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ワーグナー:ニーベルングの指環(マゼールによる管弦楽編)
・『ラインの黄金』より
「かくてラインの「緑色のたそがれ」が始まる」
「ヴァルハラ城への神々の入城」
「地下の国ニーベルハイムのこびとたち」
「雷神ドンナーが岩山を登り、力強く槌を打つ」
・『ワルキューレ』より
「われらは彼の愛の目印を見る」
「戦い」
「ヴォータンの怒り」
「ワルキューレの騎行」
「ヴォータンと愛する娘ブリュンヒルデとの別れ」
・『ジークフリート』より
「ミーメの恐れ」
「魔法の剣を鍛えるジークフリート」
「森をさまようジークフリート」
「大蛇退治」
「大蛇の悲嘆」
・『神々の黄昏』より
「ジークフリートとブリュンヒルデを包む愛の光」
「ジークフリートのラインへの旅」
「ハーゲンの呼びかけ」
「ジークフリートとラインの娘たち」
「ジークフリートの死と葬送行進曲」
「ブリュンヒルデの自己犠牲」
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ロリン・マゼール(指揮)
収録時期:2000年10月17、18日
収録場所:ベルリン、フィルハーモニー(ライヴ)
https://www.youtube.com/results?search_query=ring+maazel
http://www.youtube.com/watch?v=ij2UfkIgoFQ
マゼールは1960年に30歳の史上最年少で「ローエングリン」でバイロイト音楽祭にデビューしたり、1963年のベルリンドイツオペラによる「トリスタンとイゾルデ」日本初演を指揮したりとワーグナーの作品をキャリア初期から積極的に取り上げてきた。しかし不思議なことにワーグナーのCDはほとんどなく、私が知る限りバイロイトデビュー時のローエングリンの海賊盤と、新潮オペラCDブックで出ていた1968年のバイロイトの指輪全曲(これも海賊盤)があったぐらいだ。
そのマゼールがCDや演奏会で積極的に取り上げているのが自身の編曲による指輪ハイライトだ。ベルリンフィルを起用して1987年12月にテラークに録音し2000年には演奏会でも披露している。1987年と言えばポスト・カラヤンに向けてマゼールが最も意欲を燃やしていた時期だ。そういう重要な時に敢えてこういう自前の特殊な作品を演奏させるところがマゼールという指揮者の面白いところだ。この過剰な自意識がマゼールのマゼール臭いところであり、それが人を惹きつける、あるいは人によっては嫌われる理由になっているのだろう。
だが自意識が過剰なのはカラヤンもバーンスタインも一緒だ。カラヤン臭い、あるいはバーンスタイン臭いという表現があるのと同様にマゼール臭いという表現があることは、ある意味この指揮者の偉大な個性を表している。しかしベルリンフィルは結局カラヤンの後継にアバドを選び、アバドの後継には1999年6月にラトルを指名した。オーケストラはカラヤンやバーンスタインのように強烈な個性でリードするスーパースターではなく、メンバーを尊重して和気あいあいと統率する協調型リーダーを求めるように変化していたのだ。
それにも関わらずベルリンフィルが2000年になって再びマゼールの編曲を敢えて演奏会で取り上げたのは「たまにはこういう癖の強いタイプもいいかも」という意味だろうか。実際マゼールは一部の団員には強く支持されているらしい。マゼールの編曲はなかなか良くできており一つのオーケストラピースとしてまとまっていると思う。マゼールはこの作品に愛着を持っているようで2009年1月のウィーンフィル、2012年10月にはN響のコンサートでも取り上げている。
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確かにマゼールらしい悪趣味企画ですね(笑)。
私はマゼールの「曲者」性が大好きですから、この演目も瞬間ギョッとするものの、機会があればもちろんいそいそと聴きに出掛けると思います。
2013/11/18(月) 午前 11:30 [ 助六 ]
編曲自体は良くできていると思うのですが、ポスト・カラヤンを争っている時期に敢えて弾かされると「こういうのをしょっちゅうやるつもりなのかな?」と思ってしまった団員はきっといるでしょうね。確かタンホイザーか何かも同じような編曲を録音があったように記憶しています。
2013/11/22(金) 午前 10:17 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]