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TANNHÄUSER Tannhäuser..............Hans Hopf Elisabeth...............Leonie Rysanek Wolfram.................Hermann Prey [Debut] Venus...................Irene Dalis Hermann.................Jerome Hines Walther.................Robert Nagy Heinrich................Paul Franke Biterolf................Marko Rothmüller Reinmar.................Norman Scott Shepherd................Mildred Allen Conductor...............Georg Solti [Debut] Director................Dino Yannopoulos Designer................Rolf Gérard December 17, 1960 Matinee Broadcast http://archives.metoperafamily.org/Imgs/ONTannhauser196061.jpg 数年前にクラシカジャパンで見た番組でプライは自分に最も適したオペラの役として魔笛のパパゲーノとタンホイザーのウォルフラムを挙げていた。それ以来プライのウォルフラムの音源がどこかから発掘されることを夢見ていたが、2010年になってワルハラレーベルがメットのライブをCD化してくれた。プライとショルティのメットデビューとなった公演だ。(現在ではMet Opera on Demandで正規音源が有料配信されている) http://www.metoperafamily.org/ondemand/catalog/detail.aspx?upc=811357010198 イタリアオペラだけでなくワーグナーにおいてもプライのレパートリーはフィッシャー=ディースカウ(F=D)と比べて少ない。F=Dは録音だけの役も含めればオランダ人、ウォルフラム(タンホイザー)、テルラムント(ローエングリン)、ウォータン(指輪)、クルヴェナール(トリスタンとイゾルデ)、ザックス(マイスタージンガー)、アンフォルタス(パルジファル)とワーグナー作品の主要なバリトン役をほとんど歌っている(バイロイトではローエングリンの伝令やマイスタージンガーのコートナーのような小さい役も歌っている)。しかしプライのワーグナーはメットでもバイロイトでもウォルフラムとベックメッサー(マイスタージンガー)しかない。 プライは同役で1965年にバイロイトにもデビューしているが(実はF=Dのバイロイトデビューもウォルフラムだが)、この役は意外に難しい役所だ。聖職者として友人タンホイザーを諭すが、余り偉そうになってもいけない。内心ではエリーザベトを思いながらも2人を見守るが、しかしあまり内気に見えてしまっては存在感が薄くなる。有名な夕星の歌は美しい歌だけれども、密かに愛する人の死を予感しながら歌う悲しい歌なのだ。プライの暖かさと深みを持った歌はこの微妙な線をクリアしていて、ウォルフラムは自分に合っている役と自認するだけのことはあると思う。 ワルハラのCDの音質は高音がややこもりがちだが安定している。プライの声は比較的良く入っている。ショルティの指揮は例によって鋭角的であまりロマンは感じさせない。版はパリ版を使用していて序曲の後にバッカナーレが入っている。 余談だがMet Opera on Demandではいろいろな演奏が聞けるようだ。87年の公演ではノーマンがエリーザベト! http://www.metoperafamily.org/ondemand/catalog/detail.aspx?upc=811357011140 54年の公演ではセルの指揮でヴィナイとヴァルナイ! これも面白そうだ。Met Opera on Demand入ろうかなあ。 http://www.metoperafamily.org/ondemand/catalog/detail.aspx?upc=811357012475 以前紹介したプライの夕星の歌と、バイロイトに初登場した1965年の映像ももう一度引用しておこう。 http://www.youtube.com/watch?v=IeIELcAod1k&feature=related http://www.youtube.com/watch?v=ZCp12mdzjCg
プライは回想録でもヴォルフラムをパパゲーノ、グリエルモ、「セビリャ」のフィガロと並んで「私の好きな役」と言ってます。59年にハンブルクでヴィーラント演出で歌ったのがヴォルフラム役デビューだったそうで、続いて59年のミュンヘン・オペラ祭でも歌ってますから、早くからレパートリーに入れていたんですね。 この上演のヴォルフラムで60年にメト・デビューを果たした後、65年には同役でヴィーラント演出でバイロイトにデビューする訳ですから、殆ど護符役だった形ですね。 プライはこの後、実に81年にバイロイトでヴォルフガング演出でベックメッサーを歌うまで新たなヴァーグナー役は歌っていません。高めのバリトン役に限ってたわけですね。
2014/1/3(金) 午前 6:47 [ 助六 ]
