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12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

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・R.シュトラウス:楽劇『ばらの騎士』Op.59
 元帥夫人:リーザ・デラ・カーザ(S)
 オクタヴィアン:セーナ・ユリナッチ(Ms)
 ゾフィー:ヒルデ・ギューデン(S)
 オックス男爵:オットー・エーデルマン(Bs)
 ファーニナル:エーリッヒ・クンツ(Br)
 歌手:ジュゼッペ・ザンピエーリ(T)
 マリアンネ:ユーディト・ヘルヴィヒ(S)
 ヴァルツァッキ:レナート・エルコラーニ(T)
 アンニーナ:ヒルデ・レッセル=マイダン(A)
 警部:アロイス・ペルネルストルファー(Bs)
 侯爵家の家令:エーリヒ・マイクート(T)
 ファーニナル家の家令:ジークフリート・ルドルフ・フレーゼ(T)
 公証人:ヨーゼフ・クナップ(Br)
 料理屋の主人:フリッツ・シュパールバウアー(T)
 ウィーン国立歌劇場合唱団
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
 収録:1960年7月26日、ザルツブルク祝祭大劇場
 演出:ルドルフ・ハルトマン

 この録音は1960年に落成したザルツブルグ祝祭大劇場のこけら落としとなった初日のライブで、元帥夫人とゾフィー(ギューデンとローテンベルガーのダブルキャストだった)以外は有名な映画と全く同じキャスティングだ。海賊盤ではLP時代から出ていたがDGが正規CDを出したのはカラヤン没後10年の1999年なってからで、もしかしたらデラ・カーザの80歳記念の意味もあったかもしれない。この1960年にデラ・カーザはばらの騎士とフィガロの結婚に出演し、同時にミュンヘンでアラベラとカプリチョにも出演、まさにキャリアの頂点にあった。デラ・カーザのマルシャリンがモノラルながら安定した音で聞けるようになったのは大変喜ばしい。

 デラ・カーザの上品なマルシャリンは映画になったシュヴァルツコプフの意志の強い自立したマルシャリンとは違った魅力があるが、デラ・カーザもユリナッチもマルシャリンとオクタヴィアンを両方歌う歌手なので、音だけで聞くと2人のコントラストがやや弱くなるのは否めないようだ。ユリナッチのオクタヴィアンとの組み合わせで音だけ聞くのであればシュヴァルツコプフのマルシャリンの方が収まりが良いように思う。シュヴァルツコプフの精妙で濃厚な歌はオクタヴィアンには向かないので、音だけでもソプラノのユリナッチとのコントラストは十分につくからだ。

 ザルツブルグ音楽祭のキャスティングは演出家側、指揮者側、音楽祭側などの様々な意向が絡むので、このキャスティングが誰の発案なのか正確には分からないが、ハルトマン演出の1969年の最後の再演(ベーム指揮)でもメゾのマルシャリン(ルートヴィヒ)に敢えてメゾのオクタヴィアン(トロヤノス)を組み合わせているので、声楽的には近寄った声を持ってきて視覚的にコントラストをつけるというのがハルトマンのオリジナルの演出コンセプトだったのではないかというのが私の推測だ。

 つまりこのキャストは映像で見るべきなのだ。私は聞いていないがデラ・カーザが1956年にメットで元帥夫人を歌ったライブも残っていて、ここではリーゼ・スティーヴンスがオクタヴィアンを歌っている。音だけ聞くのであればこの組み合わせの方が良いかも知れない。。

 ソプラノ歌手は、出世魚のようにズデンカが後年アラベラを歌ったり、ゾフィーやオクタヴィアンが元帥夫人に、フィガロの結婚のスザンナが伯爵夫人になるケースと、声自体のキャラクターで持ち役が自ずから決まってしまうケースがある。デラ・カーザやポップは典型的な前者で、バトルやヘンドリックス、キリ・テ・カナワは後者だろう。バトルやヘンドリックスが伯爵夫人や元帥夫人を歌うことは多分なかっただろうし、テ・カナワは逆に若い頃から伯爵夫人や元帥夫人が持ち役だった。シュヴァルツコプフも後者で、ゾフィーやスザンナを歌ったとしたらごく若い頃だけだろう。シュヴァルツコプフのキャラの立った元帥夫人もやはり素晴らしいと改めて思った次第だ。

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初めまして

デラ・カーザ亡くなっていたんですか…
以前Yahoo!Daysを編集した記事で、記憶違いあるかもですが
デラ・カーザ信者の先生の話を書きました
トラバさせて頂きます。承認非承認はお任せします

