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・モーツァルト:レクイエムニ短調 K.626[ランドン版]
ブルーノ・ヴァイル(指揮)、
ターフェルムジーク・バロック管、
テルツ少年合唱団(ゲルハルト・シュミット=ガーデン指揮)
マリーナ・ウレヴィツ(ソプラノ)、
バルバラ・ヘルツル(メゾ・ソプラノ)、
イェルク・へリング(テノール)、
ハリー・ヴァン・デル・カンプ(バス)
録音:1999年9月9,10日 教区教会,バート・テルツ,ドイツ
(下記サイトに試聴あり)
http://tower.jp/item/1593777/
校訂者のロビンズ・ランドンはレクイエム同様に未完成に終わったモーツァルトの大ミサ曲の補作でも知られる。ランドン版によるモーツァルトのレクイエムは1991年のモーツアルト没後200年を機に作成され、翌1992年にブライトコプフ社から出版された。ランドン版の基本スタンスは、ジュスマイヤー版と未完成に終わったヨゼフ・アイブラー(作曲家でジュスマイヤー同様にモーツァルトの弟子)による補作の良いとこどりをしようというものだ。
具体的には第1曲はモーツァルトの自筆譜通りで第2曲もジュスマイヤーとフライシュテットラーの補作通り(ジュスマイヤー版とほぼ同じ)だが、第3曲「ディエス・イレ」から第4曲「トゥーバ・ミルム」、第5曲「レックス・トレメンデ」、第6曲「レコルダーレ」、第7曲「コンフターティス」に関しては、ジュスマイヤーより先にコンスタンツェが補作を依頼したヨゼフ・アイブラーのオーケストレーションを採用している(一部ランドンが補筆)。アイブラーが補作を断念した第8曲「ラクリモーサ」以降はジュスマイヤー版に準拠している。
第3曲から第7曲の声楽部の旋律はモーツァルトが自筆譜に残しているのでアイブラーの補作は声楽部についてはジュスマイヤー版とほとんど変わらない。違いは主にオーケストレーションにある。先日紹介したバイヤー版が第8曲「ラクリモーサ」の声楽部をかなり修正しているのに対して、ランドン版は8曲目以降はジュスマイヤー版に大きな変更は加えていない。ランドン版の構成についてはジュラシック・ページの情報が参考になる。
(ジュラシック・ページ)
http://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/talk/mozart/landon.htm
結局、ランドン版の声楽部はジュスマイヤー版とそれほど変わらないのでボーカルスコアを見ただけでは違いはほとんど分からない。アイブラーのオーケストレーションの違いを知る上でランドン版のフルスコア(スタディスコア)が2009年に出版されたことは大変な朗報だと言えるだろう(3000円弱程度で手に入る)。このスコアではモーツァルト自筆部分を(M)、アイブラー補筆部分を(E)、ジュスマイヤー補筆部分を(S)、ランドンの補筆部分を(L)と楽譜上に表記してあるので、誰が書いた旋律か分かりやすくなっているのは大変良いことだと思う。
アイブラーはモーツァルトの自筆譜に直接補筆をしたので、ジュスマイヤーはモーツァルトの自筆部分を写筆してから補作を進めた。このためアイブラーと似たようなオーケストレーションしている場所も多いのだが、アイブラーの真似と言われるのを恐れたのか、違っている場所も少なくない。ランドン版で第3曲から第7曲のオーケストレーションの違いを見てみると、第3曲「ディエス・イレ」と第7曲「コンフターティス」のトランペットとティンパニの合いの手の入れ方がかなり違うのがまず耳に付く。
「ディエス・イレ」では合いの手が付点リズムになっている。上記HPページにも譜例が載っているが、最も違いが耳に付くのは52小節〜56小節(このCDの1分25秒目)だと思う。ここでのトランペットとティンパニの合いの手がなかなか格好良くて、「おっ、アイブラーもなかなかやるじゃん」と思ってしまう。「コンフターティス」でも第11小節〜15小節(このCDの35秒目)のトランペットとティンパニの入れ方がジュスマイヤー版と異なる。第1小節〜4小節の合いの手を2拍目と4拍目に入れている点も異なる。ここはジュスマイヤー版では1拍目と3拍目の方を強調している。第4曲「トゥーバ・ミルム」の5小節目(このCDの12秒目)ではジュスマイヤーもアイブラーも2拍目と4拍目に合いの手を入れているので、ジュスマイヤーがここを敢えて変更しているのは興味深い。
第4曲の「トゥーバ・ミルム」では11〜13小節などの弦のリズムが少し違うだけで大きな違いはない。第5曲の「レックス・トレメンデ」でアイブラーが第2拍の管楽器の合いの手を入れていないのはバイヤー版と同じだ。第6曲「レコルダーレ」では90小節などで弦の旋律が異なるが、やはり全体的に見て最も耳に付く違いは「ディエス・イレ」と「コンフターティス」のトランペットとティンパニだと言えそうだ。
なおこのスコアの巻末には、アイブラーとジュスマイヤーによる補筆の歴史的経緯を説明したランドンの「あとがき」(ほぼ同じ内容のランドン自身による解説がこのCDのジャケットに和訳されている)がドイツ語と英訳で各4ページ掲載されている。しかしその後に掲載されている肝心の「校訂報告」(2ページ)はドイツ語のみで英訳がない。私はドイツ語を全く読めないのでこれは不親切だと思う。最後の2ページが落丁で欠けているのでなければ良いのだが。
