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・マーラー:交響曲第8番変ホ長調『千人の交響曲』 [77:52]
フランシス・イーンド(ソプラノ)
ウタ・グラーフ(ソプラノ)
カミラ・ウイリアムズ(ソプラノ)
マーサ・リプトン(メゾ・ソプラノ)
ユージン・コンリー(テノール)
カーロス・アレグザンダー(バス)
ジョージ・ロンドン(バス)
ウェストミンスター合唱団、他
ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
レオポルド・ストコフスキー(指揮)
録音時期:1950年4月6日
録音場所:ニューヨーク、カーネギー・ホール
録音方式:モノラル(ライヴ)
http://public-domain-archive.com/classic/compositions.php?composer_no=10
フィラデルフィア管を辞めて、NBC響も3シーズンで首になってしまったストコフスキーがその後メジャーオケのポストを得たのは1回だけだ。1949年〜50年のシーズンにニューヨークフィルの首席指揮者に就いたのだ。ただこの時もミトロプーロスと共同で、次のシーズンには早くも彼に追いやられてしまう。
つまりNBC響の時と全く同じような展開なのだ。ストコフスキーがオケのマネジメントと折り合いをつけるのがあまり上手でなかったことは間違いないだろう。これに懲りたのか、その後はアメリカ交響楽団のように自分が立ち上げたオケを別とすれば基本的にフリーランスとして活動するようになり、ポストらしいポストを得たのは1955年から1961年までヒューストン交響楽団の音楽監督を務めたぐらいだ。
たった1シーズンで終わったニューヨークフィル時代だが、マーラーの8番というメジャーオケでなければできない大曲を取り上げているところもまたストコフスキーらしい。恐らくこの演奏はこの曲の戦後蘇演だったのではないだろうか。いくらアメリカでも戦時中にこの曲を演奏している余裕はなかっただろう。第1部のみは1948年にオーマンディがをハリウッドで演奏し録音も残っているそうだが、全曲の録音としては現時点で確認されている最古のマラ8だ。
1916年3月にストコフスキーは1068人の演奏家を用いてこの曲の米国初演を指揮している。上記の写真はその時のものだ(チェロが舞台中央に配置してあって、この時点ではチェロが右手前のいわゆる「ストコフスキー型」にはまだなっていない点が興味深い)。
加えてストコフスキーは1910年のマーラー指揮の初演をワルターやクレンペラーと共に聞いている。ワルターやクレンペラーがこの曲の録音を残さなかったし、そもそもクレンペラーは振ったことすらない(ワルターは演奏した記録はあるらしい)。このためストコフスキーのこの1950年の録音は非常に大きな意味を持っている。
音質は安定はしているが当然限界はあるので断言することは難しいが、聞き取れる範囲ではストコフスキーのアプローチは正攻法だ。楽譜と照らし合わせてはいないが、少なくともシェルヘンのマーラーのような大幅なカットや改変はしていないと思う。自分が作曲者自身の初演を聞いて、米国初演も指揮したこの大作の魅力を伝えたいという使命感は十分に感じられる。爆演家の先入観を持って聞くと逆に肩すかしを食らうだろう。今年で初演から101年を迎えるマラ8の演奏史を知るためにも、この指揮者に対するイメージを改めるためにもぜひ聞いてほしい演奏だ。パブリックドメインクラシックで全曲ダウンロードできる。
ストコフスキーが米国初演をした作品は他にもマーラーの大地の歌、R.シュトラウスのアルプス交響曲、シベリウスの交響曲第5番〜7番、ストラヴィンスキーの春の祭典、シェーンベルクのグレの歌など大変多岐にわたる。アルプス交響曲の米国初演は1916年4月だが、これはマラ8の米国初演の直後のことであり、しかもアルプス交響曲を作曲者が初演した1915年10月から半年しか経っていない。恐らく作曲者と親交がなければこのように迅速に米国初演することはできないだろう。ストコフスキーは作曲者の初演も聞いていた可能性が高いのではないだろうか。ストコフスキーのアルプス交響曲の演奏が残っていたらぜひ聞いてみたいものだ。
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いよいよ明後日ですね!佐村河内守 交響曲第一番《HIROSHIMA》81分 ドキドキします。
2011/7/18(月) 午後 5:33 [ マラヲタ ]
そうですね! 私もタワーレコードに寄ってみようと思います。
2011/7/19(火) 午後 10:07 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]