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・ヴェルディ:歌劇『運命の力』全曲
ドン・アルヴァーロ:ホセ・カレーラス
ドンナ・レオノーラ:モンセラート・カバリエ
ドン・カルロ・ディ・ヴァルガス:ピエロ・カプッチッリ
修道院長:ニコライ・ギャウロフ
メリトーネ神父:セスト・ブルスカンティーニ
カラトラーヴァ侯爵:ジョヴァンニ・フォイアーニ
プレツィオシッラ:マリア・ルイザ・ナーヴェ
クルラ:ミラ・ザンラーリ
市長:ジュゼッペ・モレーシ
トラブーコ親方:ピエロ・デ・パルマ
外科医:カルロ・メリチアーニ、ほか
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
ジュゼッペ・パターネ(指揮)
演出:ランベルト・プジェッリ
収録時期:1978年6月18日
収録場所:ミラノ、スカラ座(ライヴ)
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=forza+destino+scala+1978&aq=f
スカラ座で78年に上演されたこの運命の力は、77年のスカラ座のシモン・ボッカネグラやドン・カルロ(いずれもアバド指揮)と同様にカレーラス、カプッチルリ、ギャウロフの揃い踏みだ。79年のザルツブルグのアイーダ(カラヤン指揮)も、録音ではギャウロフがライモンディに代わっているが実際の舞台ではこの3人が出演した(FMで放送された)。
売れっ子のカプッチルリとギャウロフは当然ドミンゴとも共演している。ドミンゴ+カプッチルリ+ギャウロフは72年のアイーダやドン・カルロなど、スカラ座で定番となる黄金トリオだ。録音でもムーティのアイーダやアバドのマクベス、ジュリーニのリゴレットなど名盤は多い。
そのドミンゴ+カプッチルリ+ギャウロフと比べると、カレーラス+カプッチルリ+ギャウロフのトリオはテノールが変わっただけでかなり違う音楽になる。前者の場合はいかにも声の饗宴という感じの熱唱になるが、後者ははるかに叙情的な音楽になる。ある意味「静的」と言ったら語弊があるだろうか?
どちらが良いという問題ではないし、イタオペ本来の表現なら絶対にドミンゴだと思う。しかしカレーラスの歌には、ドラマティックな声でないのにドラマティックな歌で泣かせる独自の美しさがある。違う音楽になるのだ。助六さんの「裏ヴェリズモ」という表現は的を得ている(笑)。
ユーチューブにはドミンゴが1996年にメトで歌った運命の力の映像や、ジャコミーニが1984年に歌った映像(DVD化されている)も上がっているが、これと見比べると私が「違う音楽」と言っている意味が理解して頂けるのではないだろうか。
http://www.youtube.com/results?search_query=forza+destino+met+1996
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=forza+destino+met+1984&aq=f
ただしカレーラスのリリックな音楽が効果的になるのは条件があると私は思っていて、低声の歌手がビシっと決まっていることが必要だと思う。低声が締まらないと音楽そのものが軽くなってしまうからだ。カラヤンもアバドもカレーラスとカプッチルリを組み合わせたがったのはそのためだろう。共演者を選ぶ歌とでも言うべきか?
