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大変遅くなりましたが明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。元旦の朝にテレビをつけたら以前紹介したショルティの復活の映像がクラシカジャパンでかかっていました。これが今年最初に聞いた音楽です。今年こそは日本経済も、東北も、私自身も本当の復活の年になると確信しています。
昨年は思うように記事が書けませんでした。デル・モナコやルービンシュタイン、グールド、オルフの没後30年、ハイフェッツやヨッフム、デュプレの没後25年、ミルシテイン、ピアソラの没後20年、チェリビダッケやヴァント、ショルティ、ブリテンの生誕100年など記事にしようと思っていたものがたくさんあったのですが、これらはおいおい書いていきたいと思います。
今年はヴェルディとワーグナーの生誕200年が大きく取り上げられていますが、他にもウォルトン、ボールト、マルケビッチの没後30年、ドラティ、ムラヴィンスキー、シェリング、パリアキン、ポネルの没後25年、ポップ、オジェー、クリストフ、トロヤノス、ラインスドルフ、ニコラーエワ、ホルショフスキーの没後20年、テンシュテット、プライ、ヴァレンティーニ=テラーニ、ストレーレルの没後15年、ボベスコ、エーデルマン、コレッリ、ボニゾッリの没後10年といった記念イヤーにあたります。ラフマニノフの没後70年、プーランクの没後50年でもあります。私の体調はまだ本調子ではありませんが、可能な範囲で書いていきたいと思っています。
1 J.シュトラウスII世: ワルツ『人生を楽しめ』Op.340 (バレエ)
2 J.シュトラウスII世: ポルカ・シュネル『ほんとに素早く』Op.409
3 ヨゼフ・シュトラウス: ポルカ・マズルカ『女心』Op.166 (バレエ)
4 ヨゼフ・シュトラウス: ポルカ『おしゃべりなかわいい口』Op.245
5 ヨゼフ & J.シュトラウスII世: 『ピツィカート・ポルカ』Op.234
6 J.シュトラウスII世: ワルツ『ウィーンの森の物語』Op.325 (バレエ)
7 J.シュトラウスI世: ギャロップ『競馬とウィリアム・テル』Op.29
8 ヨゼフ・シュトラウス: ポルカ『芸術家の挨拶』Op.274
9 J.シュトラウスII世: 『トリッチ・トラッチ・ポルカ』Op.214 (バレエ)
10 J.シュトラウスII世: 『爆発ポルカ』Op.43
11 ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル『憂いもなく』Op.271
12 J.シュトラウスII世: 『美しく青きドナウ』Op.314 (バレエ)
13 J.シュトラウスI世: 『ラデツキー行進曲』Op.228
[指揮]ヴィリー・ボスコフスキー
[演奏]ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
[出演]ウィーン国立歌劇場バレエ団、ウィーン・フォルクスオ-パー・バレエ団
[収録]1974年1月1日、ムジークフェラインザール(ウィーン)
http://www.youtube.com/watch?v=vfgvqWEFa54
1 喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
2 ワルツ「天体の音楽」作品235
3 アンネン・ポルカ 作品117
4 ワルツ「うわごと」作品212
5 喜歌劇「コウモリ」序曲
6 アンネン・ポルカ 作品137
7 ポルカ「観光列車」作品281
8 ピチカート・ポルカ
9 皇帝円舞曲 作品437
10 無窮動 作品257
11 ポルカ「雷鳴と電光」作品324
12 ワルツ「春の声」作品410
13 ポルカ「憂いもなく」作品271
14 ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
15 ラデツキー行進曲 作品228
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、
キャスリーン・バトル(ソプラノ)(12)
ウィーン国立歌劇場バレエ団
1987年1月1日、ウィーン・ムジークフェラインザール
http://www.youtube.com/watch?v=3svMUPdkzrY
http://www.youtube.com/watch?v=1cA1pXJ8Iuc
(上記ユーチューブの映像はかなり編集されておりオリジナルとは異なる)
