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マノン・レスコー:フレーニ
デ・グリュー:ドヴォルスキー
ヴァルビーゾ指揮リセウ歌劇場(バルセロナ)
(1990)
http://www.youtube.com/results?search_query=freni+manon+1990
フレーニの2種類のマノン・レスコーのCD録音が残響が多くていまいちという話を前に書いたことがあるが、海賊盤のVHSだが実は私はもう一つ音源を持っている。1990年のスペインでの演奏で放送用の映像だ。映像も音声もそれなりだしスペイン語の字幕はそのままだが、2種類のCDよりもリアルな演奏だと思う。フレーニがマノンを歌うにはベストのこの時期の映像が残っていることはうれしいことだ。私にとっては先日紹介したドミンゴ/スコットの映像とこの映像がこの曲の2大ベストだ。ぜひ正規発売を期待したい。
共演のドヴォルスキーは3大テノール以外のテノールではフレーニが頻繁に共演したテノールだ。1981年と1988年のスカラ座の来日公演のボエームや、1988年のスカラ座や1993年のボローニャの来日公演のアドリアナでも共演している。フレーニのお気に入りだったのかもしれない。ボエームとアドリアナは私も聴いたがなかなか良い歌だったと思う。ドヴォルスキーは1992年のスカラ座でもデ・グリューを歌っているので(指揮はマゼール)得意な役だったのかもしれない。
(追記)
2幕デュエットのテンポが確認したくなって楽譜を取りだした。そうだ思い出した。この楽譜はJinkさんから頂いたものだった。Jinkさんお元気でいらっしゃりますか?
http://blogs.yahoo.co.jp/kithi02jp/folder/1704494.html
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86年のヴィーン来日の「マノン・レスコー」もフレーニとドヴォルスキーのコンビでしたから、この2人は当時随分あちこちで共演してたんですね。
ドヴォルスキーは私には「ダンゴ声」と呼ばれるくぐもった典型的な「東」発声に聞こえ、イタリア物でも重用されてるのはちょっと不思議でした。パヴァロッティが高く買ってたようですね。
81年のスカラの「ボエーム」では、クライバーのお気に召さず、主催者が気をもんだなんて話も当時日本の音楽雑誌で読んだ覚えがありますが、88年の来日でも再起用した形だから、それなりに評価したんでしょうね。
しばらく前からミロスラフ・ドヴォルスキーというテノールの名を聞くようになり、レパートリーも似ているのでどういう関係かなと思ってたんですが、実弟でドヴォルスキー兄弟はズラリ歌手なんだそうですね。
このリセオ公演、指揮がヴァルヴィーゾというのも懐かしいです。バイロイト含め欧州主要劇場で盛んに振ってた人ながら、私には遂に真価は分からず仕舞いでしたが。
2011/2/20(日) 午前 7:50 [ 助六 ]
パヴァロッティが評価していたというのは始めて知りました。81年のボエームでクライバーが当初パヴァロッティを想定していたことは間違いないので、来日を辞退したパヴァロッティが代わりにドヴォルスキーを推薦したのかもしれませんね。それがきっかけでフレーニに気に入られてマノンでも共演することになったのでしょうね。
ヴァルヴィーゾはイタリア人だと思いますが70年代にバイロイトでマイスタージンガーなどを振っていました。レコードで聴きましたが、マイスタージンガーはカラヤン盤が強力すぎるので印象は弱かったですね。
2011/2/20(日) 午前 9:41 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]