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ヴェルディ:歌劇「椿姫」全曲
Violetta Valery Mirella Freni
Alfredo Germont Franco Bonisolli
Giorgo Germont Sesto Bruscantini
Flora Bervoix Hania Kovicz
Gastone Peter Bindszus
Baron Douphol Rudolf Jedlicka
Il Marchese d'Obigny Heinz Reeh
Dottore Grenvil Hans Joachim Lukat
Annina Gudrun Schafer
ガルデルリ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団、合唱団
1973年
http://www.youtube.com/watch?v=PQUmdDlXTs0
ヴィオレッタは1幕ではコロラトゥーラの技量を求められるが、2幕、3幕ではドラマティックな表現を求められる難しい役である。別の言い方をすれば、コロラトゥーラ、リリック、ドラマティコと言ったあらゆる領域のソプラノがヴィオレッタに挑戦できる。このため誰がヴィオレッタを歌うかによってこの曲は非常に違って聞こえる。その点アイーダがおおよその最大公約数的なイメージが聞く側にも歌う側にもある程度できあがっているのとは大変異なる。イメージと違って聞き手がびっくりというケースがヴィオレッタの場合起こりやすいのだ。加えて、歌手はキャリアを重ねるにつれて声質が変化するケースも多いので、どの時期にヴィオレッタに挑戦するかという点も選択を迫られる。
フレー二はキャリアの早い段階、1963年にスカラ座のボエームのミミで成功を収めた翌1964年12月にヴィオレッタに初挑戦したが、この時点の聴衆はカラスの劇的なヴィオレッタのイメージが全く抜けていなかったため、フレー二のリリックなヴィオレッタは全く不評だったと言われる。ただし(私は聞いていないが)この時のライブが海賊盤で出ていてフレー二の歌唱は決して悪くないそうだ。実際フレー二は翌1965年にも故郷モデナでパヴァロッティと椿姫の舞台に立っている。
1973年に東ドイツで制作されたこの映画はフレー二が残した唯一のヴィオレッタの正規録音である。ナーゲル演出でボニゾッリを主役に制作された3本の映画(椿姫とリゴレット、トロヴァトーレ)の1つだ。日本でもLDで発売されていた映像だが、その時はヴィオレッタとは何となくイメージが違う気がしたのと、ドイツのオケだったことを理由に不覚にもパスしてしまった。
この演奏がフレー二の意外な名唱だということを知ったときにはすでにLDは廃盤で、2004年になって再発されたCDを入手するのがやっとだった。フレー二は70年代後半以降、エリザベッタ(ドン・カルロ)やアイーダと言った重たい役をレパートリーにするようになったのでヴィオレッタを歌うのに1973年という時期は重すぎず、軽すぎず、最適な時期だっただろう。評論家がこのCDあるいは映像をほめているのは読んだ試しがないので知名度は全く低いだろうがこれは隠れた名盤だ。
コトルバスはキャリアの早い時期にウィーンとミュンヘンでヴィオレッタを歌って成功したが、フレー二はカラスが実質的に引退状態になった70年頃になってからヴィオレッタに取り組めば好評だったかもしれない。キャリアのどの時期に歌うかはかくも微妙な問題なのだ。でもスカラ座での不評にめげず真摯に取り組み続けてこのような良い歌唱を残したのは真面目なフレー二さんらしいところでもある。ぜひDVDかブルーレイで復活を期待したい。
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この73年の映画用正規録音は日本でも70年半ばにエテルナ=ドイツ・シャルプラッテン・レーベルからLPが出たのを覚えてます。レコ芸はクラビア・ページで映画の紹介もし、高崎さんの月評はフレーニはほぼ絶賛だったと思います。この録音はボニゾッリがネックでそれで高崎さんも「準推薦」扱いだったような。
フレーニはヴィオレッタを64年にスカラで失敗した後も、65年にはモーデナの舞台で歌い、65年にはスタジオ録音のアリア集でも抜粋を歌い、67年にはやはりカラスの記憶と結び付いたロンドンの舞台でジュリーニ指揮カップッチッリのジェルモンで歌ってますから、スカラで野次られても音楽的には自信があったんでしょう。