さて、このCDの演奏は以前紹介したピリオド楽器によるさまよえるオランダ人で冴えた演奏を聞かせてくれたブルーノ・ヴァイルによるものだ。なぜかジャケット解説には演奏家のことについてはほとんど触れていないがなかなか優れた演奏だと思う。合唱は名匠シュミット=ガーデン率いるテルツ少年合唱団なので、女声はソプラノソロとアルトソロの2人だけだ。バッハやモーツァルトの時代のようなカストラーノの代わりに少年合唱団にソプラノを歌わせた演奏はアーノンクールなどのバッハ演奏で時々見られるが、少年合唱団によるモーツァルトのレクイエムは私は初めて聴いた。
少年合唱では劇的表現には欠けるのではないかと心配したが、どうしてどうしてなかなかの好演だ。子音を鋭く立てたラテン語の発音はひょっとしたら少々ドイツ流なのかもしれないが私は好きだ。私は未聴だが実はシュミット=ガーデンとテルツ少年合唱団は1974年のバイヤー版の初録音にも参加している(シュミット=ガーデンは意外に新しいもの好きなのかも?)。しかしジュラシック・ページではその演奏を酷評しているので、恐らくテルツ少年合唱団はこの25年の間に大きく進歩したのだろう。
http://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/talk/mozart/bayer_cd.htm
ランドン版による演奏と言われる録音はこのCDの他に2つある。一つは1992年にランドン版が出版される前の初録音とされるグッドマン盤(1989年録音)だ。この時点のランドン版は「サンクトゥス」と「ベネディクトゥス」のホザンナにバイヤー版のような終結部をそれぞれ4小節つけていたそうだ。これは出版時までに削除されたが、出版前のランドン版を演奏したグッドマン盤は、この校訂作業に対するランドンの考え方の変遷を知る上で興味深い。つまり、この4小節を最終的に削除したことで、ランドン版は声楽部についてはジュスマイヤー版とほぼ変わらなくなり、「ジュスマイヤー版をベースに、オケのアレンジに一部でアイブラーのアイディアを生かした別バージョン」という位置付けになった。ジュスマイヤーを批判するのでなく、その成果をむしろ肯定する立場の校訂譜に変わったのだ。
もう一つのランドン版の演奏(ランドン版の最も有名な演奏)は、ザルツブルグにおける1991年のモーツァルト没後200年記念演奏会のショルティ盤だ。しかしこの演奏は「レックス・トレメンデ」の冒頭2拍目の合いの手を復活させるなど、一部でジュスマイヤー版に戻している箇所があり、純粋なランドン版とは言い難い。ミサ形式の演奏会をまるごと収録した映像は一見の価値があると思うが。
http://www.youtube.com/watch?v=gyEuY4MVzfs
http://www.youtube.com/watch?v=DiHAta3Bb_o
実は楽譜出版後の1999年に録音されたヴァイルのこのCDもブライトコプフから出版されているスコアとは異なる点が1か所ある。「ラクリモーサ」の14小節目のソプラノの音形が楽譜と違うのだ。ジャケット解説では「訳者による補足」としてこの点に触れているが、ランドン自身による解説はこの点については全く触れていない。このため、出版後にランドンがどのような理由でこの旋律を改訂したのか、あるいはヴァイル独自の判断なのかは残念ながら分からない。
なお、ジュスマイヤー版をベースとしながらもアイブラーが残したオーケストレーションを一部で採用するという考え方はランドン版だけに限ったものではない。ガーディナーは1986年録音のCDではジュスマイヤー版を採用していたが、DVDになっている1991年のライブ映像では一部にアイブラー版を採用していると言われている。ただアイブラー版とジュスマイヤー版のオーケストレーションの違いが一番良く分かる「ディエス・イレ」はジュスマイヤー版のままのようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=A3CeOdZZygY
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>こでのトランペットとティンパニの合いの手がなかなか格好良くて
アイブラーはオーケストレーションについては、ジュスマイヤーより明らかに才能がありそうですね。
アイブラーはモーツァルトの自筆譜に直接補筆していることから、モーツァルトの生前からモーツァルトの意図を受けて補筆が開始された可能性も除外し切れないようで、それもあってランドンもアイブラーでジュスマイヤーを訂正するという道を選んだんでしょうね。
2011/8/21(日) 午前 10:39 [ 助六 ]
正直なところ、バイヤー版のアーノンクールも含めていろいろ聞いてみた新校訂版の中でこれからも繰り返し聞きそうだなと思うのはこのヴァイルの演奏だけです。アーメンフーガは結構良い曲なのでレヴィン版やドゥルース版もアーメンフーガまでは時々聞くかもしれませんが。
2011/8/23(火) 午後 8:26 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]