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 久しぶりにオペラを取り上げよう。ポネルがMETで1985年に演出したこのライブ映像が出てきたことで、1976年のポネルの映画と1980年のウィーン国立歌劇場の日本公演の演出意図の違いがようやく理解できたような気がする。というのはこのMETの映像や1976年の映画と比べて、1980年のウィーンの舞台は同じポネル演出でありながら実際はかなり異なるからだ。

Figaro..................Ruggero Raimondi
Susanna.................Kathleen Battle
Count Almaviva..........Thomas Allen
Countess Almaviva.......Carol Vaness
Cherubino...............Frederica von Stade
Dr. Bartolo.............Artur Korn
Marcellina..............Jocelyne Taillon
Don Basilio.............Michel Senechal
Antonio.................James Courtney
Barbarina...............Dawn Upshaw
Don Curzio..............Anthony Laciura

Conductor...............James Levine
Production..............Jean-Pierre Ponnelle
Designer................Jean-Pierre Ponnelle
Lighting designer.......Gil Wechsler
TV Director.............Brian Large
Metropolitan Opera House
December 14, 1985 Matinee,
https://www.youtube.com/results?search_query=figaro+met+85

(operanewsの記事)
http://archives.metoperafamily.org/Imgs/ONNozze198586.jpg

 ウィーンでのポネルの舞台は(1980年の日本公演は一応トマ演出ということになっているが原演出はポネル)、カラヤンが1972年からザルツブルグ音楽祭で振っていた舞台を1977年にウィーンに持ってきたものだが、小じんまりとしながらも明るくきれいな舞台で、中世のセヴィリヤというよりはもっと後の時代のウィーンの宮廷という感じだ。一方、METの映像と1976年の映画での演出は、もっと大掛かりな石造り風の少し暗い舞台で中世のセヴィリヤの領主の宮殿の雰囲気を比較的忠実に表現している。この作品がロッシーニのセヴィリヤの理髪師の続編であることをより強く意識させる舞台と言えそうだ。

 また、METの映像は普段は伯爵が持ち役のライモンディがフィガロを歌い、映画でも70年代半ばまで舞台では伯爵を歌っていたプライがフィガロを歌っている。伯爵との対決色が強いフィガロだ。いずれのフィガロもヒゲをつけ、実は伯爵より年長である(これは原作通りの設定)ことを強調しているので視覚的な対決色も強くなる。しかし1980年の日本公演でヒゲをつけているのは立場上偉い伯爵(ヴァイクル)の方でありフィガロ(プライ)はヒゲはつけていない。このためフィガロと伯爵の対決色はそれほど強くない。

 全体的にMETの映像や1976年の映画がリアルな人間ドラマを描くことにポイントを置いているのに対して、ウィーンの舞台はそれをもう少しオブラートにくるんだ優美さに特徴があるように思う。つまり、ウィーンっぽい舞台の1980年の日本公演(≒1972年のザルツブルグの舞台)とスペインっぽい1976年の映画(≒1985年のメットの映像)は演出コンセプト自体がかなり違うように思うのだ。

 恐らく1976年の映画は1972年に演出したザルツブルグの舞台とは別に企画されたポネルの第二次演出と言うべきものであり、1985年のMETの演出はそれを舞台で再現したものだろう。もしも1976年の映画がカラヤンが1972年からザルツブルグで振っていた舞台と同じ演出だとすれば、なぜベームが指揮したのか、なぜザルツブルグでフィガロを歌ったことがないプライが主演したのか、なぜカラヤンは振りたがらなかったのかなどの疑問が残るが、別の演出だということであれば容易に説明がつく。

 逆に1972年の最初の演出の方は、カラヤンが1977年にウィーンに持って行った時点で現実的にはポネルの手を離れ、ポネルはウィーンの現場には余り関与していなかったのではないだろうか。1980年の日本公演にポネルは来日せずトマが同行したのも恐らくそのためだろう。

