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London, George (Bass Baritone),
Greindl, Josef (Bass),
Rysanek, Leonie (Soprano),
Uhl, Fritz (Tenor),
Fischer, Res (Mezzo Soprano),
Paskuda, Georg (Tenor)
Sawallisch, Wolfgang,
Bayreuth Festival Orchestra, Bayreuth Festival Chorus
1959, Bayreuth Festival Hall, Germany [Live]
http://www.youtube.com/watch?v=WKJEECPsDHI
下記サイトに試聴あり
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1614538
オランダ人:フランツ・クラス
ゼンタ:アニヤ・シリヤ
ダーラント:ヨーゼフ・グラインドル
エリック:フリッツ・ウール
マリー:レス・フィッシャー
舵取り:ゲオルク・パスクダ
バイロイト祝祭合唱団
合唱指揮:ヴィルヘルム・ピッツ
バイロイト祝祭管弦楽団
指揮:ヴォルフガング・サヴァリッシュ
録音:1961年7月、8月(ステレオ)
1955年のウォルフガング・ワーグナー演出のオランダ人の4年後の1959年にはウィーラント・ワーグナーがオランダ人の演出をしている。シリアがゼンタを歌った1961年の演奏は、ゼンタのバラードがイ短調で歌われているなど通常とは変わったバージョンを使用していることは以前も書いたが、シリアがゼンタを歌ったのは1960年からだ。サヴァリッシュがバイロイトにデビューしリザネクがゼンタを歌った1959年の初演時はバラードの調はどうだったのか確認してみることにした。もちろんリザネクのゼンタを聞きたいという気持ちもあるが、それだけであれば1959年のバイロイトと主役4人同じ配役でドラティがデッカに録音した盤もあるのでそちらの方が条件が良いだろう。
結果は......意外なことにト短調だったのだ。バラードを初稿のイ短調に戻すというアイディアをウィーラントは1959年の段階では実行しなかったのだ。救済のモチーフなしで、序奏なしの3幕版という点は1961年の演奏と一緒だ。
未出版のオランダ人の初稿を見ることができた(つまりゼンタのバラードが本当はイ短調で書かれていたことを知っていた)人間はこの時点ではウィーラント&ウォルフガング・ワーグナー兄弟だけだったはずだ。ウィーラントはシリアをゼンタに得て初めてシリアの強靭な声であればこの曲をオリジナルのイ短調で歌えることに気がついたのだ。ワーグナーは1843年の初演でト短調に下げて以降1841年の初稿を引き下げてしまったようなのでイ短調のバラードを作曲から約120年後に世界初演、創唱したのはアニヤ・シリアだと考えて間違いないだろう。すごい! すごすぎる!
指揮者のサヴァリッシュもこの時点で未出版の初稿を確認したはずであり、そのことがサヴァリッシュが1975年のミュンヘンでの映画で救済のモチーフなしでイ短調バラードの版を採用したことにつながっているに違いない。リザネクのゼンタも決して悪くないが、肉太系ならば前任のヴァルナイに分がありそうだ。
私がLP時代に初めて聞いたオランダ人がこのシリアの演奏だという刷り込みもあるのは事実だが、サヴァリッシュ盤のシリアは凄いということを改めて確認できた。シリアにはクレンペラー盤もあって世評は高いが、シリアの勢いのあるゼンタにはサヴァリッシュの指揮とイ短調のバラードが合っていると思う。
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そうでしたか。これは重要な事実ですね。
リザネクは中域に重点のある声だったから、原調はどうかなとは思いましたが、ヴィーラントの「オランダ人」の基礎が確立したのは60年で、それにはシリアの参加が決定的な役割を果たしたことが音楽面からも確認されたのが大変貴重ですね。
ヴィーラントの「オランダ人」演出は視覚面でも60年の舞台がプロトタイプとなり、バイロイトでは61年と65年に再演されますが、65年に3幕でオランダ人船員が舞台上に現われるようになった意外は60年の舞台から本質的変更はなかったとのことです。
彼の「オランダ人」演出はその他、61年シュトゥットガルト、62年コペンハーゲン、65年ジュネーヴ、66年ハンブルクでも上演されてますが、すべてバイロイト60年版の繰り返しだったようです。ゼンタは誰が歌い、バラードの扱いはどうしたのか気になりますね。歌手の能力に合わせてプラグマティックな選択をしていたのではと想像しますが。
2010/4/10(土) 午前 8:40 [ 助六 ]
A.-K. ベーンケ(98年にバスティーユで中々優れたルルを聞いたことがあります)が両版を歌ってるヴィデオがありました。
モスクワのはイ短調に聞こえるけど、「a-flat」?
ttp://www.anna-katharina-behnke.com/7-0-Video.html
2010/4/10(土) 午前 8:41 [ 助六 ]
確かシリヤはシュトゥッツガルトとハンブルクの舞台には立っていたと思うのでシリヤが歌った可能性も高いと思いますが、コベンハーゲンとジュネーブは誰だったのでしょうかねえ?
