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サヴァリッシュ特集が続きます(笑)
・ワーグナー:歌劇『さまよえるオランダ人』全曲
オランダ人:フランツ・クラス
ゼンタ:アニヤ・シリヤ
ダーラント:ヨーゼフ・グラインドル
エリック:フリッツ・ウール
マリー:レス・フィッシャー
舵取り:ゲオルク・パスクダ
バイロイト祝祭合唱団
合唱指揮:ヴィルヘルム・ピッツ
バイロイト祝祭管弦楽団
指揮:ヴォルフガング・サヴァリッシュ
録音:1961年7月、8月(ステレオ)
演出 ヘニング・フォン・ギールケ
舞台美術 ヘニング・フォン・ギールケ
指揮者 ヴォルフガング・サヴァリッシュ
オーケストラ バイエルン国立歌劇場管弦楽団
合唱 バイエルン国立歌劇場合唱団
合唱指揮 エドゥアルト・アシモント
オランダ人 ロバート・ヘイル
ダーラント ヤッコ・リヘネン
ゼンタ ユリア・ヴァラディ
エリック ペーター・ザイフェルト
マリー アニー・シュレム
舵取り ウルリヒ・レス
録音年月日 1991年3月25日、28日
録音場所 バイエルン国立歌劇場
EMI TOLW3659〜60
ドナルド・マッキンタイア(オランダ人)
カタリナ・リゲンツァ(ゼンタ)
ベングト・ルンドグレン(ダーラント)
ヘルマン・ヴィンクラー(エリック)
ルート・ヘッセ(マリー)
ハラルド・エク(舵手)
バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)
演出・映像監督:ヴァーツラフ・カシュリーク
装置・衣装:ゲルト・クラウス
装置:ヘルベルト・シュトラーベル
衣装:ヘルガ・ピノフ
収録:1974年、バイエルン・スタジオ、ミュンヘン
オランダ人は1841年の初稿完成後に何度か手が加えられたため違う版の演奏が存在する。舞台がスコットランドからノルウェーに変わったとか、オーケストレーションの変更(「オフィクレイド」と言う金管をチューバに代替)など小さい改訂を含めると違いは何か所もある。そのあたりの話はブルーノ・ワイルの初稿盤の日本語版解説で舟木氏が詳しく書かれているが、はっきり分かる大きな違いは次の3点だ。
ポイント1.序曲の終結部と全曲の幕切れに「救済のモチーフ」があるかないか。
初稿には救済のモチーフはなく1860年に序曲を改訂した際に初めて入れられた。
ポイント2.ゼンタのバラードがイ短調かト短調か。
初稿はイ短調だが初演時に歌手が歌えなかったためト短調に下げられた。出版譜もそれを踏襲している(大変残念なことに!)。
ポイント3.全曲をつなげて1幕物として演奏するか、3幕仕立てに切って演奏するか。
1843年のドレスデンでの初演に際して際に3幕に切って2幕と3幕に序奏をつける改訂版が作成された。しかし現在では初稿通り1幕物として切れ目なく演奏するのが普通。
カラヤン盤など一般的には「救済のモチーフあり」→「バラードはト短調」→「1幕物」で演奏するケースが多いが、このサヴァリッシュのバイロイト盤は「救済のモチーフなし」→「バラードはイ短調」→「3幕仕立て(ただし2幕と3幕の序奏なし)」という通常とはかなり異なるバージョンで演奏している。
ゼンタのバラードは絶対にイ短調で歌うべきだと私は思う。直前の糸紡ぎの歌がイ長調だからだ。イ長調からイ短調に、明から暗へ「スパっ」と切り替わるからドラマティックなのであって、ここがト短調だと非常にぼやけた印象になってしまう。
サヴァリッシュのバイロイト盤は長い間イ短調のゼンタのバラードが聞ける唯一の演奏だった。アニヤ・シリアの鮮烈なバイロイトデビューでもあったこのゼンタが非常にカッコよく聞こえるのは、実はバラードの調性が違うせいでもあったのだ(この事実に私が気がついたのは後年にカラヤン盤や同じシリアのクレンペラー盤と聞き比べてからだが)。
ゼンタという霊感的で少しクレイジーでヒステリックな役にはイ短調というちょっと危うい調性とシリアの強靭な声が実にピッタリくる。バイロイトでは1959年に同じ指揮と演出でリザネックがゼンタを歌っているが、そこではト短調で歌っている。原調のイ短調のバラードはシリアだからこそ実現したのだ。(これについては別記事にしたので参照されたい)。
2番目は、そのサヴァリッシュが91年にギールケの演出で演奏したレーザーディスクの映像だ。これは翌92年にほぼ同じキャストで日本でも上演された。この際は「救済のモチーフあり」→「バラードはト短調」→「1幕物」の一般的な演奏スタイルになってしまった。この年の日本公演の最後を飾ったのがこのオランダ人で、サヴァリッシュがミュンヘンオペラを指揮したのもこれが最後だったようだ。私も東京文化会館に見に行った。(奇しくもクライバーが最後にオペラを指揮したのも東京文化会館でこの翌年1993年のばらの騎士だった)