 このポネル演出のMETのフィガロは1988年に日本でも上演されたので(配役もバトル、セネシャル、ヴァネス、コートニー、アップショウが共通している)、1980年のウィーンの来日公演と両方ご覧になった方もいるだろうが、あまりに違う舞台なので知らなければ同じポネルの舞台だとは思わなかったのではないだろうか。2つの違う舞台が映画も含めて3つの映像で楽しめるようになったことを喜びたい。

 ポネルとレヴァインはMETの公演の翌1986年から1988年のザルツブルグ音楽祭でもフィガロの結婚を上演しており、バトルのスザンナ(1986年)、ライモンディのフィガロ(1987年)、シュターデのケルビーノ(1987年)、アップショウのバルバリーナ(1986-87年)、セネシャルのバジリオ(1987-88年)、Taillonのマルチェリーナ(1986年)など、伯爵と伯爵夫人以外は多くの配役が共通している。

 私はこの時のザルツブルグでの演出はてっきりカラヤンが1972年から1980年まで振っていた最初の演出(≒ウィーンの舞台)の再演だと思っていたが、METとザルツブルグで共同制作した新演出の舞台だった可能性もありそうだ。まあ、完全に新制作であれば音楽祭の初日に持ってきたはずで、成功した演出がたった3年で終わりというのはちょっと短か過ぎる。このため基本的には70年代の旧演出の舞台だったろうが、少なくともカラヤンが振っていた時とはかなり手直しした可能性が高いと思う。ポネルは1988年に事故で急逝しているのでザルツブルグ音楽祭の舞台を手掛けたのはこの時のフィガロが最後だろう。

 肝心の演奏だが、レヴァインの指揮はさすがに手慣れており、いずれもモーツァルトを得意とする歌手なので歌の水準も高い。特にシュターデのケルビーノはザルツブルグでもウィーンでもパリでも大人気だったがメットでも他の誰よりも大きな喝さいを受けている。ポネル演出の映像が残されたことは喜ばしい。ライモンディがフィガロを歌ったのはポネルが演出したこの時のメットとザルツブルグだけだろうが、演出の意図を反映して芸達者なところを見せている。ライモンディに伯爵でなくフィガロを歌うよう要請したのは恐らくポネルだろう。

 アレンの伯爵やバトルのスザンナも得意役だが意外にもこれまでこの役の映像はなかったので、このDVDの単売も期待されるだろう。個人的には伯爵夫人がザルツブルグの舞台のようにポップであればもっと良かったが、ポップやプライのような甘い声を敢えて持ってこなかったところにもポネルの今回の演出意図が感じられる。

 レヴァインは1988年のMETの日本公演の後、1990年にDGにこの曲を録音をしているが、フルラネット(フィガロ)、アップショウ(スザンナ)、テ・カナワ(伯爵夫人)、ハンプソン(伯爵)、フォン・オッター(ケルビーノ)、トロヤノス(マルチェリーナ)と配役は全面的に入れ替えられている。私は1985年のオリジナルキャストのこのDVDの方が魅力的だと思う。なお、フルラネット、アップショウ、テ・カナワ、ハンプソンの4人は後に1992年3月のメットの舞台に立っているが、フォン・オッターとトロヤノスがMETでこの役を歌ったことはない。

以前も紹介した1980年の日本公演の映像と1976年の映画の映像もユーチューブで見ることができるので、上記のMETの映像との違いを見比べることができる

 フィガロ:ヘルマン・プライ
 スザンナ:ルチア・ポップ
 アルマヴィーヴァ伯爵:ベルント・ヴァイクル
 伯爵夫人:グンドラ・ヤノヴィッツ
 ケルビーノ:アグネス・バルツァ
 カール・ベーム(指揮)
 演出:ヘルゲ・トマ
 舞台装置・衣装:ジャン・ピエール・ポネル
 収録:1980年9月30日、東京文化会館(ライヴ)
http://www.youtube.com/results?search_query=bohm+figaro+1980