ベーンケは有料サイトでしょうか? パスワードを聞かれて見られませんでした。
2010/4/11(日) 午前 0:15 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
>ベーンケは有料サイトでしょうか?
あれ、私は問題なく見れましたが、どういうことでしょうね。彼女の宣伝用オフィシャル・サイトだから当然アクセス無料です。
手数掛けてまで見るようなもんじゃないでしょうが、同じ歌手によるバラード両版のヴィデオが並んでるのは珍しいし、原調採用してるのはヴェデルニコフ指揮ボリショイというのも意外で興味を引かれました。
一応表紙ページのリンクを張っておきますね。
ttp://www.anna-katharina-behnke.com/
2010/4/11(日) 午前 9:23 [ 助六 ]
やっと聴けました。トップページから入らないといけないのかもしれません。確かにイ短調ですね。声質は合ってそうですがシリヤほどの余裕はなさそうです。ト短調の方が落ち着いて聴けますね。バラードだけ抜き出して聴くとこちらもありかなという気もしてきますが、前後を続けて聞くとやはりイ短調の方がつながりは良いように思います。コンビチュニーのなんだかなあという感じの演出も含めて楽しめました(笑)
2010/4/11(日) 午後 11:34 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
シリア、いいですねぇ。私はサヴァリッシュのローエングリンでファンになってしまいました。あまり女声は好きではないのですが、シリアの声には惚れ込んでしまいました。懐かしいです。
2010/4/12(月) 午後 9:03
座敷童子さんはじめまして。
シリアの声は癖になりますよね(笑)
私も「刷り込み」からなかなか抜けられません。
2010/4/13(火) 午後 9:49 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
はじめまして。
いつも楽しくよまさせていただいてります。
シリアさんのワルキューレを先日動画でみていてきになっていたので、このオランダ人ぜひ聞いてみたいと思います。
どこかで購入出来るモノでしょうか?
2010/9/11(土) 午前 0:30 [ ブイ ]
ブイさんお返事が遅くなって済みません。
このオランダ人、デッカのバイロイトボックスセットに入っていたのですがHMVでは現在は扱っていないようです。ホフマンのパルジファルの記事でも紹介したセットです。
http://blogs.yahoo.co.jp/takatakao123/20490654.html
2010/12/11(土) 午後 6:12 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
1959年プレミエ時のニュース映像でゼンタのバラードの部分が映っています(リザネクなのでト短調).
ttp://www.youtube.com/watch?v=Iz0VOwC3lw0
それにしても抽象化された「新バイロイト様式」という以上に、ヴィーラントの演出が当時多くの人を引き付けた事が長らくピンと来なかったのですが(その後は専ら第一級の演劇人としか仕事をしたがらなかったブーレーズも、彼への傾倒は熱を込めて語っている)、この映像は雄弁で感激しました.オペラ全曲の映像は大阪でNHKが収録した2本と(確か)シュトゥットガルトの舞台を元にセッション収録したルル(ジルヤ主演)しか知らないのですが、他に何かご存知でしょうか?
2013/12/8(日) 午前 6:57 [ M. F. ]
M.F.さんはじめまして。情報ありがとうございます。私もウィーラント演出の全曲となると日本での映像ぐらいしか知りません。なぜウィーラントは名演出家でウォルフガングはそうでないのか、簡素な舞台写真だけではよく分からないですよね。ウィーラントがウィーンのために演出したエレクトラは80年代まで長もちしたようで、断片的にユーチューブで見られます。もしかしたら全曲の映像がどこかに残っているのかもしれませんが、没後15年もたった1982年とされる映像なのでどこまで意図を反映しているかは疑問です。
www.youtube.com/results?search_query=elektra+1982+nilsson&sm=3
2013/12/8(日) 午後 0:49 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
エレクトラのご紹介ありがとうございます.お返事遅れまして失礼しました.この年代のニルソンは見た事がありませんでしたが、ちょっと感動的でした.データが正しければ、彼女自身がプレミエに参加したこのプロダクションで、最後にヴィーンの舞台に立った機会なのですね.
ttp://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/2076/work/47
2013/12/13(金) 午前 1:21 [ M. F. ]
>最後にヴィーンの舞台に立った機会なのですね.
そうでしたか。ニルソンが1980年にウイーン国立歌劇場で初来日したのもこの舞台でした。ニルソンの体力を考慮してカットは多めでしたが声はしっかりしていたと伝え聞きました。ただこの断片的な映像で見ると本当に簡素化された舞台なので何を伝えたい演出なのかはこれだけではよく分かりません....
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/
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このアーカイブサイト、ドイツ語なのが難ですが使えますね。
紹介ありがとうございます。
2013/12/14(土) 午後 4:07 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]