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「和魂漢才」とは菅原道真の言葉で、日本人としての魂を忘れずに、祖国を愛する心を持ったうえで、世界人として国外に広い知識を求めて勉強せよという教えだそうだ。まさに現代にも通じる教えだ。
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番二短調 op.30
フランス国立管弦楽団
ジャン・マルティノン(指揮)
アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
(1970年代前半頃?)
http://www.youtube.com/watch?v=8h72EHDAwdU
ワイセンベルクのラフマニノフの3番の映像を見つけた。マルティノン指揮のフランス国立管とのテレビ用スタジオ収録だ。マルティノンは1968年から1974年までフランス国立放送管の音楽監督を務めたのでその時期の映像だと思われるが、フランス国立放送管がフランス国立管に改組されたのは1975年なので、もしフランス国立管という映像のテロップが正しければマルティノンが1976年に亡くなる直前の映像かもしれない。youtubeには60年代後半のライブとあるがカラーの比較的安定したビデオ収録(聴衆はいない)なので60年代ということは多分ないと思う。
ワイセンベルクはバースタイン指揮の同じオケで1979年にEMIに録音しているほか、1968年のプレートル/シカゴ響とのRCAの録音もある。いずれもフランスの指揮者ないしオケとの共演である点が興味深い。プレートル盤はマルティノン時代末期のやや低迷していたシカゴ響なので、もしかしたら元々予定されていたのはマルティノンだったのかもしれない。
この曲についてワイセンベルクが語った2001年のインタビュー映像でもフランス語で話しており、フランスはワイセンベルクの第二の故郷だったのだろう(1956年にフランス国籍を取得したらしい)。映像にはイタリア語のテロップが入っているが私はフランス語もイタリア語も理解できないのが残念だ。助六さん、何て言っているか分かったら教えて下さい!
http://www.youtube.com/watch?v=b4XdtkDOX70
youtubeではプレートル盤とバーンスタイン盤、1977年の小沢/ボストン響とのライブ、1982年のコンロン/シカゴ響とのライブ、1983年のステファノフ/ブルガリア国立響とのライブも聴くことができる(いずれも音声のみ)。
http://www.youtube.com/results?search_query=weissenberg+rachmaninoff+concerto+3
一方で2番の正規録音はカラヤンとの録音と映像しかない。youtubeでもカラヤン以外の演奏は出てこないようだ。ワイセンベルクは2番を日本でも演奏していたので(確か日本フィルとのライブがFM東京で放送された。指揮者は失念)、2番が普段のレパートリーに入っていたことは間違いないが、名刺代わりだったのはむしろ3番のようだ。2番はピアニストであれば誰でも弾きそうな曲だが、3番は2番より難しい曲だと思う。技巧的にもそうだし音楽的にも下手をすれば取り留めのない感じになってしまう。ホロヴィッツやアルゲリッチ、あるいはギレリスのように2番は弾かないが3番は弾くというピアニストは希だ。
ワイセンベルクも硬質なタッチとカンカンした響き(伝わるかな?)が3番にピッタリだ。いずれの演奏もなかなかの好演だが、やはり70年代までの演奏の方がイキが良いようだ。録音状態のせいもあるだろうが80年代の演奏はややおとなしく、技巧的な乱れも少し見受けられる。
興味深いのは指揮者によってかなりテンポが異なることだ。プレートル盤は42分だがバーンスタイン盤は47分もかかっている。一方でyoutubeの小沢とのライブは39分代で終わっている(ピッチが正しくないかもしれないので鵜呑みにはできないが)。ワイセンベルクはコンチェルトであってもピアノ優位ではなく指揮者とオケに合わせた音楽作りをしていたことが分かる。特に第一楽章のテンポがかなり異なる。楽譜にはallegro ma non tantoとあるだけでメトロノームの指定はないので、ある程度の幅は許容されるだろうが、それでもバーンスタイン盤はちょっと遅い気がする。