今聞き返してみてもすでに65年から優れた歌唱だし(スタジオ録音は録音が明瞭なせいでやはり緊張度が高い歌唱に聞こえますが)、73年録音はリリコとしては殆どこれ以上は考えられない見事な歌唱ですね。繊細で情感溢れるヴィオレッタという意味ではコトルバスも同方向の歌唱で、コトルバスも好きだけれど、より声の腰の強さもある73年のフレーニの方が私は81年のコトルバスより好きです。
2013/11/28(木) 午前 11:09 [ 助六 ]
65年のアリア集含め、65年のモーデナ上演でも73年の映画用でも「Sempre libera」の最後の変ホは出してないところを見ると、彼女はあるいは64年スカラでも出さず、そうならそれもスカラの意地悪なloggionistiに野次られた一因だったかも知れません(未確認)。
73年録音でフレーニの「Amami, Alfredo」や「dite alla giovane」は感動的だし、ボニゾッリはちょっとだけど、ブルスカンティーニとガルデッリはまあまあだから忘れられるには勿体ない録音ですね。
67年のロンドン・ライヴはフレーニは良いけれど、カップッチッリはまだ後年のような滋味深さはないですね。
2013/11/28(木) 午前 11:10 [ 助六 ]
フレー二さんにはもっとヴィオレッタを歌って欲しかったですね。
ボニゾッリは....確かにドミンゴなどとは比べられませんが、でもこの3本の映画はもともとボニゾッリ主演で制作されたものなので何と言うべきか....ドイツ語圏では結構人気がありましたね。
67年にロンドンでカプッチルリと共演していたとは知りませんでした。アルフレートは誰でしたか?
2013/11/28(木) 午後 6:22 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
67年ロンドンのジュリーニ指揮トラヴィアータでフレーニの相手役はレナート・チョーニでした。
チョーニは64年スカラのカラヤン指揮トラヴィアータ上演でもフレーニの相手役を務め(ジェルモンはマーリオ・セレーニ)、64年ロンドンのチッラーリオ指揮トスカ、65年パリのレッシーニョ指揮トスカ両公演では共にカラス、ゴッビと共演しています。
2013/11/29(金) 午後 10:09 [ 助六 ]
ありがとうございます。私はチオーニはほとんど名前でしか知りませんが64年のカラスとゴッビのトスカは確か第2幕だけ映像が残っている舞台でしたでしょうか? だとすればそれだけは見たことがあります。
2013/11/29(金) 午後 10:17 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
カラスとゴッビの「トスカ」で2幕だけ映像が残ってるのは58年のパリ公演で、指揮はジョルジュ・セバスチアン、テノールはオーストラリア出身のアルバート・ランスでした。
この公演はガルニエでのガラ公演で、前半は序曲やアリアのコンサートです。
ttp://www.youtube.com/results?search_query=traviata+giulini+freni+cappucilli&sm=3
2013/11/29(金) 午後 10:52 [ 助六 ]
ありがとうございます。下記DVDで64年とされる映像とは別なのでしょうか。以前クラシカジャパンでどちらかがかかっていたのですが。
http://blogs.yahoo.co.jp/pocg1005jp/25334400.html
2013/11/30(土) 午前 8:33 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
仏ケーブルTVで58年パリと称する映像が流れた記憶があるので、そう思い込んでたのですが、DVD化されている有名な映像はチョーニと共演している64年ロンドンの映像ですね。
検索してみたらYOUTUBEにパリの映像が上がっていて、明らかにロンドンの映像とは別ですね。
今の今まで気付きませんでしたが、どうやらカラスのトスカ2幕全曲はまだ若い全盛期の58年パリ収録と64年ロンドン収録の2種類が残ってるみたいですね。確認してみて下さい。
初めてカラスのトスカ2幕全曲の映像が出てきたとき、「カラス唯一の舞台上演記録」とか喧伝されたので一つだけと信じ込んでました。
失礼しました。
ttp://www.youtube.com/results?search_query=tosca%E3%80%80callas+paris+1958&sm=3