クラシカジャパンが1月に放送したニューイヤーコンサートは1974年と1987年の映像だ。前者は第二部のみ、後者は全曲で、いずれもDVD化されているものだが前者は私は初めて見た。私がニューイヤーコンサートを見始めたのはNHKが衛星生中継(FMは全曲だがテレビは当時は第二部のみ)するようになったマゼール時代(確か1983年)からだが、録画によるテレビ放送は1973年からされていたそうなので、この1974年のコンサート(1955年からニューイヤーを振っているボスコフスキーの20回目の記念コンサート)を当時ご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。
ボスコフスキーの指揮はお世辞にも器用とは言えないが、やはりヴァイオリンの弾き振りはシュトラウスらしくて好ましい。ボスコフスキーは長年ウィーンフィルのコンマスを務めただけに息も合っている。この映像では団員からウィーン菓子で作ったヴァイオリンを送られている。楽団員の仮装やコント、クラッカーなどの派手な鳴り物、この時代のニューイヤーコンサートはお遊びの要素が強かったということも初めて知った。
そのコンセプトは挿入されるバレエにも共通しており、トリッチ・トラッチ・ポルカの奇抜な衣装(上記ユーチューブの45分頃)などは現在では考えられないものだろう。ちなみにフォルクスオーパーのバレエ団は1987年の映像には参加していない。きっと冗談好きのウィーン子はこの映像を見て古き良き時代を懐かしむのだろう。ボスコフスキーのしゃべりもドイツ語のみで、ニューイヤーコンサートが主にドイツ語圏を対象にしたローカルなお祭りだった時代の貴重な記録だ。音声はモノラルでそれなりだが映像は安定しており、1987年のカラヤンと13年もの開きがあるとは感じられない。ちなみにラデッキー行進曲の手拍子はもともと観客が自発的に始めたもので、指揮者が振り向いて観客を指揮するようになったのはマゼール時代からだそうだ。
一方のカラヤンはボスコフスキーやマゼールと違ってヴァイオリンの弾き振りはない。マゼール時代に映像が世界に生中継されるようになりニューイヤーコンサートはぐっとインターナショナルでお行儀の良いイベントに変化し団員の仮装などはなくなった。カラヤンのスピーチもドイツ語と英語で行われ、「私たちが望むのは平和、平和、そして平和」と語るのは東欧の崩壊が進み始めていた当時の政治情勢を反映したものだ(上記ユーチューブの1時間7分頃)。
カラヤンは1986年秋のベルリンフィルの来日公演を病気(確か人からプレゼントされたロバか何かからのウイルス感染だったと記憶している)でキャンセルしてこのニューイヤーコンサートに備えた。私が観た1984年の来日時と比べてカラヤンの指揮はずいぶん動きが小さくな、当時テレビで見たときは老けたなあという印象の方が音楽よりも記憶に残った。しかし改めて冷静に聞くと結構良い演奏だ。カラヤンがベルリンフィルと何度も録音したワルツよりも数段ウィーンっぽい。ゲストのバトルも良い。ゲストソリストが花を添えるというのはとても良いアイディアだったと思うが、翌1988年のアバドはそうしなかった。最近のニューイヤーはマンネリ化しているのでゲストを呼ぶのも良いかと思うが。
バトルの「春の声」が終わった後で花束贈呈があったためか、カラヤンは次がアンコールの「美しく青きドナウ」だと勘違いしてヴァイオリンを促し、間違いに気がついて「まだ?」と笑っているのもほほえましい。しかも飛ばしそうになった曲がポルカ「憂いもなく」なだけに、ウィーンフィルの団員の笑い声がシチュエーションにピッタリで、ひょっとしてこれは振り間違いではなくカラヤンが冗談でやったのではないかと思うくらい出来過ぎだ。この振り間違いのシーンとカラヤンのスピーチはソニーのDVDではカットされてしまっているので今回の放送で久しぶりに見ることができた。
カラヤンは年末は本来はベルリンフィルのジルベスター(大晦日)コンサートを指揮しなければいけないのでウィーンのニューイヤーは初めから1度切りのつもりだったと思われる。ニューイヤーコンサートはこの年から毎年指揮者が変わるようになった。カラヤン以降でこの年並に印象に残っているのは2回振ったクライバーぐらいだろう。カラヤンによるニューイヤーコンサートが実現して本当に良かった。
バトルが歌っているリヒャルト・ジュネの詩による春の声の対訳が梅丘歌曲会館に掲載されているのでこれも引用させていただこう。
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Strauss_J2/S825.htm
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ニューイヤーコンサートのNHK・TV放送が始まったのは僅か73年でしたか。何だか物心付く前からやってたような気がしてたもので。73〜74年というと私が音楽を意識して聞き始めた頃でこの74年版もパーカッションの2人のギャクとか楽員が声出して歌う場面とか見覚えがありますから当時見たようです。
