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モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》 全曲
アルマーヴィーヴァ伯爵…ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
伯爵夫人…キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
スザンナ…ミレッラ・フレーニ(ソプラノ)
フィガロ…ヘルマン・プライ(バリトン)
バジロオ…ジョン・ヴァン・ケステレン(テノール)
バルトロ…パオロ・モンタルソロ(バス)
ケルビーノ…マリア・ユーイング(メッゾ・ソプラノ)、他
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団
指揮:カール・ベーム、演出:ジャン=ピエール・ポネル
制作:〔映像収録〕1976年 ロンドン、〔音声収録〕1975年 ウィーン
https://www.youtube.com/results?search_query=mozart+figaro+bohm
クラシカジャパンで有名な映画「フィガロの結婚」のニューリマスター版が放送された。映画「セヴィリアの理髪師」のような横長ワイドスクリーンではなかったが(当時の35mmフィルムの規格は2種類あるのか?)、デジタル処理により画質、音質ともに改善された。特に音質が改善されたことで女声が聞き分けやすくなった。フレーニのスザンナとユーイングのケルビーノはLDやDVDで聴いた時はそれほど適役思わなかったが、意外に良い歌だと思うようになった。2009年1月にDVDの記事を一度書いているが、改めて取り上げることにした。
http://blogs.yahoo.co.jp/takatakao123/28655643.html
1976年にポネル演出で制作されたこの映画は1972年からポネル演出、カラヤン指揮でザルツブルグで上演されたプロダクション(1977年にカラヤンがウィーンの演目に加え、1980年にはベーム指揮の来日公演でも上演された舞台)とは別のアイディアによる演出で、むしろ1985年にメットで演出した舞台(1988年の来日公演でも上演された舞台)に近いことは、1985年の舞台がDVD化された際の記事で指摘した。
http://blogs.yahoo.co.jp/takatakao123/38658435.html
ウィーンの舞台が明るいこぢんまりしたウィーン風の宮殿なのに対して、この映画およびMETの舞台はもっと暗くて大きくて石造りのセヴィリア風の城塞を思わせる。その雰囲気はむしろ1972年に同じくポネル演出で制作された映画「セヴィリアの理髪師」に近い。この映画はザルツブルグのプロダクションを踏まえて制作されたのではなく、むしろ映画「セヴィリアの理髪師」の続編にすることを意識して制作されたものなのだ。
しかし映画「セヴィリアの理髪師」とこの作品では決定的な違いがある。映画「ドン・ジョバンニ(1954)、映画「ばらの騎士(1960)」、それに映画「カルメン(1967)」がザルツブルグで上演をベースとしたキャストで制作されたのと同様に、スカラ座での映画「ボエーム(1965)」と映画「セヴィリアの理髪師」もスカラ座で上演したキャストで収録されている。
ところが映画「フィガロの結婚」は実際の舞台では実現していない組み合わせのキャストで制作されている。フィッシャー=ディースカウ(F=D)がザルツブルグやウィーンで伯爵を歌ったのは1957年頃の話だし、逆にプライがフィガロを実際の舞台で歌い始めたのは1980年からだ。フレーニやカナワがウィーンでフィガロの結婚に出演したことはない。
実際の舞台の再現ではなく、映画のアップ撮影に耐える演技ができる歌手を集めることにより映画ならではの表現を追求したという点で、この映画は「セヴィリアの理髪師」よりも一歩進んだ作品と言えるだろう。私がこの映画を見たのはウィーンの来日公演をテレビで見た後だったので、この映画はウィーンっぽくないと思った。今から思えばそれは当然の話で、この作品はウィーンやザルツブルグの舞台を再現しようとは最初から考えていなかったのだ。
