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・ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
ロンドン交響楽団
カルロ・マリア・ジュリーニ(指揮)
(1972)
・ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
フランス国立放送管弦楽団
ジョルジュ・プレートル(指揮)
(1969ライブ)
ワイセンベルクについてネットで検索していたところ、このブログでもおなじみの助六さんが別のブログに仏ルモンド紙の追悼記事を紹介しているのを見つけた。助六さんお元気ですか? 珍しい情報なので勝手に引用させて頂きます(笑)。
父は外交官で母はピアニストだったが、母はユダヤ系で離婚手続き中だった(勝手な補足:ナチスの台頭によりユダヤ人の妻を持ったままでは外交官を失職するので保身しようとしたのか?)。母親は(恐らく身の危険を感じて)離婚に応じなかったようで、父親はついに自ら母子をユダヤ人として密告し(!)、ワイセンベルクは母親ともども収容所に入れられた。奇跡的に脱出できたのは収容所の番人が彼のピアノの才能に驚いて逃がしたためという逸話もあるが、実際は母親の宝石で番人を買収したりもしていたらしい。戦後は米国で成功を収めたが1956年には仏国籍を取得しヨーロッパに戻っていたらしい。ショルティが間一髪でナチスの手を逃れたことを昨年紹介したが、ワイセンベルクも大変な思いをしていたのだ。
よくワイセンベルクはクールな演奏をすると言われる。しかし私にはクールというよりも、一見ダイナミックに見えて実は神経質で、どこか寂しげな音楽をする人だという印象があった(そのあたりはラフマニノフの音楽とも共通する)。これだけの人気者だったにも関わらず、スチール写真も演奏中も先日引用したインタビューでもほとんど無表情なのだ。
24年前(1988年?)の来日時にインタビューをした伊熊よし子さんという方の記事も見つけた。柔らかい表情で映っているのがうれしい。徹子の部屋のインタビューではどんな話をしたのか追悼再放送してほしいものだ。
http://blog.yoshikoikuma.jp/?eid=169178
さて前置きが長くなったが、ワイセンベルクが得意にしていたレパートリーにブラームスの協奏曲がある。第1番の録音には1972年のジュリーニ盤と1984年のムーティ盤がある。第2番も正規録音は残さなかったが実際は良く演奏していたようで、この1969年のプレートルとのライブ映像が近年になってDVD化された。日本でも1972年4月12日に岩城宏之指揮N響で、5年後の1977年11月8日にもカラヤン/ベルリンフィルと演奏した(なぜか両方とも大阪国際フェスティバルでの演奏だ。大阪方面に懇意のプロモーターがいたのだろうか?)。私は聞いていないが隠遁中の1960年のイタリアでの放送用ライブ(?)がCD化されたこともある(指揮はペーター・マーク)。隠遁中にも取り上げているということはきっと好みのレパートリーだったのだろう。
まず1番だがジュリーニ盤は50分かけた堂々たる演奏で、一部では以前から評判が高かった。しかし(LP時代のEMI盤に時々あったことだが)ところどころ音が歪む箇所があったそうで、音質の悪さが足を引っ張っていた。追悼企画として今年出た10枚組ではこの曲は2012年の最新リマスターが採用されており、ワイセンベルクの全盛期の演奏を本来の音で楽しめるようになった(そのほかこのBOXではシューマンの子供の情景を収めた1枚と先日紹介したバーンスタインとのラフマニノフの3番が2012年のニューリマスターになっている)。
なるほど確かに良い演奏だ。クリスタルな輝きの硬質な音によるブラームスはギレリスの若い頃の演奏に少し似ている。だがギレリスよりはもっとオケに寄り添うようなピアノで、もう少しガンガン前に出てもいいかなと思う瞬間もなくはない。ピアノ付き交響曲という感じなのはカラヤンとのラフマニノフとも共通する。しかしこの曲はもともとそういう曲なのでそれは大きな問題ではない。ワイセンベルクの代表盤の一つと言っていいのではないだろうか。
ロンドンフィルやニューフィルハーモニアではなく珍しくロンドン響を指揮しているジュリーニの雄叫びがかなりはっきり入っていて(第一楽章14分45秒など)、マニアの間では以前から有名な録音らしい。一方ムーティ盤は47分とだいぶテンポが速くなっている。当時私も聞いたはずなのだがあまり強い印象は残っていない。両方聞いた人のコメントをネットで見ると概ねジュリーニ盤の方が評価が高いようだ。