プライはその他には、ヴァーグナー没後100周年の83年にサヴァリッシュのミュンヘンがヴァーグナーの全舞台作品上演を行なったときに舞台に掛けた「恋愛禁制」でフリードリッヒ役を歌ってます。以上3役がプライが手掛けたヴァーグナー役のすべてのようです。本人によると彼はこの「恋愛禁制」の頃、従来の軽いバリトン役を超える役への進出を試み、マンドリカとヴォツェックにチャレンジしたとのこと。 F=Dはあらゆるレパートリーで自分の可能性を試すことに意欲をそそられる冒険者だけど、プライは自分の身の丈に合った役を待つタイプでしたね。
2014/1/3(金) 午前 6:48 [ 助六 ]
そうでしたね。1983年に恋愛禁制歌っていました。ワーグナーはこの3役だけですね。 >マンドリカとヴォツェック プライはマンドリカ歌ったことあるのですか! 結局歌わなかったと聞いたことがあるのですが録音が残っていればぜひ聞いてみたい物です。ヴォツェックも意外なレパートリーですね。 >「セビリャ」のフィガロ おっと。そっちのフィガロなのですね(笑)。モーツァルトの方はやはり伯爵の方が本来の持ち役だと思っていたのでしょうか。
2014/1/5(日) 午前 11:40 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
>マンドリカとヴォツェック う〜ん、回想録では「82年秋にマンドリカ、続いてヴォツェック、共にヴィーンでアバドの指揮で歌うはずだった」としか言っていないので、アバド指揮両公演は実現しなかったのでしょうが、その他の機会にほんとに歌ったのか考えてました。記録は見つかりませんが、回想録で「新たな領域」という節を設けて、恋愛禁制や映画出演のチャレンジと同列に語ってるので、実現しなかった挑戦を得意げに語るのもヘンかなと思って…(笑)。
2014/1/6(月) 午前 7:19 [ 助六 ]
先日M.F.さんに教えて頂いたウィーンの出演記録DBによるとウィーンでのマンドリカとヴォツェックは結局実現していないようです。プライの出演回数は「フィガロ」のフィガロ19回と「セヴィリア」のフィガロ17回が圧倒的に多くなっています。3位がベックメッサーの8回です。 http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/2282 マンドリカは声質的にはF=D以上にプライに合った役だと思うので、回想録で触れられているのであれば他にどこかで歌った可能性はあると思います。
2014/1/6(月) 午前 10:19 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
考えてみると、プライの回想録の独語オリジナル版は81年出版ですが、私が見た英訳は86年出版で多少手が加えられてるようです。 恐らくオリジナル版出版時は新役準備中でそのことを公言したものの実現せず、5年後の英訳出版時には削除するわけにもいかず、こういう不明瞭な記述になったのではと想像してます。本人の証言で一次資料ですから、断念したのならはっきりそう書いてくれた方が、後世に混乱の種を撒かずに済んだと思うんですが。
2014/1/8(水) 午後 1:42 [ 助六 ]
ヴィーンのアーカイヴはいつ完成してたのか知りませんが、私も最近気が付きました。 たいへんよく出来てきていて、80年ヴィーン日本公演のベーム指揮フィガロを巡っても、元々カラヤンのプロダクションだった77年ヴィーン・プレミエのポネル演出をベームが早くも79年に振っていること。その際の「フィガロ」コンビはコトルバスとベリーだったこと。ベームが日本公演の実質的予行練習としてヴィーンで80年5月に1回だけ振った公演が、ベーム指揮でポップとプライの「フィガロ」コンビがヴィーンで実現した唯一の機会だったこと。
2014/1/8(水) 午後 1:44 [ 助六 ]
プライのヴィーンでの初フィガロは実に80年2月のホルライザー指揮公演で、ベームの日本公演キャストはこのホルライザー指揮公演のキャスト(ヤノヴィッツ、ヴァイクル、プライ、ポップ、エクヴィルツ、ツェートニク、リュートル)を引き継いでいること。バルツァのケルビーノは恐らくベームが日本公演用に選んだ特別キャストだったこと。ベームは日本公演にポネル演出の代替として持って行った巡業用のトーマ演出を81年3月のベーム生前最後の公演となったヴィーンの「フィガロ」でなぜかもう一度使っていること、など意外で重要な事実を教えてくれました。
2014/1/8(水) 午後 1:45 [ 助六 ]
助六さん情報ありがとうございます。このDBよく見ていくと面白いですよね。 プライがウィーンかミュンヘンでマンドリカを歌う計画があったということは私も噂で耳にしたことがあります。大変難しい役なので声楽的な理由なのか、後輩のヴァイクルが先に持ち役にしてしまったので年配のプライが歌いにくくなってしまったのか、実現しなかった理由は分かりません。 結果的にですが、マンドリカやヴォツエックにチャレンジする代わりに持ち役に加えたのが「フィガロ」のフィガロだったのかもしれませんね。プライの自伝ももっと後に書かれていれば「フィガロの結婚」のフィガロについても言及されていたかもしれません。
2014/1/9(木) 午前 10:53 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
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プライは回想録でもヴォルフラムをパパゲーノ、グリエルモ、「セビリャ」のフィガロと並んで「私の好きな役」と言ってます。59年にハンブルクでヴィーラント演出で歌ったのがヴォルフラム役デビューだったそうで、続いて59年のミュンヘン・オペラ祭でも歌ってますから、早くからレパートリーに入れていたんですね。