http://javanese.imslp.info/files/imglnks/usimg/4/4e/IMSLP03632-Rachmaninov-Op30fs.pdf
マルティノンとの映像は前後のテロップを除くと正味41分弱で、ワイセンベルクにとっては41〜42分あたりが標準的だったようだ。最近は遅めの演奏も多いので、この曲としてはやや速めかもしれないが、私は(指が十分に回れば)このくらいがこの曲のピアニスティックな面白さと音楽的な美しさを両立できるテンポだと思う。
68年のプレートル盤は指だけが突っ走る印象をわずかに与えるのに対して、この映像は心技共に充実しており最も良い演奏ではないだろうか。ぜひ正規発売を期待したいものだ。映像の取り方自体にはカラヤンの映画のような奇抜な趣向はないが、舞台中央奥のスクリーンにワイセンベルクのアップが映し出される(はめ込み映像か?)のが面白い。引き振りでもないのにピアノのフタが取り外されているのも珍しい。
なお余談だが、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は作品18、第3番は作品30だ。有名な作曲家の割に作品数は少ないのだ。1940年の交響的舞曲作品45が最後の作品だ。
(追記)
ラフマニノフはこの曲の第一楽章のカデンツァを2種類残していて、オリジナルとossia(オッシア:代替版)とがある。この曲の場合オリジナルの方が小節数が少なくてossiaの方が長いので「小カデンツァ」、「大カデンツァ」とも呼ばれる。ラフマニノフの自作自演やホロヴィッツ、アルゲリッチなどはオリジナルを採用している。一方ossia派はベルマン盤が代表的だった。私は聴いていないが古くはクライバーンもossiaを演奏しているそうで、最近ではブロンフマンが良く演奏している。下記サイトで聞き比べができる。
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/mi-company/fav.html
上記IMSPLの楽譜では34ページから上段に小さい文字で書かれているのがossiaで、下段がオリジナルだ。確かにossiaの方が小節数が多いが、カデンツァの後半(36ページの3段目)以降は一緒になるのでオリジナルが非常に短くて易しいという訳でもない。後半盛り上がり型のオリジナルに対して最初からガンガン鳴らすossiaという感じだ。多分に趣味の問題ではあるが、私はオリジナルの方がしっくりくるかなあ。ossiaはガンガン鳴らしている時間が長い分、少しだけ冗長に聞こえるような気がするがどうだろう?
ワイセンベルクはオリジナル派だったようだが、カデンツァの前半をかなり速いテンポで突っ走るのが特徴だ。ちょっと聴くと別のカデンツァかと思うくらいだ。このマルティノンとの映像の11分頃から確認できる。比較参考までにブロンフマンの来日公演(オケはゲルギエフ/ウィーンフィル)の映像も引用しておこう。下記ビデオの丁度10分あたりからossiaの大カデンツァを弾いている。
http://www.youtube.com/watch?v=p5kS6HjgwLk
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ご無沙汰しております。またひんぱんに更新されていてよかったです。たかさんは更新するときはいつもハイペースですね(笑)
追悼といえば、吉田秀和氏が亡くなられましたね。いろんな音楽ブログやサイトで追悼のコメントが書かれているようです。私は多分書かないと思いますけど。。。小石忠雄氏が亡くなり、吉田さんも亡くなり、遠山一行氏はほとんど執筆されず、読みたくなる音楽評論を書いてくれるひとがどんどんいなくなっていきます。さびしいことです。あ、宇野氏はまだご健在ですね。お元気で頑張っていただきたいものです。
2012/5/30(水) 午前 8:06 [ theta ]
thetaさん
ご無沙汰しております。おっしゃる通り、私のペースにはかなりムラがあります(笑)。
音楽があふれてくる時とあふれてこない時があって、なかなかコントロールできません。本当は400記事は2月か3月ぐらいに達成できると思っていたのですが、こんなに遠いとは....