映画ならではの表現は随所に出てくる。ケルビーノや伯爵、伯爵夫人が内心を表現している部分では歌を歌っていても口を動かさないシーンが何度か見られる。ケルビーノの2幕のアリア「恋とはどんなものかしら」や、フィガロの4幕のアリア「愚かな男どもよ。目を開けろ」で目に涙をためて訴えるように歌うのも、フィナーレで伯爵夫人が流す涙も、アップで撮影することを前提とした映画的な表現だ。3幕の伯爵夫人のアリア「楽しい思い出はどこへ」では過去を回想するモノクロの映像まで挿入される。
今回のデジタルリマスターで画質・音質が改善したことにより演出の意図がより明確に伝わるようになったと思う。正直フレーニのスザンナがこんなに良いとは気がつかなかった。達者な演技も素晴らしい。色調も改められこれがオリジナルのフィルムに近いのだろう。ぜひこのバージョンでのBD化を期待したい。
なおクラシカジャパンは映画「ばらの騎士」のデジタルニューリマスター版も放送した。劇的に画質・音質が改善したこのバージョンについては1月の記事に追記した。
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そうですね。フレーニのスザンナは素敵なんだけど、やっぱり彼女の歌唱としては脇芸のような印象を持ってました。彼女の「清教徒」のエルヴィーラなんかと同じで「いや器用だなぁ」という感じで。改良音質で聞いてみたいものです。
考えてみるとイタリア人の女声歌手がモーツァルトを重要レパートリーにして成功している例は少ないですね。すぐ思いつくのはフレーニより8才上(3歳上説もありますが)で当時のイタリア人歌手としては現代ものとかちょっと特異なキャリアを送ったシュッティ、現役ではレミージョ、ボニタティブス、フリットリ、バチェッリがまあまあくらい。ダポンテ・オペラがドイツ・オペラなのかイタリア・オペラなのかは微妙な問題ですけど、イタリア的要素も無視できないことを考えれば奇妙です。指揮者はグイ、カンテッリ、ジュリーニ、アバド、ムーティらモーツァルトを重要レパートリーにしてる人は珍しくないですが。
2014/9/20(土) 午後 11:28 [ 助六 ]
フレーニもグラインドボーンで60年にツェルリーナ(プリッチャード指揮)、62年にスザンナ(ヴァルヴィーゾ指揮)を歌い、両役は70年代にデイヴィス指揮でスタジオ録音もしてますが、後は70年代に舞台や録画でスザンナを歌っただけでフィガロの伯爵夫人も歌ったことは多分なかったですよね。
彼女は73年にパリのショルティ指揮ストレーレル演出でスザンナを歌いましたが、同年夏のカラヤン指揮ポネル演出ザルツ公演へは出演を辞退したようです。73年夏はカラヤン指揮「オテロ」の映画収録がミュンヘンであったため、彼女はデズデモナとスザンナを交互に歌うのはリスクが多いと判断したそうで。カラヤンはザルツとミュンヘン間をヘリ+スポーツカーで往復したそうですが。
73年ザルツのスザンナはストラータスが歌い、フレーニは74年だけ、75年からはマティスになりました。
でも彼女はベーム、カラヤン、ショルティ、デイヴィスと重要なモーツァルト指揮者とスザンナを歌った訳ですからモーツァルト演奏史にも一定の足跡を残したと言えるでしょう。
2014/9/20(土) 午後 11:30 [ 助六 ]
フレーニより1歳上のスコットもモーツァルトにはあまり手を付けなかったですね。57年にロンドンの小劇場でエルヴィーラを歌い、後は84年にメットのヴィッテリアで「20年以上ぶりに」モーツァルトに復帰しただけだったようです。これについては彼女自身が84年出版の回想録で面白いことを言ってます。
「モーツァルトとイタリア人歌手に関しては奇妙な現象がある。ドンジョヴァンニ、コジ、フィガロのようなモーツァルトのイタリア・オペラ傑作を歌うチャンスがイタリア人歌手に与えられることは少ない。
少し前まではイタリア人歌手を避ける正当な理由があったことは私も認める。今世紀、恐らく1940年代まではベッリーニやヴェルディ同様モーツァルトも俗悪なヴェリズモ的誇張で歌われることが多かったからだ。ノルマはカヴァレリアのように歌われ、ドンジョヴァンニも同様だった。だからドイツ人たちは一定段階で「もう結構」と言って、今ドイツ的モーツァルト様式と呼ばれるものを作り出したのだ。でもドイツ風モーツァルトはヴェリズモ的アプローチ同様よくない。
2014/9/20(土) 午後 11:32 [ 助六 ]
モーツァルトの音楽は端的に音楽だが、モーツァルトを専門とする歌手たちはしばしば「芸術」に執心するあまり、ドラマを忘れてしまうからだ。(…)現代ではとりわけフレーニは世界中に真にイタリア的なスタイルでモーツァルトを美しく歌うことが可能であることを示した」。