この92年の来日時の演奏は手堅いいい演奏だとは思ったが、バイロイト盤のようなスリルはなかったように思う。91年の映像は舞台で撮影されたものだが収録は89年の指輪の映像のようなビデオ撮りではなくフィルム撮りだ。ビデオへのコンバートの状態が良くなかったのか画質的には今一つだ。全体としてインパクトが少々弱いのはそのせいかもしれない。この映像は現在のところ幻の映像となってしまっているようだが、質の良いニューマスターでDVD化されれば違う印象を持つかもしれない。
さて3つ目は最近初めてDVD化された74年のユニテルの映像だが、これは舞台の収録ではなくフィルム映画としてスタジオ収録されたものだ。この映画は80年前後に東京・赤坂のドイツ文化会館で上映されていた。どういうバージョンで演奏しているのか興味津々だったがまさに期待に応えてくれた。
結論からいうと「救済のモチーフなし」→「バラードはイ短調」→「1幕物」という構成だ。ワイルの1841年初稿版と同じバージョンかどうかは細かいところを聞き比べてみないと判断できないが、初稿版にかなり近い構成を採用していることは間違いない。ゼンタのバラードをイ短調で歌ったのはワイルの初稿盤を除けばシリアのバイロイト盤以来の快挙だ。この頃のリゲンツァはまだややリリックだったので、後年のブリュンヒルデのような貫禄はないが、私はこの果敢な挑戦をもろ手を上げて絶賛したい。
映像的には画質は十分きれいだが、カラヤンのラインの黄金の同様に映画でリアルに撮ろうとすればするほどリアルでなくなってしまうような気がする。幽霊船の船員はコミカルにすら見えてしまう。ワーグナーを映画化するのは難しい。椿姫やオテロ、ボエーム、トスカなどは映画が何種類も作成されているが状況はかなり異なる。
それでも、この74年の映像はサヴァリッシュのオランダ人の一つの結論として推奨したい。また、なぜ90年代に普通のバージョンに戻してしまったのかもぜひマエストロに聞いてみたいところだ。オランダ人はマッキンタイアが歌っており、この歌手がサヴァリッシュのお気に入りの一人だったことがうかがえる。ちなみに序曲の最中にサヴァリッシュ自身が映像に全く出てこないのは74年の映像も91年の映像も共通している。コンセプトなのだろうが私は残念だ。ユーチューブには74年の映像も91年の映像も見当たらなかった。
(追記)
ボーカルスコアはIMSLPを参照。シャーマー版(シルマー版)がアップされているが序曲も幕切れも救済はない。バラードはト短調で序奏付の3幕版だ。
http://imslp.org/wiki/Category:Wagner,_Richard
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いや〜、いつもながら勉強させて頂きました。
「オランダ人」は昔、図書館からLP借りて、まずベーム盤、次いでサヴァリッシュのバイロイト録音で聴きました。
以来「あの若いシリアは特別」と思い続けてきましたが、ドレスデン初演時に「バラード」は下げられたというのをどこかで読んで「もしかして」と思ったもののそのままになってました。情報ありがとうございます。眼からウロコとはこのこと。知らずに死なないでよかった(笑)。
サヴァリッシュが59−61年バイロイトで初稿に従った選択は、「救済」なしのヴァージョン(「救済」が付加されたのは何と漸く1860年だそうですね。)がバイロイトで演奏されたのは、この時が初めてだったと言うし、恐らくこの上演を全面的に掌握してたヴィーラントの意志だろうと想像してましたが、この機会に調べてみたら、幕切れの演出はゼンタが暗闇に消え、オランダ人は舞台上で事切れるというものだった由。
2009/12/31(木) 午前 7:31 [ 助六 ]
ヴィーラントにとっては、サヴァリッシュはベームと共にその新即物主義的演奏スタイル故に、深遠模糊たる「魔性的ドイツ」を毒抜きし得る「ラテン的」演奏家と意識されていたようですし、シリアは、彼女自身がしばらく前TVインタヴューで語ってましたが、ヴィーラントとは愛人関係でそれ故、ヴィーラントの死後ヴァーグナー家によってバイロイトから「追放」された形だったそうですから、この「オランダ人」はヴィーラントにとって大切な演奏陣を集めたものだったんでしょう。
サヴァリッシュの「オランダ人」は82年末‐83年初頭にミュンヘンでの上演を2晩見たことがありましたが、残念ながらオケに関しては気の抜けたルーティーンなレパートリー演奏で、ワクワクしながら初めてミュンヘン・オペラに足を踏み入れた私は拍子抜けしたのを憶えてます。81年にプレミエを迎えたばかりのキャリア初期のヴェルニッケ演出で勿論1幕仕立て、救済のモチーフなしのヴァージョンだったと思いますが、バラードの調性には注意すべくもありませんでした。
2009/12/31(木) 午前 7:33 [ 助六 ]
シェンク演出が多くレンネルト演出さえ残っていて、保守的演出の牙城とされていた当時のミュンヘンでは、晴天の霹靂的プロダクションでした。
ゼンタは1晩目が当時まだ駆け出しのハース、2晩目がリゲンツァで、リゲンツァは声、表現力、スケールのすべてでハースの丸ごと倍という感じでした。51歳で潔くキッパリ引退してしまったリゲンツァの歌唱に私が接することができたのはこの時一度だけで、やはり是非あの声でイゾルデやブリュンヒルデを聴いてみたかったです。ハースさえその後ガンで早く亡くなってしまったし、ヴェルニッケまで50台で急死し、文字通り「救済なき」上演になってしまいました。