ttp://www.youtube.com/results?search_query=tosca+callas%E3%80%80london+1964&sm=3
2013/11/30(土) 午後 1:07 [ 助六 ]
フレーニのヴィオレッタ@スカラ座は、1幕のカバレッタをEsのために音を半音か全音下げたにもかかわらず声が割れてブーイングを浴びたところ、その幕のカーテンコールで、腰に手を当てて挑戦的な態度を取ったものだから火に油を注いだと聞いたことがあります。
その後の公演でフレーニの代役としてヴィオレッタを歌ったのがモッフォなのですよね。
スカラ座でのブーイングが原因で、フレーニがヴィオレッタから遠ざかることとなったとしたら、とても残念な出来事だったと思います。
2013/12/1(日) 午後 2:13 [ 通りすがり ]
通りすがりさんこんばんは
最後にESを張り上げるためにカバレッタ全体を半音下げるというのは昔のテノールがトロヴァトーレでやっていたそうですが、ヴィオレッタでもそういうことがあったのですか。初めて知りました。
派手に張り上げるのを狙うのはあまりフレー二さんらしくないようにも思いますが、もし当時の録音を聞くことができたら確認してみたいと思います。
2013/12/1(日) 午後 5:52 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
アルカディアから出ていたフレーニ主演64年スカラのトラヴィアータ・ライヴ録音はゲネプロの収録だそうです。フレーニは初日だけ歌って降板、2回目からはモッフォになりましたから。
2013/12/4(水) 午後 1:00 [ 助六 ]
彼女自身はこの公演について後年(恐らく70年代後半)こう述懐しています。
「最善を尽くして準備しましたが役を受けるべきではなかったと思います。まだとても若かったし、悪い歌唱ではまったくなかったけれど確かに望みうる完璧ではなかったですから。力を振り絞って覚悟は決めてましたが怖さもありました。でもだからと言って一部の聴衆が上演の妨害道具(呼子など。訳注)を持って劇場に来ることが許されるでしょうか?素晴らしいのに他のアーティスト全員を野次ることが許されるでしょうか?私は「Addio del passato」を素晴らしく、本当に素晴らしく歌って大半の聴衆から誠実な長い拍手をもらったのに『酷すぎる』と私に浴びせかけることが許されるでしょうか?私は『お前が歌ったらこうなるぞ』『僅かな問題も許さない』という警告を書面でさえ受けました。自分がいつかトラヴィアータをとても素晴らしく歌えることは分かってますが、あんな途方もない条件下では絶対いやです」。カラス派による妨害のことですね。
2013/12/4(水) 午後 1:01 [ 助六 ]
実際の舞台上演では半音〜全音下げは昔どころか今でも盛んに行なわれています。
最近すぐに思いつくだけでも、カウフマンはマンリーコ半音下げてたし、グリゴーロもエドガルド半音下げてました。ドミンゴやパヴァロッティもやってます。オケはそこだけ譜面を差し替えます。
代表的箇所をメモしておくと
−ヴィオレッタのカバレッタ全音
−マンリーコのカバレッタ半音
−ロドルフォの「冷たき手」半音
−エドガルドの3幕アリア半音
−アイーダの3幕アリア
移調は作曲者が認めているものもあるし(「冷たき手」、グノーの「ロメオとジュリエット」)、ピッチや混声・ファルセット唱法の問題も含めて考えなければ意味ないので、私は目くじら立てる気はありません。
2013/12/4(水) 午後 1:03 [ 助六 ]
助六さん貴重な情報をありがとうございます。やっぱりフレー二はヴィオレッタが本当は大好きだったことがこのインタビューから伝わってきますね。「いつか」が結局来なかったのが大変残念です。カラヤンが再び取り上げる意志があったとは考えにくいので、あり得たとすればやはりクライバーか? あるいはもし70年代後半頃にアバドあたりがカプッチルリと一緒に取り上げることがあれば理想の舞台が実現したかも。
半音下げって実演では今でも盛んなんですか。最後を張り上げるために曲全体を下げるというのは本末転倒なのではないかと思います。原典主義が常に素晴らしいとは言いませんが、曲を半音下げるぐらいなら楽譜に書いていない張り上げを止めることの方が先なのではないでしょうか。
2013/12/7(土) 午前 7:08 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]