確かに独墺系歌手はモーツァルト・オペラをリートの延長のように歌うとこがあって、シュヴァルツコプフもゼーフリートもポップもマティスもその意味で素晴らしかったけれど、イタリア語のアーティキュレーションが宿す演劇性が後退してるとこはあるかもしれませんね。
男声ではピンツァ、シェピやライモンディがドンジョヴァンニ歌唱で目覚ましい成果を上げたのはそのことと関係があるのでしょう。
一方ベームはやはり回想録で「モーツァルトは大部分のオペラをイタリア語で書いているが、一般にイタリア人はモーツァルトと親和性が全くない。私は考えた末、次のような結論に達した。イタリア人はモーツァルトとロッシーニを混同しているのだと。
2014/9/20(土) 午後 11:35 [ 助六 ]
(…)私の観察では一般にラテン系でモーツァルトを理解しているのはフランスだけだ。」なんて言ってますが、まあ前半部に関してはそういうとこもあるかな。
ムーティはダポンテ・オペラのイタリア語歌詞の重要性を盛んに強調してますが、その彼もヴィーンではもちろんミラノでもダポンテ3部作にイタリア人以外の歌手を起用することの方が多かったですね。
イタリア人主体のキャスティングを組んだのはスカラの02年や来年ローマで予定されているフィガロくらい。まあ最近の彼は外国人歌手の伊語発音矯正にはもう疲れたという実際的事情もあるみたいですが。
結局フレーニはシュッティと並んでイタリア女声による最上のモーツァルト演奏成果ということになりそうですね。
今聞き返してみても、フレーニのスザンナは言葉への注意を意識させない直截に美しい歌唱に思え、ポップやマティスの方が言葉の分節と陰影にはるかに留意してるように思います。イタリア人歌手のイタリア語に対する感覚はこうしたナチュラルなものなのかも知れません。シュッティも同方向だしイタリア人ジョヴァンニ歌い3人についても似たような傾向がありますね。
2014/9/20(土) 午後 11:36 [ 助六 ]
イタリア男声では先に挙げたドンジョヴァンニ歌いを除けば、かつてはパネライやブルスカンティーニ、近年はコルベッリ、ダルカンジェロ、ペルテゥージ、フルラネットあたりがかなりモーツァルト歌ってはいたけど、これといった「イタリア的」モーツァルト歌唱はないような。
2014/9/20(土) 午後 11:38 [ 助六 ]
助六さんお久しぶりです。熱い投稿をありがとうございます!
そうですね。イタリアの女声歌手のモーツァルトって意外にマイナーかもしれません。ジュリーニ盤のコソットのケルビーノは良かった記憶がありますが重要レパートリーではないですね。録音だけかもしれません。
イタリア流モーツァルトについてスコットとベームが全く別のとらえ方をしているというのは面白いですね。フレーニが舞台でベームのスザンナを歌ったことはなさそうなので、映画でフレーニを起用したのはベームではないのかもしれません。イタリア物ではライバルのスコットがフレーニのモーツァルトを評価しているというのも面白いですね。
フレーニは1974年にスカラ座で伯爵夫人を歌っています(アバド指揮、プライの伯爵で映画とは逆の配役)が、この年のザルツだけでなく前年のパリでもスザンナを歌っていたとは初めて知りました。後年歌ったポップとはタイプが違いますが、ストレーレル演出のオリジナルキャストは誰だったのでしょう? 73年のフレーニがプレミエでしょうか? いずれにしても近年のイタリア系スザンナとしては出色の出来映えだったということになりそうで
2014/9/21(日) 午前 11:28 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
フレーニのスザンナは確かにドイツ系モーツァルトとは乗りが違うので映画のキャスティングの中では歌も演技も多少浮き気味かもしれませんが、結局このドラマ全体をコントロールしているのはスザンナの策略なので、そのことも計算に入れた配役なのではないかと思うようになりました。
男声ならたくさんいますがタディのフィガロも忘れられないですね。
2014/9/21(日) 午前 11:29 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
こんばんは.パリのフィガロは、'73年ヴェルサイユ宮殿劇場での初演時の記録録音も残っていますが(スザンナがフレーニ、伯爵がクラウゼ、アントーニオがカール・シュルツ以外は'80年革命記念日の録画と同じ)、フレーニが心なしか活発に聞こえるのはストレーレルの手が入っていたためもあるのか.録画で満足していましたが、フレッシュなうちの舞台を見てみたかったものです.