アルマーヴィーヴァ伯爵…ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
伯爵夫人…キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
スザンナ…ミレッラ・フレーニ(ソプラノ)
フィガロ…ヘルマン・プライ(バリトン)
ケルビーノ…マリア・ユーイング(メッゾ・ソプラノ)、他
カール・ベーム指揮ウィーンフィル
演出:ジャン=ピエール・ポネル
制作:1976年
https://www.youtube.com/results?search_query=mozart+figaro+bohm

 ユーチューブではミラーが演出した1998年11月のMETの映像の方も見ることができる。ミラーのフィガロはフィレンツェでも上演されており、確か日本公演もあったのでご覧になった方もいらっしゃるだろう。

Figaro..................Bryn Terfel
Susanna.................Cecilia Bartoli
Count Almaviva..........Dwayne Croft
Countess Almaviva.......Rene Fleming
Cherubino...............Susanne Mentzer
Dr. Bartolo.............Paul Plishka
Marcellina..............Wendy White
Don Basilio.............Heinz Zednik
Antonio.................Thomas Hammons
Barbarina...............Danielle de Niese
Don Curzio..............Anthony Laciura
Bridesmaid..............Jennifer Welch-Babidge
Bridesmaid..............Andrea Trebnik

Conductor...............James Levine
Production..............Jonathan Miller
Metropolitan Opera House
November 11, 1998 Telecast
https://www.youtube.com/results?search_query=figaro+met+99

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閉じる コメント(8)

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ポネルが生涯いったい幾つの「フィガロ」の演出を出したのかは知りませんが、すぐに思い付く70年代以降のものを並べてみると、
72年新演出 ザルツ カラヤン指揮
77年再演 ヴィーン カラヤン指揮
70年代終わり−80年?再演 ヴィーン ベーム指揮
86年 ザルツ再演 レヴァイン指揮
以上4つは基本的に同一プロダクション。

76年 映画新製作 ベーム指揮

84年新演出 シャンゼリゼ劇場 バレンボイム指揮パリ管
85年新演出 メト レヴァイン指揮
パリとNYの2プロダクションの関係は不明。

86年のレヴァイン指揮ザルツ上演は基本的に72年新演出プロダクションの再演ですが、確かにその前年にメトで同じレヴァイン指揮で新演出を出している以上、ポネル自身がある程度手直しした可能性はありそうですね。

2011/7/23(土) 午前 10:00 [ 助六 ]

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バレンボイムはパリ管常任時代、82年から86年まで毎年シーズン終わりの6月末に「モーツァルト・フェスティヴァル」を組み、器楽の他にシャンゼリゼ劇場を使ってポネル演出で82年「ドン・ジョヴァンニ」、83年「コジ」、84年「フィガロ」の新演出上演を行ってました。私が観れたのは83年の「コジ」だけでしたが。

80年代死ぬ前のポネルは超多忙で、「練習には助手を派遣して自分は初日に拍手とギャラだけさらって帰る」(確かシノーポリの言)なんて悪口言われてましたから、「新演出」と銘打ってはいても手抜きの仕事も皆無ではなかったかも知れません。

2011/7/23(土) 午前 10:04 [ 助六 ]

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>レヴァインの指揮はさすがに手慣れており

私は98年11月は偶々NYにいて、開演直前に最上階の安いキャンセル券を入手してレヴァイン指揮ミラー演出の「フィガロ」を見ましたが、これは私が今まで接した唯一のレヴァインのオペラ指揮実演でした。しっかりした指揮ながら職人臭が非常に強く、インスピレーションは皆無の印象でした。女声トリオが素敵でしたが、私が見た晩は伯爵夫人はフレミングではなく、ロットだったと思います。バルトリ、メンツァーは同じでした。

それにしても70年代ザルツやヴィーンでのカラヤン指揮ポネル演出の伝説的「フィガロ」上演の映像は残っていないんでしょうか。

2011/7/23(土) 午前 10:05 [ 助六 ]

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助六さんこんにちは
>「練習には助手を派遣して自分は初日に拍手とギャラだけさらって帰る」(確かシノーポリの言)なんて悪口言われてましたから

