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12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

声楽曲

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シューマン:レクィエム

Soprano: Malin Hartelius
Mezzo-soprano: Marjana Lipovsek
Tenor: Jonas Kaufmann
Bass: Frédéric Caton
Wiener Singverein
Wolfgang Sawallisch
Wiener Philharmoniker
Musikverein, Vienna, 27 7/2000
http://www.youtube.com/watch?v=kpEAenSKshk

ソプラノ:ヘレン・ドナート、ジュリー・カウフマン
アルト:マルヤーナ・リポヴシェク、ビルギット・カルム
テノール:トマス・モーザー
サヴァリッシュ指揮バイエルン放送交響楽団、合唱団
(1988)

 個人的にはサヴァリッシュは歌もので最高に本領を発揮していたと思う。オペラはもとより、コンサート指揮者としても独唱や合唱を伴う作品の方がオケだけの作品よりもより雄弁だったように思う(そのようなサヴァリッシュが歌曲のピアノ伴奏でも名手だったのは自然な成り行きだろう)。

 また同時に、コンサート指揮者としてのサヴァリッシュが特に力を入れたのがシューマンとメンデルスゾーンの作品だ。メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」は有名な録音の他にN響とも2度演奏しているが、シューマンのレクイエムもサヴァリッシュ以外の演奏を聞いたことがないサヴァリッシュ固有と言っても良いレパートリーだ。サヴァリッシュが特別の思い入れを持っていたこの曲を追悼記事として紹介しよう。

 レクイエムはシューマン晩年の作品で148という作品番号は作品番号を持つ最後の曲になるそうだ。この曲がなぜほとんど演奏されないのか理由は存じ上げない。確かにレクイエムという曲に人が期待しがちなガツンとしたインパクトはなく、微温的で印象に残りにくい作品に聞こえるかもしれないが、シューマンがもしかしたら自らの死を予感しながら書いたかもしれないこの曲は敬虔な美しさに溢れている。カトリックの様式でラテン語によるレクイエムを作曲したのは晩年を過ごしたデュッセルドルフではカトリックが信仰されていたという事情もあるらしい。

 ユーチューブで2000年のウィーンフィルとのライブを見つけた。メゾは長らくサヴァリッシュのお気に入りだったリポヴシェクが歌っているが、ソプラノにはハルテリウス、テノールはヨナス・カウフマンという新しい世代の歌手を起用しているのが興味深い。1988年録音のCDは長らくこの曲唯一の国内盤で、輸入盤を含めても恐らく他にはクレー指揮のEMI盤があるぐらいだろう。2010年にシューマンの生誕200年を記念してDGが制作した35枚組BOXにはオラトリオ「楽園とペリ」や「ファウストからの情景」は入っているがレクイエムは入っていない。

 ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場の音楽監督だった時代の録音だが、エレクトラや影のない女の録音と同様に手兵のバイエルン国立管弦楽団ではなくバイエルン放送交響楽団を起用している。サヴァリッシュはバイエルン国立管弦楽団とは不仲だったとも伝えられるが、その一方でクライバーとバイエルン国立管弦楽団の来日ツアー(1986年)の実現に尽力した。歌劇場の公演と独立した単独ツアーに反対する声もあったそうだ。

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シューマンが「自分のために書いた」レクイエム作品148は沈思した文字通りの傑作なのに、レパートリーから漏れてしまってるのは不思議です。「ファウストからの情景」「ミニョンのためのレクイエム」「ばらの巡礼」「楽園とペリ」「ゲノフェーファ」の実演には巡り会ったのに、レクイエムは一度も実演で聴いたことはありません。
プロテスタントのシューマンがデュッセルドルフ市音楽監督職を引き受けてカトリックの宗教曲を書くことは19世紀半ばの独では特に問題にならなかったようですね。シューマン自身、プロテスタントのバッハが書いたミサを規範視していたし。
さらに私はサヴァリッシュのシューマン、メンデルスゾーンも殆ど聞けませんでした。97年にパリに来演したフィラデルフィアを振ってF=P・ツィンマーマンのソロでコンチェルト聞いただけでした。
82年に仏国立管を振って「ファウストからの情景」をやったことがあったんですが、前売り買いに行ったら窓口のおじさんに「当日売りのみの学生券で安く入ればいい」と言われ、ところが当日は売り切れで入れないという愚を犯しました(笑)。着いたばかりで勝手が分からなかった頃で。

2013/3/10(日) 午前 11:09 [ 助六 ]

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サヴァリッシュがヴィーン・フィル振ってるのも珍しいですね。しかも既にカウフマンを起用して。彼がブレイクしたのは04年辺りからでしたから。
これは00年ザルツでの収録ですが、彼がヴィーン・フィル振ったのはあとその翌年のシューベルト9番くらいだったのではないでしょうか。ザルツでヴィーン・フィル振ったのも死んだベームの代役で81年に演奏会と81・82年に「アリアドネ」だけだったと思うし、ヴィーン・フィル定期へのデビューは実に86年にすぎないそうですから。彼とヴィーン・フィルの関係はあんまりだったんでしょうか?

2013/3/10(日) 午前 11:10 [ 助六 ]

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助六さんこんにちは

確かにサヴァリッシュとウィーンフィルの共演は少なかったようですね。バイロイトで成功したサヴァリッシュをカラヤンがウィーン国立歌劇場で振らせようとしたけどサヴァリッシュ側が断ったという話もあるそうで、ウィーンにコンプレックスか何かあったのかも?

晩年のサヴァリッシュはもっとウィーンやベルリンやザルツブルグなど世界中から引っ張りだこになってもよかったと思いますが、それほどでもなかった感じなのはやはり体調が良くなかったのでしょうか。

2013/3/16(土) 午後 4:54 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]


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