カプッチルリもそのことを理解しているのか、ドミンゴとの共演とは違う表現に変えているのが素晴らしい。ドミンゴと共演したムーティ盤でのアモナズロは荒ぶる猛者という感じだが、カレーラスと共演したカラヤン盤ではより祖国を思う敗将としての慈悲を感じさせるものになっているように思う。
カプッチルリがなぜスカルピアをレパートリーにしなかったのか私は理由を知らないが、カラヤンはスカルピアにカプッチルリが使えないとなればバリトンではなくバスのライモンディを起用してまでして音楽の重心を下げている。これもカレーラスの声との組み合わせを意識した上でのことだろう。
ライモンディはカラヤンの提案に一瞬ためらったらしいが、結果的にスカルピアはドンジョバンニやメフィストフェレ(ファウスト)と並んでライモンディを代表するレパートリーになった。
(追記)
HARDYから正規DVDがやっと発売された。70年代のスカラ座の映像が正規DVD化されたのは初めてだと思う。イタリアのRAIはテレビのステレオ放送を始めたのが遅かったようで1978年だというのにモノラルだ。画質も同時期のNHKやZDFやORFと比較すると良くない。正直海賊盤よりましだなといった程度だが、それでもこの名演奏は多くの人に聴いてもらいたい。1976年のクライバーのオテロ、1977年のアバドのシモン・ボッカネグラ、1978年のアバドのドン・カルロ、1979年のクライバーのボエームも早く正規DVDを出してほしいものだ。
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>低声の歌手がビシっと決まっていること
なるほどねぇ。確かにカレーラスの脇にブルゾン、当時のヌッチ、ザンカナーロなんかを想定してみると、一挙に屋台骨が崩れる感じがしますね。アバドもカラヤンもその辺を直感的ないし意識的に感じ取っていた可能性はありそうですね。
この78年のカレーラスのアルヴァーロは87年録音のシノーポリ盤での歌唱とは段違いのそれなりの説得力を持ってますね。87年録音ではカレーラスの声が荒れてきてる上に、隣は正にブルゾン(笑)。
アルヴァーロを創唱したのは、元々ロッシーニのオテロを得意にしていたバリテノーレのタンベルリクだけど、ヴェルディはドニゼッティ歌手出身のフラスキーニの歌唱も高く評価していた。2人ともベルカントと剛毅な声の過渡期に位置する人ですし、タンベルリクが高音に限界のあるバリトンっぽい声だったのに対し、フラスキーニは高音の伸びる明るい声だったと言います。ベルゴンツィも名アルヴァーロだったわけだし、カレーラスみたいな歌唱を「本来的アルヴァーロ」ではないと簡単に片付けることは出来ないようですね。
2009/2/21(土) 午後 0:28 [ 助六 ]
カップッチッリは自分でも「シモンを通じて歌唱の内面化を覚えた」と言っているし、70年代前半までは相当声の力を誇示してガンガン飛ばすタイプだったようですが、確かに彼のアモナスロ歌唱の変質はそうした時間的成熟と同時に、前にいるのがドミンゴとカレーラスでは当然感受性ある歌い手なら自然と歌い方が変わってくるという事情は考えられますね。
カップッチッリは、まずヴェルディというのは納得行きますが、ジェラールを十八番にしてたんだから特にヴェリズモ嫌いというわけでもないんでしょう。でも本当にプッチーニは少ないですね。まあ確かに合わない。スカルピア、レスコーはともかくシャープレスやマルチェッロなんかは小生はちょっと想像つかないけど、全く歌ったことないんでしょうかね?
私は87年にスカラでカップッチッリ出演の「外套」を観たことがあります。彼のミケーレは分かりますね。後半はカレーラス出演の「道化師」でしたがカップッチッリは出ませんでした。残念!
2009/2/21(土) 午後 0:29 [ 助六 ]
カレーラスやパヴァロッティが重い役を歌うとやはり無理がきますね。カレーラスの場合、闘病で休んでいた期間があるので声帯をつぶさずにすんだという側面もあるかもしれません。でも87年にカニオを歌っていたのですか。それは驚きです。この役を舞台で歌ったのは90年代に入ってからかと思っていました。どうでしたか?