2番は正規録音を残さなかったのでこのライブ映像は期待していたのだが、ワイセンベルクの調子があまり良くなかったようでミスタッチが目立つ。残念だ。演奏時間は拍手や楽章間を含めて51分というややゆったり目のテンポだ。下記サイトなど複数の情報によると1972年に岩城宏之と共演した際はわずか45分の快速テンポで終わったそうなので、ここでも指揮者によるテンポの違いが目立つ。
http://www12.plala.or.jp/yuujin/Mtape.htm
ワイセンベルクはコンチェルトのテンポはソリストでなく指揮者が決めるべきと考えていたのではないだろうか?カラヤンがワイセンベルクと共演したがったのにはそういう理由もあるのかもしれない。カラヤンとの2番は85年頃にDGが録音を予定していた(ムーティとすでに1番を録音していたということもあるが、カラヤンは2番しか振らない人なのだ)。しかしこれも結局実現しなかった。77年の来日公演はどのような演奏だったのだろう。ユーチューブでは83年のムーティとのライブも聴くことができる(音声のみ)。これは49分だ。こちらもミスタッチが結構あるし(特に終楽章)音質にも限界がある。ワイセンベルクの全盛期である70年代の演奏を聞いてみたいものだ。
http://www.youtube.com/watch?v=hR6RSlSTKlQ
このDVDにはワイセンベルクが再デビューするきっかけとなった1965年のペトルーシュカ(スタジオ映像)も入っている。それについては別記事を書いた。
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>神経質で、どこか寂しげな音楽をする人
>心を開けなくて、寂しさから逃れるためにひたすらピアノに打ち込んでいるような
眼からウロコです。
私にはどうもいつの間にかワイセンベルクは冷たくて無機的なヴィルトゥオーゾというイメージが固まってしまい、83年に一度だけ聴いたリサイタルでもその印象は基本的に変わりませんでした。
仏ラジオで聞いたインタビューでも、今回ご紹介下さってるインタビューでも(訳し始めたんですが、やはり大変時間を取られるので気長にやることにします)気難しげな口調で音楽の精神的な意味みたいな抽象的なことばかりを話しており、リサイタルでも何やら「深さ」を演出するような弾きっぷりに私はちょっと胡散臭さを感じてしまって、「ヴィルトゥオーゾ」のレッテルを貼られたピアニストの反発かなぁなどと想像していました。
2012/6/21(木) 午前 11:26 [ 助六 ]
私は死をきっかけに、初めて彼の放浪人生や晩年の病気について知ったのですが、あのカチーンカチーンと叩くタッチの裏側には鎧で身を守るように傷ついた繊細で孤独な魂が宿っていたのかも知れませんね。
そう思って聴くとまた別のものが聞こえてくるかもしれません。少しずつ聴き直してみようと思います。
>インタビューでもほとんど無表情
>ピアノだけが友達の孤独なピアニスト
インタビューのみならずステージでも無愛想でした。
しかし「ピアノだけが友達だった」人が晩年パーキンソン病で思うようにピアノが弾けなくなっていったのだったとしたら、それは人生の意味を見失いかねない試練だったかもしれないわけで、おまけに彼の演奏会を一生懸命聞いたつもりだった私には、彼が命を賭けて演奏にこめていたものは何も伝わっていなかったということなのかもしれません。慄然とせざるを得ません。
日本でワイセンベルクの評価は芳しくなかったような気がするんですが、TAROさんのブログの検索フレーズ・ランキングに死後数ヶ月を経ても「ワイセンベルク」の語が定期的に登場し続けてるのに驚いています。分かる人にはちゃんと伝わるということなんで
2012/6/21(木) 午前 11:27 [ 助六 ]
助六さんこんばんは
フランソワもそうですがワイセンベルクも無愛想というか、ずいぶんつまらなさそうな顔でピアノを弾きますよね。これには何か理由があるのではと漠然と思っていましたが、貴重な情報をありがとうございます。
これだけ来日しているにも関わらず奥さんや子供がいたという話しは聞いたことがありません。父親のトラウマを生涯抱えていたのかもしれません。大変気の毒な話です。
日本の評論家は本場物信奉が強いのでワイセンベルクは異端児扱いでしたが、でも聴衆にはひところは人気があったように思います。いつの話わかりませんが、評論家の横溝亮一氏が462人の音大生を対象に関心があるピアニストを調査したところ、アシュケナージ、ケンプ、アルゲリッチ、ポリーニ、ホロヴィッツに次いでワイセンベルクがランキングしたそうです。
2012/6/21(木) 午後 11:02 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]