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・シューマン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調
ムーティ指揮フィルハーモニア管
(1982)
アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管
(1994ライブ)
以上 ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
クレーメルはシューマンのヴァイオリン協奏曲も得意にしているようで、複数の録音がある。
この曲は1937年に発見、初演されるまで数奇な運命を経た。シューマンはこの曲を1853年に完成しヨアヒムに楽譜を送って初演を依頼した。しかしヨアヒムは「第三楽章に問題がある」とし、(クララ・シューマンの了解の上で)独自に手を加えて初演の準備をしたが、結局初演することなくシューマンもヨアヒムも亡くなり、楽譜はヨアヒムの遺品としてプロイセン国立図書館に売却された。
その後1933年になってヨアヒムの甥の娘であるヴァイオリニストのイェリ・ダラーニが除霊術により「私の未出版の作品を見つけて演奏してほしい」というシューマンの声を聞いたことで楽譜の捜索が開始され、1937年に本当に発見されたというのだから驚きだ。
発見後も「ドイツ人の作品はドイツ人が初演するべき」というナチスの方針で初演者がクーレンカンプに変更されたり、シューマンの遺族が初演に反対したりといった一悶着があった。さらに、クーレンカンプが楽譜にかなり手を加えたため、クーレンカンプに続いて演奏したメニューインが「原典版を使った自分の演奏が実質的な初演である」という声明を発表したり、とこの曲には様々な曰くがついている。
とにもかくにも、やや渋い曲ではあるがシューマンらしい魅力に溢れたこの曲が無事発見され、耳で聞くことができるのは大変喜ばしいことだ。同時にぜひ自筆譜を確認してみたいところでもある。というのはクレーメルのこの2種の録音は第三楽章のテンポが全然違うのだ。ムーティ盤が9分ぐらいで終わるのに対してアーノンクール盤は12分もかかっている。
IMSLPには残念ながらピアノ伴奏用の譜面しかアップされていない。1拍=63というメトロノーム指定があるが、これはシューマン自身によるものなのだろうか? あるいはヨアヒムが手を加えた際に書き込んだものなのだろうか?
http://conquest.imslp.info/files/imglnks/usimg/b/be/IMSLP04355-Violin_Concerto_in_d.pdf
クレーメルはムーティとの旧盤では速めのテンポでキビキビとリズミカルに進むが、アーノンクールとの新盤ではかなり遅めのテンポでちょっと聞いたら別の曲に聞こえるほどだ。第一、第二楽章もアーノンクール盤の方がコンパクトな室内オケであるにもかかわらず、表情は明らかにこちらの方が重たい。
クレーメルとアーノンクールはどちらもエキセントリックな演奏家だけに、この両者の相性は合うか合わないか2つに1つしかないが、幸いにして前者だったようでしばしば共演している。このテンポ設定がアーノンクールによるものなのか、クレーメルの解釈が旧盤と変わったのかぜひ知りたいところだ。どちらも良い演奏だと思うが、一般的にはムーティ盤の方がスムーズなテンポかな。
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シューマン後期のVn協とVnソナタは晦渋で取っ付きは難しいけど、今は大好きで秀作だと思ってます。Vn協は昔、シェリングとドラティのレコードが気に入ってました。
Vnの低域を偏重してるのは意図的な部分と精神に変調を来たす前のシューマンの心の闇が露出してしまった部分が両方あるのではと想像してますが、「反Vn的Vn演奏」みたいなクレーメルの屈折スタイルがピッタリ来ますね。
01年にエッシェンバッハ指揮パリ管のバックでやってくれたことがありましたが、名演でした。後半はマラ6で一貫性のあるプログラムもありがたかったです。
37年出版のショット版にも63のメトロノーム指定はあるようですが、この現行版はプロイセン国立図書館の音楽部長だったG・シューネマンが整理しヒンデミットが手を入れたものそうですから、自筆譜にこの指定がない可能性もありそうですね。
終楽章はポロネーズだから色々なテンポ設定を試してみたい誘惑があるのは分かりますね。クレーメルのひしゃげたようなリズムが目に浮かびます。
2012/3/31(土) 午前 8:31 [ 助六 ]
助六さんこんばんは
>「反Vn的Vn演奏」
本当にそんな感じですよね。歌う楽器なのに歌わせない珍しいヴァイオリニストです(笑)。パールマンや師オイストラフが、これでもかというくらいこってり歌わせるのとは正反対を行っていますよね。どちらかというとコーガンやハイフェッツの方がスタイルとしては近いと思いますが、モスクワではコーガンでなくオイストラフのクラスに入ったのが面白いところでもあります。オイストラフは様々なコンクールの審査員を務めていたので政治的な理由でその方が有利だったのかもしれません。案の定2人の間には確執もあったようですが。
でもそういう反骨精神があるから40年も一線でやってこられたのではないでしょうか。パールマンやチョンキョンファ、ズーカーマンなど同世代の演奏家がマンネリ化してしまっているのとそこが違うように思います。
2012/4/2(月) 午後 10:47 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]