【聖燭節に光ゆらめく永遠の名花一輪】
http://ameblo.jp/mathichen17/entry-11153179928.html

YouTubeに♪アラベラ見つけた時には感激しました
今度また観たいと思います

2013/2/16(土) 午後 9:55 mathichen

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mathichenさんはじめまして。
アラベラの映像(1963年ではなくて1960年です)は本当に素晴らしいですね。デラ・カーザ存命中にDVD化してほしかったのですが残念です。

ポップの来日公演は舞台で見ました。コップは確かに割れなかったですが、割れると危険なので割れないものを使ったのではないかと思いました。

2013/2/16(土) 午後 10:35 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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シュヴァルツコプフの言い分ですと、59年時点では翌年のザルツで小劇場でのベーム指揮「コジ」と大劇場こけら落とし公演のカラヤン指揮「ジョヴァンニ」への出演が内定していたそうです。ところがレッグが大劇場こけら落としは「ジョヴァンニ」ではなく「ばら」に代わったという情報を察知し、大劇場こけら落とし公演への出演を切望していたシュヴァルツコプフはザルツに君臨していたカラヤンに直接尋ねたそうです。59年夏に休暇でイスキア島に来ていたレッグ・シュヴァルツコプフ夫妻が偶然そこでやはり休暇中のカラヤン夫妻に出会ったときの出来事でした。カラヤンは「『ばら』はカイルベルトが振る。あなたには私以外の指揮でマーシャリンを歌って欲しくない」と断言したそうです。

2013/2/18(月) 午前 11:14 [ 助六 ]

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ところがプログラムが発表されてみると、こけら落とし公演はカラヤン指揮デッラ=カーザ主演の「ばら」でシュヴァルツコプフ出演のカラヤン指揮「ジョヴァンニ」は小劇場公演。出し抜かれたと感じたシュヴァルツコプフは60年ザルツ出演のキャンセルをエージェントに伝えたそうですが、直ちにカラヤンから電話があり、今後ザルツ、ヴィーン、ミラノのその他で出演に支障が出るぞと脅してきたとのことです。
彼女からすれば映画収録の「ばら」1回を取り戻したのは当然だというわけでしょう。まあ普通に考えて、60年ザルツでシュヴァルツコプフはカラヤン指揮「ジョヴァンニ」(小劇場)とベーム指揮「コジ」(州立劇場)を歌い、デッラ=カーザはカラヤン指揮「ばら」(大劇場)とベーム指揮「フィガロ」(小劇場)に出て両巨匠が両ディーヴァを分け合うというのは妥当な選択だった思うんですが。逆にデッラ=カーザは60年の事件以降ザルツ出演を拒否しミュンヘンに本拠を移すことになります。

2013/2/18(月) 午前 11:15 [ 助六 ]

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ご存知のようにデッラ=カーザは「ばら」の女声3役すべてを歌ってますが、シュヴァルツコプフはオクタヴィアンは歌わなかったけれど、ゾフィーは48−51年の3年間だけ歌っています。初めてマーシャリンを歌ったのは52年1月のカラヤン指揮スカラ公演で、前コメントさせて頂いたようにこの時はデッラ=カーザがゾフィーでした。
シュヴァルツコプフはスザンナも47−49年の短い期間だけ歌っています。面白いのは48年6月にベーム指揮でスザンナをヴィーンで歌った彼女は同年8月にザルツでカラヤン指揮で初めて伯爵夫人を歌った(ゼーフリートとユリナッチが共演)後、49年1月にロンドンで再びスザンナを、49年3月のベーム指揮ヴィーンのパリ・シャンゼリゼ劇場客演でももう一度スザンナを最後に歌ってることです。移行期に両役を同時に歌ったのはポップも同じだったと記憶します。

2013/2/18(月) 午前 11:19 [ 助六 ]

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シュヴァルツコプフはコロラトゥーラ・レジェロとしてキャリアを開始し、舞台デビューも急な出演だった花の乙女たちを別にすれば41年ベルリンでのツェルビネッタでした。アリアドネを舞台で歌うことは後年もなかったけれど、ツェルビネッタは41年から47年まで歌ってます。役デビューはその後、41年にアデーレ、42年にブロントヒェン(ベーム指揮ヴィーン)、44年にコンスタンツェ、ロジーナ(ロッシーニ)、エンヒェン、46年にジルダ、スザンナ、エルヴィーラ(クリップス指揮ヴィーン)、マルツェリーネ、48年ゾフィー、伯爵夫人(カラヤン指揮ザルツ)、51年エーファ(カラヤンとクナ指揮バイロイト)、52年マーシャリン(カラヤン指揮スカラ)と続きます。シュヴァルツコプフが声質・役上のアイデンティティを確立したのは30代半ばの50年頃で、それには軽い声を重めの役に起用するのを好んだカラヤンの後押しも働いていたのかも知れません。
因みに42年からの彼女のヴィーンでのキャリアの初期に彼女を何度も振っているのはルードルフ・モラールトというR・シュトラウスの甥の独指揮者です。