サヴァリッシュが初版を採用したのは59年はヴィーラントの選択に従ったと想像しますが、81年ミュンヘンでは若いヴェルニッケに従う必要はなかったでしょう。90年代通常版に戻ったのは、通常版もヴァーグナーの意図を体現していて価値があると考えたからではと想像しますが、同なんでしょう。直接伺ってみたいですね。
2009/12/31(木) 午前 7:34 [ 助六 ]
助六さん、こちらこそいつもながら貴重な情報をありがとうございます。
通常用いられる慣用版はワーグナーの没後にワインガルトナーが編集したものだそうで、1860年の序曲の改訂版に合わせて幕切れに救済のモチーフを入れるのはワインガルトナーの編曲だったようですね。ワーグナー自身によるそういうバージョンは存在しないようです。
リゲンツァのゼンタを見られたのですね。うらやましい! 1992年の演奏が慣用版だったので1961年のバイロイト盤の特殊なバージョンはヴィーラントの意向によるものだと私も思っていたのですが、ヴェルニッケ演出でも救済なしで演奏していたのであればサヴァリッシュも80年代までは初稿を支持していたことになりますね。ゼンタがリゲンツァであればイ短調で歌った可能性が高いのではないでしょうか?
イ短調で「ラ」の音を張り上げるとト短調で「ソ」の音を張り上げるよりも緊張感(というか狂気度)がワンランクグレードアップするような気がします(上記のボーカルスコアの2幕23ページ、PDFのページ数では99)。
2009/12/31(木) 午後 0:37 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
慣用版でも糸紡ぎの歌はイ長調のままで移調されていないので、実はゼンタが登場したところでハミングで歌う4小節はイ短調のままです(ボーカルスコアの2幕12ページ、PDFの88ページ)。私はゼンタのバラードを歌えませんが(笑)、一度イ短調でとったフレーズをト短調で取り直すのは歌手にとっては面倒なはずなのでバラードはイ短調で歌った方が本当は歌いやすいはずです。
ヴィーラント没後のバイロイトでは70年代に救済つきの慣用版に戻ってしまいましたが、79年のクプファー演出で救済なしが復活しましたがイ短調バラードは復活しませんでした。ゼンタのバラードは今後はイ短調で歌ってほしいものです。
2009/12/31(木) 午後 0:37 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
エッ、幕切れに「救済」を加えたのはヴァーグナーじゃなかったんですか。ちょっとした衝撃。
まあヴァーグナーは1880年代でさえ、「オランダ人」再改訂の意志を持ち続けいたようですから、作曲家の最終的意図が何であったのか色々な憶測が可能ではありますが、事実的にも理念的にも「開かれた作品」だということをもう一度思い起こすことが必要そうですね。
ドーヴァーで簡単に入手できるスコアはヴァインガルトナー校訂版のようですけど、1896年の日付がありますね。ヴァインガルトナーはマーラー世代だし、現行演奏慣行の成立はやはりかなり遅いということになりそうですね。
2010/1/10(日) 午前 11:25 [ 助六 ]
ヴァイル盤の解説には「1860年の序曲の改訂以降、この終結がオペラ全曲上演にも適用されるようになり」とあるのですが、これがワーグナーの生前のことなのか、没後のことなのかはっきりしません。ですので救済を幕切れにも加えるアレンジを最初に実行したのがワインガルトナーかどうかは分かりませんが、少なくとも最初に楽譜の形にしたのはワインガルトナーであることは間違いないようです。ワーグナーが残した楽譜通りなら救済なしになります。慣用版による演奏は「ワインガルトナー版による」と書く必要がありますね。ワーグナーは生前1864年と1880年に再演しているのでこのときの幕切れに救済があったのかどうか知りたいですね。3幕だったのか1幕だったのかも知りたいです。ワーグナーが演奏につかっていた総譜は残っていないそうですがオケ譜だけでも残っていないものでしょうか?
2010/1/10(日) 午後 10:52 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
思うに救済を入れると音楽が長くなり間をもたせるのは演出上結構大変なように思います。序曲のみワーグナーが改訂した通りに救済をいれ、幕切れは楽譜通り救済なしという上演も考えられるかもしれません。もし演出上十分可能な場合は、逆に序曲を救済なしにして幕切れで救済を入れる編曲もありかも? 長い救済を2回聞かされるのはくどいからです。
2010/1/10(日) 午後 10:58 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]