この上演のヴォルフラムで60年にメト・デビューを果たした後、65年には同役でヴィーラント演出でバイロイトにデビューする訳ですから、殆ど護符役だった形ですね。
プライはこの後、実に81年にバイロイトでヴォルフガング演出でベックメッサーを歌うまで新たなヴァーグナー役は歌っていません。高めのバリトン役に限ってたわけですね。
2014/1/3(金) 午前 6:47 [ 助六 ]
プライはその他には、ヴァーグナー没後100周年の83年にサヴァリッシュのミュンヘンがヴァーグナーの全舞台作品上演を行なったときに舞台に掛けた「恋愛禁制」でフリードリッヒ役を歌ってます。以上3役がプライが手掛けたヴァーグナー役のすべてのようです。本人によると彼はこの「恋愛禁制」の頃、従来の軽いバリトン役を超える役への進出を試み、マンドリカとヴォツェックにチャレンジしたとのこと。
F=Dはあらゆるレパートリーで自分の可能性を試すことに意欲をそそられる冒険者だけど、プライは自分の身の丈に合った役を待つタイプでしたね。
2014/1/3(金) 午前 6:48 [ 助六 ]
そうでしたね。1983年に恋愛禁制歌っていました。ワーグナーはこの3役だけですね。
>マンドリカとヴォツェック
プライはマンドリカ歌ったことあるのですか! 結局歌わなかったと聞いたことがあるのですが録音が残っていればぜひ聞いてみたい物です。ヴォツェックも意外なレパートリーですね。
>「セビリャ」のフィガロ
おっと。そっちのフィガロなのですね(笑)。モーツァルトの方はやはり伯爵の方が本来の持ち役だと思っていたのでしょうか。
2014/1/5(日) 午前 11:40 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
>マンドリカとヴォツェック
う〜ん、回想録では「82年秋にマンドリカ、続いてヴォツェック、共にヴィーンでアバドの指揮で歌うはずだった」としか言っていないので、アバド指揮両公演は実現しなかったのでしょうが、その他の機会にほんとに歌ったのか考えてました。記録は見つかりませんが、回想録で「新たな領域」という節を設けて、恋愛禁制や映画出演のチャレンジと同列に語ってるので、実現しなかった挑戦を得意げに語るのもヘンかなと思って…(笑)。
2014/1/6(月) 午前 7:19 [ 助六 ]
先日M.F.さんに教えて頂いたウィーンの出演記録DBによるとウィーンでのマンドリカとヴォツェックは結局実現していないようです。プライの出演回数は「フィガロ」のフィガロ19回と「セヴィリア」のフィガロ17回が圧倒的に多くなっています。3位がベックメッサーの8回です。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/2282
マンドリカは声質的にはF=D以上にプライに合った役だと思うので、回想録で触れられているのであれば他にどこかで歌った可能性はあると思います。
2014/1/6(月) 午前 10:19 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
考えてみると、プライの回想録の独語オリジナル版は81年出版ですが、私が見た英訳は86年出版で多少手が加えられてるようです。
恐らくオリジナル版出版時は新役準備中でそのことを公言したものの実現せず、5年後の英訳出版時には削除するわけにもいかず、こういう不明瞭な記述になったのではと想像してます。本人の証言で一次資料ですから、断念したのならはっきりそう書いてくれた方が、後世に混乱の種を撒かずに済んだと思うんですが。
2014/1/8(水) 午後 1:42 [ 助六 ]
ヴィーンのアーカイヴはいつ完成してたのか知りませんが、私も最近気が付きました。
たいへんよく出来てきていて、80年ヴィーン日本公演のベーム指揮フィガロを巡っても、元々カラヤンのプロダクションだった77年ヴィーン・プレミエのポネル演出をベームが早くも79年に振っていること。その際の「フィガロ」コンビはコトルバスとベリーだったこと。ベームが日本公演の実質的予行練習としてヴィーンで80年5月に1回だけ振った公演が、ベーム指揮でポップとプライの「フィガロ」コンビがヴィーンで実現した唯一の機会だったこと。
2014/1/8(水) 午後 1:44 [ 助六 ]
プライのヴィーンでの初フィガロは実に80年2月のホルライザー指揮公演で、ベームの日本公演キャストはこのホルライザー指揮公演のキャスト(ヤノヴィッツ、ヴァイクル、プライ、ポップ、エクヴィルツ、ツェートニク、リュートル)を引き継いでいること。バルツァのケルビーノは恐らくベームが日本公演用に選んだ特別キャストだったこと。ベームは日本公演にポネル演出の代替として持って行った巡業用のトーマ演出を81年3月のベーム生前最後の公演となったヴィーンの「フィガロ」でなぜかもう一度使っていること、など意外で重要な事実を教えてくれました。
2014/1/8(水) 午後 1:45 [ 助六 ]
助六さん情報ありがとうございます。このDBよく見ていくと面白いですよね。
プライがウィーンかミュンヘンでマンドリカを歌う計画があったということは私も噂で耳にしたことがあります。大変難しい役なので声楽的な理由なのか、後輩のヴァイクルが先に持ち役にしてしまったので年配のプライが歌いにくくなってしまったのか、実現しなかった理由は分かりません。
結果的にですが、マンドリカやヴォツエックにチャレンジする代わりに持ち役に加えたのが「フィガロ」のフィガロだったのかもしれませんね。プライの自伝ももっと後に書かれていれば「フィガロの結婚」のフィガロについても言及されていたかもしれません。
2014/1/9(木) 午前 10:53 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]