2013/2/18(月) 午前 11:20 [ 助六 ]

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確かに何を歌ってもナチュラルで伸縮自在だったデッラ=カーザ(ユリナッチもそう)に対してシュヴァルツコプフはいったん歌のスタイルを確立した後は、そのフォルムを毅然と守り抜いたとこがありますね。デッラ=カーザとユリナッチもほんとに素敵だけど、演奏史的にはシュヴァルツコプフ・タイプの方が記憶に残り易いかもしれませんね。
モーツァルト時代の歌手たちの出世魚例は面白く、
カヴァリエーリ: コンスタンツェ−ジルバークラング−エルヴィーラ−伯爵夫人
ランゲ: ヘルツ−コンスタンツェ−アンナ
ラスキ: 伯爵夫人−ツェルリーナ
フェッラレーゼ: スザンナ−フィオルディリージ
ボンディーニ: スザンナ−ツェルリーナ
タイバー: ブロントヒェン−ツェルリーナ
ブッサーニ: ケルビーノ−デスピーナ
ミチェッリ: エルヴィーラ−ケルビーノ?
といった具合で現代のイメージからすると意外な例もありますが、モーツァルトのお気に入りだったカヴァリエーリがシュヴァルツコプフの履歴に一致しているのが眼を引きます。

2013/2/18(月) 午前 11:22 [ 助六 ]

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助六さん詳細なコメントありがとうございます。重要な情報なので後で記事に追記します。

現在の祝祭大劇場の建設はカラヤンが働きかけたものだそうで、横に広い舞台もカラヤンの意向と聞いています。ベームには祝祭大劇場をなかなか使わせなかったぐらいなので、「新劇場のこけら落としにカイルベルトがばらの騎士を振る」という情報はちょっと本当かなと思ってしまいますが、もうカラヤンもカイルベルトもレッグもシュヴァルツコプフもいないので確認のしようはありませんね。いずれにしてもデラ・カーザにとっては寝耳に水だったことは間違いないでしょう。

シュヴァルツコプフの役デビューはゾフィーも伯爵夫人もエヴァもマルシャリンもカラヤン指揮だったというのも注目されますね。戦後間もない時期のカラヤンはレッグとシュヴァルツコプフとがっちりタッグを組んでいたことがよく分かります。録音の予行練習を兼ねた舞台はレッグにとってもカラヤンにとっても都合が良かったのでしょう。

2013/2/18(月) 午後 5:14 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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上コメント中のシュヴァルツコプフの初役履歴で書き間違いがありましたので、訂正しておきます。
「46年にジルダ、スザンナ、エルヴィーラ(クリップス指揮ヴィーン)、マルツェリーネ、」ではなくて、
「46年にジルダ、47年にスザンナ、エルヴィーラ(クリップス指揮ヴィーン)、マルツェリーネ、」でした。
失礼いたしました。

2013/2/20(水) 午前 6:46 [ 助六 ]

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助六さん詳細な情報ありがとうございます。デビュー当時はコロラトゥーラだったソプラノは昔は結構いましたね。ポップもデビュー当時は夜の女王を歌っていたことを思い出しました。

2013/2/21(木) 午後 7:09 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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またまた訂正です。ご容赦を!
シュヴァルツコプフのエーファ役デビューは51年のカラヤン指揮バイロイトではなくて、 48年11月のランクル指揮コヴェントガーデンでした。翌49年4月にコヴェントガーデンのバーミンガム客演でもグッダル指揮で歌ってます。ただ両公演ともただ1回だけの出演ですので、やはり本格デビューはそれに続く51年のカラヤン指揮だったと言ってもよいかもしれません。
因みに彼女のエリザベート初役は50年12月のカラヤン指揮スカラで、同役はその後はずっと後の63年5月にやはりカラヤン指揮でヴィーンで一度だけ歌っただけです。
エルザ初役は53年1月のカラヤン指揮スカラ公演で、彼女が同役を歌ったのはこの時限りです。ですからヴァーグナー等の重めの役への進出への先導役を果たしたのがカラヤンだったのは間違いないと思います。

2013/2/23(土) 午前 9:34 [ 助六 ]

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詳細な情報ありがとうございます。60年代のシュヴァルツコプフとカラヤンの共演はザルツブルグのはらの騎士だけかと思っていましたが、ウィーンでも共演していたのですね。

2013/2/23(土) 午後 9:21 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]

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