こだわりクラシック Since 2007

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トスカ:カバリエ
カヴァラドッシ:ディ・ステファノ
スカルピア:Nicolae Herlea
オケと指揮者は不詳
1975年11月22日 横浜
http://www.youtube.com/watch?v=RedRcrb3pvg
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=tosca+1975+yokohama&aq=f

ディ・ステファノと言えば何といってもまずカヴァラドッシだろう。カラスとのモノラル録音もカラヤンとの再録音もスタンダードとして長く親しまれてきたものだ。1975年のこの公演は今回ユーチューブで始めてみた。確か大手の音楽事務所でなくカラスのファンによる招聘として企画された公演だったと記憶している。以前も紹介したマリア・ディ・ステファノによる「わが敵マリア・カラス」によると、招聘したのは「ナカジマ」氏という個人の方だったようだ。

チケット代は非常に高かったそうで、お目当てのカラスがドタキャンしてしまったためナカジマ氏は財政上の問題を抱えることになったそうだが、日本でカラスのトスカを個人で実現しようという発想と経済力はすごいと思う。ナカジマ氏とはどのような人だったのだろうか? ひょっとして私が大学の頃良くお会いした仙台のナカジマさんだろうか? もしこのブログをご覧になっていたらご連絡を頂きたい。

70年代のカバリエはカラスの後継者として挙げられていた。自分のフィガロの予定をキャンセルしてまで日本へトスカを歌いにきたとは初めて知ったが、「カラスの後継者は自分」という自負があればこそだろう。「わが敵マリア・カラス」によると、カラスはカバリエを意識して(テバルディなどと同様に)手厳しく批判したこと、74年9月にカバリエの希望でディ・ステファノがカバリエとの二重唱をレコードに吹き込むことになりバルセロナへディ・ステファノが行くことにカラスが大変嫉妬したこと、それにも関わらずディ・ステファノがカバリエと録音する曲の練習にカラスが付き合ったことが触れられていて興味深い。

ディ・ステファノはこの公演に非常に乗り気でコスチュームをニコラ・ベノワに発注して新調したそうだ。ユーチューブで見た限りではこの時のディ・ステファノの歌は私が想像していたよりもはるかに上等だ。74年10月の日本・韓国ツアーも含めてこの時期はディ・ステファノがカラスと不倫していた時期に当たる。カラスともう一花咲かせたいという気持ちが強かったのだろう。

74年のカラスとの日本公演はLD時代に日本限定で商品化された。DVD化はされていないと思うがユーチューブでかなり見ることができる。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=callas+tokio&aq=f
1973年のロンドンでのリサイタルの映像も見つけた。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=callas+london+1973&aq=f

この本によれば、カラスがトスカをキャンセルしたのは75年11月に入った公演直前で、「舞台復帰後この時期ほどカラスの声の調子が良いときはなかったので大変驚いた」とある。「フランス・ディマンシュ」の記事が原因で引退したというのは助六さんの書き込みで始めて知った。

このトスカの日本公演終了後、ディ・ステファノのカラスとの不倫はマリア・ディ・ステファノの知るところとなり、結局77年1月にディ・ステファノはカラスと別れる。孤独なカラスは同年9月に(恐らく自ら)亡くなったが、カラスを哀れむディ・ステファノはその後マリア・ディ・ステファノも遠ざけ、2人も結局は離婚する。

ディ・ステファノはケニアで暴漢に襲われ昨年気の毒ななくなり方をしたが、ケニアで誰とどのような生活をしていたのだろうか。

「オペラ」書庫の記事一覧

閉じる コメント(8)

ディ・ステファノ大好きです!
こんな映像があったのですか!
DVD では出ていないのですかね!

2009/2/7(土) 午後 11:56 ひょうたん

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このやろさんこんばんは!
私も予想外に良い演奏なのでびっくりしました。
NHKが放送したようですがNHKイタリアオペラと違って主催がNHKではないし、きちんとした音楽事務所の主催でもなかったようなので権利関係をクリアしてDVD化するのは残念ながらかなり難しいと思います....

2009/2/8(日) 午前 0:33 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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凄い名前ですね(笑)!

こういう演奏者がわからない録音・録画ってここにはかなりありますよ。でも訴えを避けるためにわざと消したのかもしれませんね。録音・録画の状態がよいとその可能性はあります。

2009/2/8(日) 午後 11:44 [ 菅野 ]

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>チケット代は非常に高かったそう
当時中高生の私はもちろん見てませんが、最高席3万円だったと記憶します(要確認)。75年のベーム指揮ヴィーンが最高7000円(これは確か)、翌年のNHKイタリア・オペラが最高1万円(要確認)の頃でした。

>70年代のカバリエはカラスの後継者
カラスは確かに最初ある種のライヴァル意識を抱いたようで、カラスと長く親交があり70年代オランジュ音楽祭の監督を務めた仏批評家ジャック・ブルジョワが、74年にカバリエを招いてオランジュで「ノルマ」を上演した時、TV中継を見たカラスは「あれはノルマじゃない」と電話してきてブルジョワが「あなたの後にだって新しいノルマを試してみなければ」と答えたら、カラスは電話を切ってしまい自分との友情も冷却した話を紹介してたことがありました。但しその後カラスはカバリエに電話を掛け彼女のノルマを賞賛し、カバリエに会ってアドヴァイスを授けたりもしてるそうです。この辺の感情の動きは、特に女性間には十分ありうる気もします。

2009/2/9(月) 午前 11:22 [ 助六 ]

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>「フランス・ディマンシュ」の記事が原因
カラス評伝いくつか見返したら、この75年初めとされるこの話は複数の評伝で言及されてますが、似たようなエピソード(週刊誌騒動+告訴、但し「フランス・ディマンシュ」の名は引かれていない)を76年初めとしている評伝も複数ありました。
日本の「トスカ」公演を控えた75年初めにカラスが彼女の医師らに引退の決意を伝えたのは事実のようですが、その後もう一度復帰を考え、シャンゼリゼ劇場でのエピソードは76年初めで、その週刊誌騒動の結果、76年初めに最終的引退を決意した可能性も否定し切れません。

2009/2/9(月) 午前 11:23 [ 助六 ]

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>70年代のカバリエはカラスの後継者
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昔からたくさんいますね。
今だったらネトレプコかな?

2009/2/9(月) 午後 7:26 [ 菅野 ]

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>「フランス・ディマンシュ」の記事が原因

カラスが日本のトスカを本気で準備していたことは間違いないようですね。ナカジマ氏という方は最終日だけでもカラスが出ることに望みをつないでいたようです。急に引退を決めたのは何か大きな動機があったのでしょうね。

2009/2/16(月) 午前 0:59 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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pul*****さんカバリエとステファノと共演されたとは素晴らしい経験をなされましたね!

2019/9/1(日) 午後 6:59 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]


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