カレーラスとカプッチルリは90年にウイーンでポネル演出の舞台に出ていますが、カレーラスは浮きまくっているように見えるのですが?(笑)
http://jp.youtube.com/watch?v=WovyCXPEWXc&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=wJ9rQeQZhx4
カプッチルリの外套もお聞きになったのですね。うらやましい! 彼のプッチーニは少ないですが、初日だけですがクライバーのボエームは珍しくマルチェルロを歌ったようです。テレビ中継が初日でないので記録に残っていなくて残念です。
2009/2/21(土) 午後 6:20 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
87年のカレーラスのカニオは、彼の持てる声の範囲で巧みで立派な歌唱だったと思います。
彼は結構早くから重い役に進出していて、小生は83年にヴィーンでシャーイの指揮でシェニエを聴いたことがありました。こちらはかなり小粒でパッとしなかったですね。
2009/2/22(日) 午後 1:27 [ 助六 ]
カレーラスが70年代にカニオの録音をした時は「舞台で歌うことは多分ないと思う」と話していたのですが翻意した理由は何なのでしょうかねえ? シェニエは83年のスカラ座でも歌っていますね。85年のカプッチルリとの再演がLD、DVDで出ています。カニオよりは数段合っていると私は思うのですが、83年はまだ早かったのかも。
2009/2/22(日) 午後 5:47 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
カレーラスがカニオを初めて舞台で歌ったのは86年にマドリッドでとのことでネッダはトコディ、カレーラスによると彼女は「理想的パートナー」「理想的ヴェリズモ歌い」でカレーラスも大ノリだっただったそうです。
彼の気になる役のデビュー年をメモしておきます。
ドン・カルロ4幕版 72年 トゥールーズ
同5幕版 77年 スカラ
アルヴァーロ 78年 スカラ
シェニエ 79年 リセオ
ラダメス 79年 ザルツブルク
この「運命の力」スカラ公演はカレーラスの役デビューだったんですね。
2009/2/26(木) 午前 11:16 [ 助六 ]
>カプッチルリもそのことを理解しているのか、ドミンゴとの共演とは違う表現に変えている
この点についてはカレーラスが自伝で面白いことを言ってるのでご紹介します。
「共演者同士の共振が聴衆を感動させ劇場を興奮の坩堝に巻き込むような理想的状況はめったに起こるものではない。78年「運命の力」スカラ上演でのアルヴァーロで、私はこうした至上の瞬間を経験した。カップッチッリは敵役として望む限り最高の歌い手だった。全てが私が望む通りに、望む瞬間に湧き出し、彼の歌う全てのフレーズは正しく私が望んだ瞬間に発せられ、私も正確にフレーズを返すことができた。徹頭徹尾正確なキャッチボールが続き、最大の結果を生み出したのだ。アーティストにとって夢のような出来栄えだった。パートナーが次の瞬間に何をしたいか直感的に感じ取ることが出来れば、正確な返唱を行うことが可能になるのだ。その場合全てがあるべき様に自然に進んで行く。歌唱におけるこうした掛け合いは学んだり練習したり出来るものではない。歌手やその晩の雰囲気からひとりでに起こるものだ。奇妙なことだが、こうした共振は恋人役同士より敵役同士での方が容易だ」。
2009/2/26(木) 午前 11:20 [ 助六 ]
たかさんの聞き取られた通りのようですね。敵役での方が特別な高揚が起こりやすいというのは、言われてみれば分かりますね。
カバリエのマネージャーは兄(弟)のカルロス・カバリエが務めてたそうですが、カレーラスをカバリエの共演者として70年リセオの「ノルマ」に起用し、カレーラスのマネージャーになったのもこのカルロスだったそうです。カレーラスは最初からマネージメント面でも「カバリエ閥」だったんですね。
2009/2/26(木) 午前 11:21 [ 助六 ]
貴重な情報をありがとうございます。カレーラスとカプッチルリは相性が良いように思っていたのですが、カレーラスもそう思っていたのですね。カプッチルリファンクラブの私としてはうれしいコメントです。この運命の力も正規商品化されないかなあ。カレーラスは共演者の反応やその日のノリを結構敏感に感じてしまう歌手なのではないでしょうか? ドミンゴがいつでもマイペースでオールマイティなあわせ上手なのとはだいぶ方向性が違うように思います。
2009/2/26(木) 午後 10:26 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
助六さん
スカラ座の運命の力がHARDYからDVD化されました!
画質はそれなりだし音はモノラルですが、それでもうれしいです。
クライバーのオテロとボエームもそろそろですかね。イタリアの法律に詳しくありませんが恐らく30年経てば隣接著作権は消滅するので権利処理はしやすくなるのではないでしょうか。
2011/5/7(土) 午後 7:01 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
うわっ!
戦後のスカラ第2の黄金期だった70年代アバド時代、覇気では頂点だった80年前後のクライバーの記録は、ぜひ最良の状態で保存したいもんですね。
2011/5/8(日) 午前 7:38 [ 助六 ]