「イゾルデ歌い」ですね。まあドミンゴもバイロイトで歌っていましたからスペイン人がワーグナーを歌っていけない訳はないのですが、ガツンとくる主張を感じにくいカバリエの歌でイゾルデがどう響いたか興味があるところです。アバドは89年のウイーンの来日公演でもランスをやっていましたね。私はこの頃はロッシーニは関心なかったのでパスしてしまいましたがカバリエも来ていたようです。

2009/2/19(木) 午後 9:41 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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当初予定にはなかったカバリエが5月の公演に出たのは恐らく、この年10月の日本公演にコルテーゼで出演することが後から決まったのでウイーンで予行演習しておく必要が生じたからではないでしょうか? プライのフィガロの時と全く同じ事情ですね。

2009/2/19(木) 午後 11:07 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]


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