ところで今季ローマ歌劇場のフィガロはイタリア人主体のキャストですが
ttp://www.operaroma.it/ita/opera-le-nozze-di-figaro-2015.php
折しもムーティ辞任.彼がこの舞台を振る事はないようです.Operabaseで見ると、伯爵夫人/スザンナはムーティ指揮のメルカダンテ《二人のフィガロ》で共演している二人とか.
2014/9/21(日) 午後 11:39 [ M. F. ]
M.F.さんこんばんは
ストレーレルのフィガロはプレミエがフレーニだったのですか!
これはびっくり。70年代に一世を風靡したスザンナだと言えそうですね。フレーニは80年代以降モーツァルトを歌わなくなってしまったので私には全然そういうイメージはありませんでした。情報ありがとうございます。
ムーティはローマ歌劇場を辞めたのですね。
2014/9/22(月) 午前 4:56 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
そうだ。コッソットとタッデイを忘れてました。コッソットのモーツァルトは僅かだけれど(他にルーチョ・シッラのチェチーリオを歌ったことがあるらしい)が、あの若い頃のケルビーノは悪くなかったですね。おまけに彼女は64年にスカラのシェルヘン指揮ヴィラール演出の「フィガロ」でフレーニと共演してるそうです。
そうですか。フレーニが伯爵夫人を歌ってたのは知りませんでした、しかも74年にスカラ時代のアバドの棒でスザンナと同時期とは。
パリのストレーレル演出のフィガロは、73〜80年にオペラ座総監督を務めたリーバーマンの任期お披露目公演として出たもので、初日は73年3月30日でヴェルサイユ宮殿劇場でガラ。ベルサイユで4月3日にもう1回打った後、4月7日にガルニエ劇場に場を移してパリ初日となります。ショルティが振ったのは実はヴェルサイユ2回とパリ初日1回の3回だけで、4回目の公演からはマッケラースの指揮になりました。
2014/9/22(月) 午前 11:20 [ 助六 ]
ヴェルサイユ2日間のオリジナル・キャストは、伯爵:バキエ、伯爵夫人:ヤノヴィッツ、フィガロ:ヴァン・ダム、スザンナ:フレーニ、ケルビーノ:フォン・シュターデです。パリでは初日の4月7日から伯爵はクラウゼとなり、録音が残っているのはこの4月7日のパリ公演です。他のキャストはフレーニ含めパリでもヴェルサイユと同じです。
この「フィガロ」はオペラ座の黄金時代になったリーバーマン時代の象徴的演目となりもちろん何度も再演されてますが、その後はスザンナにストラータス、ポップ、コトルバスらが登場しています。
70年代の「フィガロ」はパリ、ザルツ、ヴィーンでショルティ、カラヤン、ベーム、ストレーレル、ポネルの大御所たちが似たようなキャストを使い回していたということですね。
2014/9/22(月) 午前 11:23 [ 助六 ]
リーバーマンは80年7月に任期を終えますが、お別れ公演として80年6〜7月にこの「フィガロ」をもう一度掛け、7月14日革命記念日を最後とする最終3公演には主要5役に73年3月のヴェルサイユと同じオリジナル・キャストを結集しますが、スザンナだけはフレーニが戻らず、ポップが歌いました。
この時もショルティが振ったのは最終3公演のみです。
このショルティ指揮ストレーレル演出のフィガロは今に至るまでパリでは伝説的公演として語り継がれてますが、そういうわけで73年のショルティ指揮オリジナル公演を観た人は僅かなんですよね。ヴェルサイユは僅か650席の18世紀劇場ですしガルニエも1900席程度、しかも3公演とも招待客が多かったでしょうから。私の周りでも一般客で観た人は一人しかいません。ただ80年7月14日の最終公演は伝統通り革命記念日の無料公演だったそうです。
ストレーレル演出はスカラが買って81年5月にムーティ指揮でスカラのレパートリーに入ることになります。
2014/9/22(月) 午前 11:25 [ 助六 ]
助六さま
ストレーレル版フィガロは、ヴェルサイユは2回だけですぐガルニエに移ったんですね.その点は勘違いしていました.ご指摘ありがとうございます.
2014/9/23(火) 午前 2:06 [ M. F. ]
訂正。ヴェルサイユ2日目の「フィガロ」は4月3日ではなく4月2日でした。失礼しました。
2014/9/23(火) 午前 5:35 [ 助六 ]
助六さん詳細な情報をありがとうございます。大変参考になりました。記事にしておきたいのでショルティのフィガロの結婚は近日中に改めて取り上げる予定です。
2014/9/23(火) 午後 5:47 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]