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・ショスタコービッチ交響曲第10番
カラヤン/ベルリンフィル
(1981)
マーラーまでの時代は指揮者≒作曲家だったが、指揮者と作曲家の分業が進んだ20世紀において著名な作曲家からお墨付きをもらうのは専業指揮者にとって大変栄誉のあることだった。カラヤンも1969年5月にBPOを引き連れてモスクワを訪問した際にショスタコービッチの交響曲第10番を作曲家の前で演奏しお褒めの言葉をもらっている。
こうして作曲者と親交を結んだにも関わらず、カラヤンが振ったショスタコービチはこの10番だけで他に5番や7番など向いてそうな作品は一度も振っていない。5番はバーンスタインが1959年にNYPを率いてモスクワで演奏し、先に作曲家のお墨付きをもらってしまったためだろう。7番も米国初演を巡る争いについて先日の記事で書いたが、カラヤンにしてみればトスカニーニやクーセヴィツキー、ストコフスキーの手あかが先についた作品をわざわざ後追いする必要もないだろう。
BPOの機能美をフルに生かせる作品で、まだ西側ではマイナーだった作品として10番を選んだ選択は正しいと思う。ただし、正直なところカラヤンの10番やバーンスタインの5番をショスタコービッチが本心から称賛していたかどうかは分からないと思う。ショスタコービッチの作品が西側で演奏されることはソヴィエト体制の宣伝という点でも、著作権使用料による外貨獲得という点でも大きな意味を持つので、外交辞令でもいいから称賛するように当局から強要された可能性の方が高いのではないだろうか。が、とにもかくにもカラヤンは10番のお墨付きをもらった。
カラヤンは10番を1966年と1981年の2回録音しているが、特に後者のデジタル再録音は大変素晴らしい。豊潤でありながら肥大化せず、ダイヤのように内側に向かって光る硬質の引き締まった輝きは20世紀的オーケストラ美学の頂点と言う事ができるだろう。「カラヤンのショスタコは精神性が...」などというコメントを稀に見かけるが、「それがどうかしましたか? 精神性って何ですか?」と言いたくなるくらい圧倒的な完成度だ。
カラヤンは再録音が大好きだったが、70年代以降の再録音が60年代の録音を上回ったのは交響曲ではこの曲とチャイコフスキーだけだし、掛け値なしに文句なくBPOは最高のオーケストラだと断言できたのはこの1981年までだと思う。この録音は今にして振り返れば先日記事にした惑星と並んでカラヤン/BPOの最後の輝きだったのだ。惑星同様このディスクも発売当時はデジタル初期特有のきつい響きが目立ったがOIBPリマスター化(この曲の場合はリマスターというよりもリミックス)されてバランスが良くなった。
カラヤンと20世紀の作曲家の関係をもう少し見てみよう。オルフと親交があるカラヤンは「アフロディテの勝利」と「時の終わりの劇」の2曲を初演しているが、録音は「時の終わりの劇」があるだけで、オルフの最高傑作カルミナ・ブラーナは録音していない。これは作曲家自身が監修しオーソライズした演奏がヨッフム盤、サヴァリッシュ盤、アイヒホルン盤とすでにたくさんあったためだろう。
カラヤンが1953年に初演した「アフロディテの勝利」は録音してもよさそうなものだが、この作品は翌1954年にDGが作曲者監修のヨッフム指揮で初録音してしまった。それでも、ヨッフムがカンタータ三部作のうち「アフロディテの勝利」だけステレオ再録音をしなかったのは、ひょっとしたらカラヤンがDGにステレオで録音するという計画があったのかもしれない。
カラヤンはR.シュトラウスとも親交があったことになっているが、実際はベームやクラウス、あるいはショルティほど深い親交があった訳ではないので、ベームが初演しベームに献呈されたダフネやクラウスが台本を書いたカプリッチョなどを振るはずもない。実際に繰り返し演奏したのは有名な交響詩とサロメとばらの騎士だけだ。エレクトラや影のない女、アラベラは「振ったことがあります」という程度の回数しか演奏していないしアリアドネは1度録音しただけで実演では振っていない。
シベリウスでは4番から7番を繰り返し演奏し素晴らしい録音を残したにも関わらず、1番と2番は録音こそあるが実演では取り上げなかった。これは1番と2番はオーマンディが先に作曲者のお墨付きをもらってしまったためだと考えられる。ストラヴィンスキーからは春の祭典の1963年の録音をけなされたので実演で振った曲は少ない。それでも「カルタ遊び」や「ミューズの神を率いるアポロ」などそれほどメジャーではない作品まで録音しているので本音では結構好きだったのではないだろうか。火の鳥あたりは本当は合ってそうなレパートリーだと思うが残念だ。
演奏する以上は最高の演奏だと作曲家に言わせたいカラヤンにとって、20世紀の作曲家との関わりはかように微妙なものだったことがうかがえる。
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