気長におつきあい下さい。
基本的に評論家の言うことは鵜呑みにしない性分なのですが、金子健二さんは楽譜をしっかりチェックする方なので注目しています。あとは宇野氏や許氏のように言いたい放題書く人の記事は自分の受け取り方の違いがはっきり分かるのである意味では面白いですね。
2012/5/30(水) 午後 10:41 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
とても貴重な記録ですね。小生は共演したジャン・マルティノンの指揮姿に着目しました。生前あれほど活躍した実力者なのに、今では思い出す人も稀になり、観られる映像もほんの僅か。このスタジオ・ライヴは画質もよく、マルティノンの手堅いバトン・テクニックをよく伝えていますね。アップ画面こそ少ないですが、幸い(?)ピアノの蓋がないお陰で指揮ぶりを堪能しました。貴重な情報をありがとうございます。
ちなみにフランス国立放送管は、75年の改組前から「オルケストル・ナシオナル」と略記されることが多かったので、この映像もマルティノン在任中のものかもしれません。おそらく70年代初頭の収録でしょうか。
2012/6/1(金) 午後 1:08 [ 沼辺信一@千葉 ]
沼辺さんはじめまして。
確かにマルティノンの映像は珍しいですね。正規にDVD化されたのは日本フィルを振ったマーラーぐらいでしょうか? N響を振りに来たことも2回あって(スターンとの演奏が最近CD化されました)結構な親日家だったはずなのですが、欧米のオケと来日しなかったのでクリュイタンスやミュンシュの来日ほど事件としては記憶されていないようです。もう少し長生きしてフランス国立管かパリ管あたりと来日してくれれば状況は違ったのでしょうが。
この演奏も名指揮ですよね。ワイセンベルクはプレートル盤やバーンスタイン盤よりも本領を発揮しているように思います。
>フランス国立放送管は、75年の改組前から「オルケストル・ナシオナル」と略記されることが多かった
それは知りませんでした。であれば70年代前半ぐらいの映像でしょうね。
2012/6/1(金) 午後 9:31 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
【ワイセンベルクのインタビュー全訳】
もし響きの中で旋律の上に雲を漂わせることができれば−ある人たちはできます。例えばリヒテル。ロシア人じゃなくたってできます−、一種特別なものが浮かび上がります。それは感動的なものですが、演奏上の気取りではなくて、自然で動物的なものです。ロシア的なものと言ってもよいでしょう。ドイツの演奏家はずっとアカデミックです。もちろんそれは素晴らしい。バックハウスが素晴らしいのはもちろんです。しかしドイツに典型的な明晰な演奏への意思は無駄なリスクを嫌います。私はリスクを信じます。私がスラヴだからかも知れませんがそれは意識下のものです。私はリスクが好きですが、それはリスクがエキサイティングであり、目覚めさせるものだからです。目覚めれば遠くに行くことができます。頭の中で列車に乗ってどこでも行くことができます。そして遠くに行くほど、ノスタルジーに近づきます。ピアノを教えるのがとてもうまいロシア婦人たちのタンタカタンタカへのノスタルジーにです。
芸術家の大きな義務は、まず自分自身を知ること、それによって過剰なものを廃し、最良なものを表現することです。
2012/6/21(木) 午後 0:43 [ 助六 ]
我々は音楽を発見するのではなく、音楽において自己を発見するのです。この区別は大変重要です。
私にとって最初の言語はピアノです。最初の感情表現はピアノです。私は好きなら弾き、好きでなければピアノを弾けません。
私はヴラディゲロフに習い始めた時、私の内にある真実に無意識の内に気付きました。つまり成功しようがしまいが、こうして常にピアノを弾くことです。常によりよく弾き、誰かをよりよく感動させようとすることです。最初から−それは50年後の今でも変わりませんが−私がステージに上るのは誰かに何かを与えるためです。自分をひけらかしたり、会場に3千人の聴衆がいることを感じるためではありません。演奏会場には常に音楽を愛し音楽を必要としている人が1人いると思います。その人はコンサートを通じて気分を向上させることが必要だから会場に来ているのです。馬鹿じゃなければ、その1人のために地球の果てに旅する意味があることが分かります。そしてそれは強迫観念になるのです。
2012/6/21(木) 午後 0:44 [ 助六 ]
助六さん翻訳ありがというございます。
具体的にどう演奏するかという話よりも、演奏とは何か、演奏会とは何かという精神論が中心で、ワイセンベルクが抽象的世界の中に生きていたことがよく分かります。彼の感覚的である意味無国籍的な演奏はこういう姿勢から生まれてきたものなのですね。貴重な情報をありがとうございました。後日記事に転載させて頂きます。
2012/6/21(木) 午後 11:11 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]