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Mozart: Symphony No.36 "Linz"
Brahms: Symphony No.2
クライバー指揮バイエルン国立管
Teatro Grande, Pompei
(1987年9月20日)
http://www.youtube.com/watch?v=VwdnmXmHueU
ユーチューブでクライバーの1987年のモーツァルトのリンツとブラームス交響曲第二番の映像を見つけた。同じプログラムによる1992年のウィーンのDVDとは別映像でバイエルン国立管弦楽団とのイタリア・ポンペイでのライブだ。1986年の日本公演の翌年ということになる。両者が十分この曲の演奏を重ねた時期になるだろうか。90年代のクライバーの指揮は心なしかナーバスな雰囲気が感じられるのに対して伸びやかな指揮のように感じられる。むしろ1988年のウィーンの青盤に近い演奏だ。ぜひ正規映像で見てみたいものだ。
編成は木管のみ倍管にしている。かなり大きな演奏会場(テアトログランデという野外劇場)なので妥当なところだろう。
(追記)
この演奏の前年1986年の日本公演ではビオラが左のフルトヴェングラー型の配置だったが、この公演は19世紀型の古典的両翼(対向)配置に変わっていることに気がついた。左から第一バイオリン、チェロ、舞台奥にコントラバス、ビオラ、第二バイオリンという順番だ。日本でもFMで放送された1988年のウィーンでのブラームスの2番もチェロが左から聞こえるし、1989年や1992年のウィーンでのニューイヤーコンサートの映像や、1996年のミュンヘンでのブラームスの4番の映像もこの並びになっている。クライバーは1987年から古典的両翼配置の支持者になったようだ。
トスカニーニ、クナッパーツブッシュ、クレンペラーなどフルトヴェングラーとストコフスキー以外の戦前のほとんどの指揮者は両翼配置を採用していた。しかし戦後はストコフスキー型を採用する指揮者が多くなり、70年代はじめにクレンペラーが引退した後で両翼配置を採用していた指揮者はボールト、ムラヴィンスキー、クーベリックなど極めて一部の指揮者に限られていた。
クライバーはドレスデンにおける82年のトリスタンとイゾルデの録音では両翼配置(ただしビオラが左奥でチェロが右奥のハイブリッド型)を採用していたが、70年代〜86年のコンサートはいずれもフルトヴェングラー型を採用していた。クライバーがこの87年のコンサートから両翼配置(チェロが左奥でビオラが右奥の古典的両翼配置)を採用したことが、今日の劇的な両翼配置復活のきっかけになったと考えていいだろう。クライバーは先見性のある指揮者だったと改めて思う。
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おお、クライバーが動いていますね!
と言う事は、2番の全曲、同じ日のリンツも映像があるという事なのでしょう。
同じく正規映像で見てみたいですね。
2010/4/12(月) 午後 9:11 [ 恵 ]
恵さんこんばんは
本当に全曲を見てみたいですね。
こうしてみるとクライバーの全盛期はやはり80年代だったのかも。
2010/4/13(火) 午後 9:48 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
随分楽しそうかつ伸びやかに指揮してますね。躍動感は十分だけれど、80年代前半ほどの強烈な覇気の噴出はなくなってますね。
このコンサートは87年9月のようですが、私が見た同年2月の彼のスカラでの「オテロ」の指揮の記憶に近いです。
87年にはすでに、指揮の身振りも出て来る音楽も81年9月の東京の「オテロ」に比べて、はるかに大人しいものになってました。東京での「オテロ」は初来日だったスカラのオケと合唱にも尋常ならざる緊張が漲り、冒頭の合唱など耳にバリバリ響く始末でしたし、2幕の「Ora e per sempre addio」で彼の一振りの下にオケが一瞬の内に静まりハープが奥底からビンビンと湧き上がってくる魔法のような効果、2幕幕切れのオケが血反吐を吐くようなうねりとか、すべて6年後のスカラ本拠地ではまるで再現しませんでした。その代わり4幕初めの悲しい歌はより切実でニュアンス豊かなものになってましたが。
2010/4/14(水) 午前 7:04 [ 助六 ]
83年6月にミュンヘンで見た「ばら」でも、2幕幕切れで棒を両手で握ってオケに叩き付ける彼の指揮姿が象徴するようなエネルギーの品を備えた噴出が驚倒ものでした。
彼の81年の「オテロ」と83年の「ばら」は私のあらゆる音楽経験の頂点に聳え立ったままですが、個人的には彼の頂点は80年代前半だった印象を持ってます。と言うか90年代実演に接したことはないんですが、体力・気力の減少は覆いがたい気がします。
94年ヴィーンの「ばら」のヴィデオを観ますと、随分大人しくなったのに当惑し、当時山崎睦氏が「なんと言う失望」とか率直に書かれていたお気持ちも分かる気がします。実演に接してない私には「衰えた」のか、「落ち着いて円熟した」のか確信をもって言えませんが。
たかさんは94年の「ばら」はどう思われますか?
クライバーが存命して、さらに「円熟度」を加えていった様子を想像してみるのは楽しい同時に、ちょっとコワくもありますね。
2010/4/14(水) 午前 7:06 [ 助六 ]
私は86年のバイエルンは生では聞けず、92年のウイーンフィルはキャンセルだったので私が聞いたのは88年のボエームと93年のばらの騎士だけですが、勢いからすると確かに私も80年代前半がピークだと思います。
ただ、クライバーの一件即興的に見える棒に反応するには実はかなり綿密なリハーサルと何回かの演奏会を要していたのも事実のようで、CDで聞く限りブラームスの4番は80年に、ベートーベンの4番は82年にすでに完成していますがベートーベンの7番は83年はまだ少し粗くて86年の来日公演の方が上だと思います。ブラームスの2番はもっと遅くて完成したのは87年か88年だったようです。
90年代は80年代のような勢いでなくモーツァルトを感じさせるようなシンプルな音楽を志向しているように思いました。コンサートでは何曲か振りましたがモーツァルトのオペラを振ってくれなかったのは残念です。
2010/4/15(木) 午前 0:04 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]