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エーリッヒ・クライバー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1932年)
http://www.youtube.com/watch?v=PiF5glYvfcw
カルロス・クライバー指揮VPO(1992年)
http://www.youtube.com/watch?v=Ndm0H43J1FU
カルロス・クライバーは70年代から86年までのVPOやACO、バイエルン国立管との演奏はいわゆるフルトヴェングラー型(左から第一バイオリン、第二バイオリン、チェロ、ビオラ、右奥にコントラバス)を採用していたが、今回クライバーの映像を改めて見直してみて、1989年のニューイヤーコンサート以降の映像では第二バイオリンが右でチェロが左の19世紀型両翼(対向)配置(左から第一バイオリン、チェロ、中央奥にコントラバス、ビオラ、第二バイオリン)を採用していることが確認できた。
トスカニーニ、ワルター、クナッパーツブッシュ、クレンペラーなど戦前の指揮者の多くは19世紀型両翼配置だったが、カルロスが大きな影響を受けた父エーリッヒはどうだったのだろうか気になって調べてみた。下記のサイトによると6つの映像が残されているようで、青きドナウ以外にもユーチューブで2つ映像を見つけることができた。
http://www.thrsw.com/misc_j/2003/06/post_16.html
ヨハン・シュトラウスII世 : 「芸術家の生涯」(ACO)
http://www.youtube.com/watch?v=SLuhvl_8oVA
ベートーヴェン : 交響曲第9番 第4楽章 (リハーサル)(チェコフィル)
http://www.youtube.com/watch?v=Zt_knlbpxyc
いずれの映像もチェロが右奥だということは容易に判別できるが、左奥にあるのか第二バイオリンなのかビオラなのかはかなり慎重に見ないと判断できない。左奥が第二バイオリンで右にチェロとビオラがいればフルトヴェングラー型だが、左奥がビオラで右にチェロと第二バイオリンであれば19世紀型の古典的両翼配置をチェロを右にビオラを左に変形した形ということになる。
幸い1932年の映像には「美しく青きドナウ」の出だしで、ホルンの呼びかけにビオラが応える様子がはっきり写っている。左奥がビオラで右手前が第二バイオリンだ。この箇所は第一・第二バイオリンは音を刻んでいるだけなので見間違えるはずはない。
http://imslp.org/wiki/The_Blue_Danube,_Op.314_(Strauss_Jr.,_Johann)
ACOとチェコフィルの映像の並びをさらに確認してみる必要はあるが、ベルリン国立歌劇場管の時は左から第一バイオリン、ビオラ、奥にコントラバス、チェロ、第二バイオリンの変則型両翼配置だったことは間違えなさそうだ。この並びはフルトヴェングラー型のビオラと第二バイオリンを入れ替えてバイオリンだけを両翼にした形ということもできる。2チャンネルではこれを「ハイブリッド型(折衷型)」と呼んでいるようだが、恐らく19世紀型の古典的な両翼配置とフルトヴェングラー型の折衷という意味だろう。
実はカルロスもドレスデンでの有名な82年のトリスタンとイゾルデの録音ではこの変則型(ハイブリッド型)両翼配置を採用しており、バイオリンは両翼だがチェロは右だ。最近ではギーレンなどもこの配置を採用している。
父親の影響が強かったカルロスだが、オケの配置に関してはフルトヴェングラー型、父親に倣ったハイブリッド型両翼配置、19世紀型の古典的な両翼配置と様々な形を試しているのが興味深い。バイエルン(ミュンヘン)以外のドイツの放送オケはストコフスキー型(左から第一バイオリン、第二バイオリン、ビオラ、チェロ、右奥にコントラバス)を採用していることが多く、カルロスもシュトゥッツガルト放送響との映像ではストコフスキー型になっている。
さて、肝心の演奏だが、エーリッヒの指揮が基本的に縦の打点を基調としているのに対して、カルロスは横振りが基本で、打点をはっきりさせる時は棒を上下に振るのではなく円を描く。指揮のスタイルとしては全く異なることが確認できた。カルロスが敢えて違う方向を目指したのかどうか?
カルロスが尊敬したカラヤンも横振りだが、カルロスの指揮は緩急のリズムのつけかた、特に緩→急のわくわくするようなアッチェランドに大きな違いがある。カラヤンはスマートだけどカッコつけたがりなので瞬発的に叩きつけたり、思い切り良くリズムを変化させるのは苦手なのだ。
音楽に対して切り込んでいく勇気を持ち続けるのは難しい。カラヤンやバーンスタインにも良い演奏はあるが、彼らのように自己陶酔に浸るのはある意味で音楽と戦わずに自己の表現を正当化させようとする行為なのだ。クライバーのすごい点はこれを逃げないで全身全霊で実行した(少なくとも、実行しようとした)点にある。音楽に対する自己犠牲とでも言うべきだろうか。
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