確かにボスコフスキーの指揮は中に入って楽しんでる感じの気さくさがあって、後の国際大指揮者による「統率」「真面目」臭の強いスタイルに比べてアットホームな懐かしさがあって素敵ですね。今ほどジェットセット・成金化してなかったということでしょう。
当時の正月気分が蘇ります。74年というと庶民にとっては海外渡航はまだまだ夢、中学生にはLP1枚買うのも大変でしたから、ニューイヤーのTV放送はほんとにありがたくて夢見させてくれるものでしたね。
2013/2/10(日) 午後 1:02 [ 助六 ]
トリッチ・トラッチ・ポルカの振り付けや衣装はまるで覚えてませんでしたが、今見ると大学紛争後の習俗革命が進行していた70年代前半の欧州社会の雰囲気を反映してるかもとも思いました。OPEC事務局があるヴィーンも石油ショックに揺れてたろうと思いますが、正月くらい世相は忘れたいという気持ちも透けて見えるような。
この翌年辺りは楽員のギャグが持ち込み小道具共々エスカレートし、「はしゃぎすぎ」の批判も出てその後自粛傾向になったなんていう解説を当時日本の音楽雑誌で読んだように思います。
コンマスのヘッツェルや楽団長のヒューブナーとかベーム時代のヴィーン・フィルを支えてた面々が懐かしい。当時は息を詰めて一音一音聞いてたものでした。ただクラのプリンツが出てませんね。
87年のカラヤン指揮版は仏TVで見ました。カラヤンのニューイヤー指揮は確かこれが最初で最後でしたね。当時頂点だったバトルのソロも良く覚えてます。
2013/2/10(日) 午後 1:03 [ 助六 ]
カラヤンも珍しく打ち解けた笑顔で楽しそうに振ってて、特に「こうもり」などそう言えばカラヤンはオーストリア人だったなぁと思わされるヴィーン・オペレッタのイディオマティックで日常的な気分にカラヤンらしい表現意思と品格も備わっていて優れた指揮だと思いました。
「平和」を繰り返すカラヤンの脳裏にこの時何が浮かんでいたのかは大変気になります。欧州が悲惨な戦場になった両大戦を共に経験し戦後「非ナチ化」にまで引っ掛かったカラヤンが平和を切望する気持ちは真実だったと想像しますが。87年初頭ではまだペレストロイカが動き始めた程度で、東欧革命や壁崩壊を見通していた人は1人もいなかったと思います。欧州でニュースの前面に出ていたのはイラン・イラク、リビア、レバノンなどの中東危機でした。86年はパリもヒズボラ・イラン関連と見られる連続テロに見舞われました。
質問なんですが、同時中継の場合バレエ映像とのシンクロはどうやってるんでしょう?バレエ映像は青空のシェーンブルン庭園が舞台なんてのまであったから別撮りだと思うんですが。昔から疑問が解けないままです。
2013/2/10(日) 午後 1:04 [ 助六 ]
助六さんこんばんは。
私はボスコフスキー時代のニューイヤーをテレビで見た記憶はほとんどないのですが、wikiによると欧州での録画放送は1959年から(DGのDVDに一部されています)、日本では1973年からとのことです。ですのでおふざけ満載の演奏をかえって新鮮に見ることができました。
バレエですが、生の音声に事前収録の映像を同期させることはできないので、舞台のマイクで収録した音声とモニター映像を見ながらバックで副指揮者が振っているのだと思います。夜間の公演なので昼間の庭園が映っている部分は、ブルースクリーンの前で踊った映像を事前に収録した画面にはめ込んでいるのだと思います。現在は豪華な室内のお上品なバレエばかりになってこういうことはやっていないようですね。
カラヤンのスピーチですが、確かに1987年1月というと、前年にソヴィエトがアフガニスタンから撤退したぐらいで、ソ連や東独の崩壊よりはどちらかというとチェルノブイリ原発事故の方が心配だった時期ですね。
2013/2/11(月) 午後 11:49 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
たかさん
貴重な映像の紹介をありがとうございました。コメントにあるバレエは、私もやはり同時進行ではないかと思います。数年前にはバレエの映像の後半で、それまで踊っていた少年少女がそのまま会場に入ってきましたので、まさかそんなつなぎはないと思います。庭園を使ったりするとダンサーの移動やカメラが大変だろうと思っています。
なお、この公演は昼間の午前11時(日本時間夜7時)からです。これに限らずウィーン・フィルの定期演奏会は日曜の昼間11時からとなっています。
2013/3/24(日) 午後 7:32 [ TG ]