まあゼフィレッリもそうみたいですし(笑)、売れっ子になってしまうと世界中で同時にいくつもの現場で上演されるのである程度は仕方ないのでしょうね。

でもゼフィレッリの演出がウィーンでもスカラでもメットでも基本的にはそれほど大きく変わらないのに対して、ポネルがウィーンとメットでは全然違うフィガロの演出をしたこと、そしてその間の映画版がその伏線になっていたことが今回分かって、ポネルという人はいろんなことを考えていた人なんだなと私は改めて思いました。もっと長生きしてほしかったと思います。

バイロイトでもウィーラントやヴォルフガングは10年おきぐらいで新演出をしていましたよね。ヴォルフガング演出で最後まで残ったパルジファルは30年ぐらい演奏されたので3つぐらいのバージョンがあるはずです。

2011/7/23(土) 午前 10:39 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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ポネルがパリでダポンテ三部作の演出をしていたとは知りませんでした。ポネルのコジは映画版が遺作で残されましたし、魔笛もザルツのライブがありますが、ポネルのドンジョバンニはどんな演出だったのか写真だけでも残っていれば見てみたいものです。

それにパリ管って夏にシャンゼリゼでオペラをやっているのですか。知りませんでした。BPOが春のザルツだけオペラをやるのと似ていますね。

カラヤンはテレビ中継はレコード商売の邪魔になると思っていたようで70年代のザルツでの映像はほとんどないようですね。フィガロや魔笛やサロメ、アイーダ、ローエングリン、それにパルジファルの映像が残っていないのは本当に残念です。ドンカルロも70年代のメンバーで見たかった。

2011/7/23(土) 午前 11:06 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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助六さん
ポネルのモーツァルト演出をまとめたページを偶然見つけました。
ザルツでのフィガロの舞台写真が乗っていますが、77年にウィーンに持っていた舞台とは結構違いますね。ステージの大きさが違うので当然と言えば当然ですし、もちろんMETの舞台よりはウィーンの方が近いですけど。
http://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/music/ponnellemozart.htm
この写真は「72年の演出をひとひねりした79年の舞台」とのことなのでポネルは再演の都度に結構変える人なのですね。であれば86年の再々演もさらに手直ししたことは間違いないでしょうね。

2011/7/25(月) 午前 3:31 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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素晴らしいサイトの紹介ありがとうございます。
私がザルツで彼の「フィガロ」を見たのは80年でしたから、正に写真通りの感じでしたが、72年のプレミエ時や77年のヴィーン上演と比べて手直しされてたんですね。ザルツの舞台は欧州劇場としては例外的に横長ですから、ヴィーンの舞台にはめ込めばかなり印象は変わってくるでしょうね。

因みにポネルはシャンゼリゼ劇場ではバレンボイム指揮パリ管で87年10月に「魔笛」の新演出も出してました。ザルツのはフェルゼンライトシューレの舞台を活用したものだったから、パリの舞台は当然まるで違うシンプルなやや抽象傾向の舞台装置で、オケを舞台上に上げてました。衣装はザルツのと共通とかいう話でしたが。

2011/7/25(月) 午前 6:59 [ 助六 ]

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ザルツの舞台は1979年にすでに手直ししていたとなると、カラヤンがウィーンに持って行った最初の演出はもうとっくに助手任せだったのでしょうね。きっと1980年の日本公演なんて初めから来る気もなかったでしょう。本拠地の姿はすでに変わってしまった後で元の姿がウィーンを経由してへき地の東京で見られたというのは、なにかガラパゴス島の進化論みたいです(笑)。

恐らくMETの舞台がポネルの最終的な意図だったのでしょうが、それでも私はセヴィリヤの領主というよりはウィーンの領主みたいなウィーンの来日公演の舞台が一番好きです。

そう言えばポネルはバイロイトのトリスタンも「夢だった」という演出が舞台でうまく実現できなかったので映像版だけエンディングを変えていますよね。その都度その都度のアイディアで演出を変える人だったようですね。

2011/7/25(月) 午後 8:35 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]


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